餞別せんべつ)” の例文
「これは売り買いではなく、わたしからお餞別せんべつに差し上げるのです。の地方へお持ちになると、きっと良い御商法になりましょう」
草鞋にくわれたとき付けるといいんですよ、煙草の灰なんですけどね、唾で練って付けるとよく効きますよ、……もっといいお餞別せんべつ
雨あがる (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
今度、奥さまが晴れの洋行をなさるにき、奥さまのあのときのお情けに対してわたくしは何をお礼にお餞別せんべつしようかと考えました。
雛妓 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と、彼はうしろを顧みて、かねて用意させてきた路用の金銀を、餞別せんべつとして、関羽に贈った。が関羽は、容易にうけとらなかった。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
腰掛の間の汚れたところへ新聞紙を敷いて座っている鷲尾は、大工の妹婿が餞別せんべつした小瓶こびんの酒を飲みながら、ひとり合点にしゃべった。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
「まあよいわ、先刻お前から離縁の申し出があってみれば赤の他人……いや、まだ餞別せんべつに申し残しがあったのだ、よく聞いておけ」
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
まだ青木から餞別せんべつでも貰おうという未練があったので、かれを呼び出しに行ったのだが、かれは逃げていて、会えずにしまったらしい。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
旅の荷物の中からは、お雪が母に造って貰った夏衣なつぎの類が出て来た。ある懇意な家から餞別せんべつに送られたというまるみのある包も出て来た。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
禁煙の餞別せんべつ 私は釈興然師に追い出されましたから東京に帰って来ましたが、到底日本に居ったところがチベットの事情はよく分らぬから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
私は、貴女のお口から、お前を愛していたと、云う言葉だけを聞けば、私はそのお言葉を、何よりの餞別せんべつとして、江戸を去る積りであります。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
哥太寛こたいかん餞別せんべつしました、金銀づくりの脇差わきざしを、片手に、」と、ひじを張つたが、撓々たよたよと成つて、むらさききれも乱るゝまゝに、ゆるき博多の伊達巻だてまきへ。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
もっとも十二年前に洋行するとき親戚のものが餞別せんべつとして一本れたが、それはまだ使わないうちに船のなかで器械体操の真似まねをしてすぐ壊して仕舞しまった。
余と万年筆 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「恐れながら殿様には餞別せんべつとしてこの国のくらに積んであるお金を何程でも御礼として差上げたうございますから御入用だけおほせ付け下さりますやう。」
蚊帳の釣手 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
色の取持ちをして小遣をかせいぢや、祖先の惡源太義平に濟まない——見損なつたか畜生、お前が道行みちゆきと出かける時、餞別せんべつをどうして工面したものかと
見れば一々寶澤へ餞別せんべつつかはしたる品に相違さうゐなし依て平野村の者より右の次第を濱奉行にうつたへ私し共見覺みおぼえある次第を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
渋沢男爵などは、婿むこ阪谷男さかたにだんが万国経済会議に出掛ける餞別せんべつにポケツト論語を贈つたさうだが、あれなどもういふ気でした事か一寸考へ及ばれない。
今スミス警部は、駆逐艦の艦橋かんきょうから暗い海面をじっと見やりながら、総監から餞別せんべつにもらったこの言葉を、いくども胸のなかにくりかえしひろげていた。
海底大陸 (新字新仮名) / 海野十三(著)
校友会からおくる規定の餞別せんべつのほかに、特に生徒一人あたり一円ずつを醵出きょしゅつして何か記念品をおくること、送別式後、校友会委員を中心に有志の生徒を加え
次郎物語:04 第四部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
事実、部屋の中は大小五六箇のトランクや、洋服入りのボール箱の数々や、諸方面から贈られた餞別せんべつの包や、亜米利加行きの用意の品々で一杯になっていた。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
小楽に暮らしている小父おじさんがおったが、不断可愛かわいがられていたので、暇乞いとまごいに行くと、何がしかの餞別せんべつを紙にひねってくれ、お披露目ひろめをしたら行ってやるから
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
五千円の金を工面くめんして送つたが、それは、子供を此の世から消してくれた、さゝやかな祝ひの餞別せんべつでもあつた。心の底から、子供をほしいとは思はなかつたのだ。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
戦争いくさで死ぬかもしれんから香奠こうでんと思って餞別せんべつをくれろ、その代わり生命いのちがあったらきっと金鵄きんし勲章をとって来るなんかいって、百両ばかり踏んだくって行ったて。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
精縷セルの背広なるもあり、はかま着けたるが一人、大島紬おほしまつむぎの長羽織と差向へる人のみぞフロックコオトを着て、待合所にて受けし餞別せんべつびんはこなどを網棚あみだなの上に片附けて
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
出立の日の饗応きょうおうを入道は派手はでに設けた。全体の人へ餞別せんべつにりっぱな旅装一そろいずつを出すこともした。いつの間にこの用意がされたのであるかと驚くばかりであった。
源氏物語:13 明石 (新字新仮名) / 紫式部(著)
黙語氏が一昨年出立の前に秋草の水画の額を一面餞別せんべつに持て来てこまごまと別れを叙した時には、自分は再度黙語氏に逢う事が出来るとは夢にも思わなかったのである。
