“皈洛”の読み方と例文
読み方割合
きらく100.0%
(注) 作品の中でふりがなが振られた語句のみを対象としているため、一般的な用法や使用頻度とは異なる場合があります。
初君が哥に「ものおもひこし路(ぢ)の浦(うら)の白浪(しらなみ)も立かへるならひありとこそきけ」此哥吉瑞(きちずゐ)となりてや、五年たちてのち嘉元(かげん)元年為兼卿皈洛(きらく)ありて、九年の後(のち)正和元年玉葉集(ぎよくえふしふ)を撰(えらみ)の時
初君が哥に「ものおもひこし路(ぢ)の浦(うら)の白浪(しらなみ)も立かへるならひありとこそきけ」此哥吉瑞(きちずゐ)となりてや、五年たちてのち嘉元(かげん)元年為兼卿皈洛(きらく)ありて、九年の後(のち)正和元年玉葉集(ぎよくえふしふ)を撰(えらみ)の時
今も我があたりにて老女(らうぢよ)など今日(けふ)は布を市にもてゆけなどやうにいひて古言(こげん)ものこれり。東鑑(あづまかゞみ)を案(あんず)るに、建久三壬子の年勅使(ちよくし)皈洛(きらく)の時、鎌倉殿(かまくらどの)より餞別(せんべつ)の事をいへる条(くだり)に越布(ゑつふ)千端(たん)とあり。