病牀苦語 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
なにしろ、二十はたちのぼくが、餞別せんべつだけで二百円ばかり、ポケットに入れていたんですから——。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
餞別せんべつとして詩歌しいかを贈られそろ人々は烏丸大納言資慶からすまるだいなごんすけよし卿、裏松宰相資清うらまつさいしょうすけきよ卿、大徳寺清巌和尚、南禅寺、妙心寺、天竜寺、相国寺、建仁寺、東福寺ならびに南都興福寺の長老達に候。
興津弥五右衛門の遺書 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
今言ったとおりそんなものは一文だって貰ったことがない。この金は実に、私が郷里を立ってこちらへ来るときに貰い集めた十二、三円の餞別せんべつのうちから払わされたのである。
周の弟が餞別せんべつしようと思っていってみると、成はもう出発してかなり時間が経っていた。
成仙 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
札幌に来る時、母が餞別せんべつにくれた小形の銀時計を出してみると四時半近くになっていた。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
二三日すると帰り新参しんざんの丑之助君が、帰った時の服装なり神妙しんみょうに礼廻りをする。軒別に手拭か半紙。入営に餞別せんべつでも貰った家へは、隊名姓名を金文字で入れた盃や塗盆ぬりぼんを持参する。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
餞別せんべつに貰つた金を路銀ろぎんにして、それで江戸へ出て来たが、二十年の間に、何う転んで、何う起きたか、五千といふ金をつかんで帰つて来て、田地を買ふ、養蚕やうさんを為る、金貸を始める
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
僕の古い友達のスニッギンソン・バン・ピッキンスから餞別せんべつにもらった上等のシェリー酒が二壜はいっていたので、僕もいささか冷やりとしたが、給仕は涙も流さず、くさめもせず
ところがその後夫人から手紙が来て、立つ時が決まったら知らしてくれ、送別の宴を張ると云えばよろしいが、それは出来ないので、お餞別せんべつを上げるつもりだから、とのことであった。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
冗談じゃあありませんよ、友人どもが一つ一つ集めて餞別せんべつにくれたんですよ……しかし、シンガポールのイギリス人も食料品をしこたまたくわえておったそうですね、やつらは、贅沢ぜいたく
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
今も我があたりにて老女らうぢよなど今日けふは布を市にもてゆけなどやうにいひて古言こげんものこれり。東鑑あづまかゞみあんずるに、建久三壬子の年勅使ちよくし皈洛きらくの時、鎌倉殿かまくらどのより餞別せんべつの事をいへるくだり越布ゑつふたんとあり。
巴里の下町の隣人たちが餞別せんべつにくれたコティの髪油である。彼は顔をしかめ、眼をつぶり、シャワーをねぢつて、降りそゝぐ温かい雨のなかで幻覚とも回想ともつかぬものに取りつかれてゐた。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
出発の日、いくばくかの餞別せんべつにそえて大石先生は、かつての日の写真をハガキ大に再製してもらっておくった。もう原板げんばんはなくなっていた。竹一のほかはみななくしていたので、よろこばれた。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
新「旦那様、これが一生のお別れかと思うと、うも此の身体が……申上げたいことは山々ございますが、何から申上げて宜しいやら……これはお餞別せんべつでござります、何うか御受納下さいますよう」
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
少しまとまった餞別せんべつれたりしました。
誰でも負けてやりさえすれば客にして、幾日でも泊めておき、酒を飲ませたり餞別せんべつをくれたりだから、つまりは浪人者のいい食いもの。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
園子の姉とか妹とかいう人達までこの老人にたくしてそれぞれ餞別せんべつなぞを贈ってよこしてくれたことを考えても、思わず岸本の頭は下った。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「自分が若いくせにこんなことを云う資格はないだろうが、七重さんとは長いつきあいだったし、餞別せんべつにさし上げる物もないものだから」
艶書 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
お君からのくれぐれもの餞別せんべつの言葉でもあり、せっかく仲人に立ってくれた道庵先生への義理でもあると、感心に辛抱しました。
ところがそのうちには何か餞別せんべつをしたいということでいろいろ尋ねがありましたから私は、まあ大酒家おおざけのみには酒を飲まぬことを餞別にしてくれ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
哥太寛こたいくわん餞別せんべつしました、金銀きんぎんづくりの脇差わきざしを、片手かたてに、」と、ひぢつたが、撓々たよ/\つて、むらさききれみだるゝまゝに、ゆる博多はかた伊達卷だてまきへ。
印度更紗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
餞別せんべつに貰つた小判の百兩を懷中に深く祕め、編笠に面體を隱したまゝ、先づ日頃信心する觀音樣の近くに陣取つて心靜かにうろおぼえのおきやうし乍ら
津田はいきなり懐中から紙入を取り出して、お延と相談の上、餞別せんべつの用意に持って来た金を小林の前へ突きつけた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それに対して、貰った方では餞別せんべつとして心ばかりの金を贈る。ただそれだけのことで遣り取りが済んだのであるが、明治の初年にはこんな空き屋敷を買う者もない。
探偵夜話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
懸案になっている井谷への餞別せんべつの品を、何はいても調ととのえてしまわなければと、彼方此方の飾窓をのぞいて歩きながら、洋行する人にハイカラな物は気が利かないし
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)