“頗(すこぶ)” の例文
昔の儘(まま)に現在までも続いていると云う住家は殆(ほとん)んどなく、極めて稀(まれ)に昔の美しさのある物を発見するのが頗(すこぶ)る難しいことなのである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
柳の葉くらいの鮎を二匹、釣り上げて得意顔で宿に持って帰ったところ、宿の人たちに大いに笑われて、頗(すこぶ)るまごついたそうである。
令嬢アユ (新字新仮名) / 太宰治(著)
こんな有様で、昼夜を分たず、ろくろく寝ることもなければ、起きるというでもなく、我在りと自覚するに頗(すこぶ)る朦朧(もうろう)の状態にあった。
甲の見た子爵は乙の見た子爵よりも眼が一つ多かつたなどと云ふことはない。それだけに頗(すこぶ)る正確である。同時に又頗る窮屈である。
僻見 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
今聞くと極めて珍妙な名称であるが、その頃は頗(すこぶ)るハイカラに響いたので、当日はいわゆる文明開化の新らしがりがギシと詰掛けた。
「本のままじゃあ、どうなるもんですか。河竹(かわたけ)なんぞは何をいっているのか判(わか)りゃしません。」などと、頗(すこぶ)る得意そうに語っていた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
春と秋で情景は全く異るけれども、夜の客に対して掻餅を持出すところ、相手が二人であるところなども頗(すこぶ)る趣を同じゅうしている。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
その生涯を日本美術の研究及びその分類の事業に費したる人にしてその個人としての所蔵品中には頗(すこぶ)る貴重なるもの多かりしといふ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
拝啓昨今御病床六尺の記二、三寸に過(すぎ)ず頗(すこぶ)る不穏に存候間(ぞんじそうろうあいだ)御見舞申上候達磨儀(だるまぎ)も盆頃より引籠(ひきこも)り縄鉢巻(なわはちまき)にて筧(かけい)の滝に荒行中(あらぎょうちゅう)御無音(ごぶいん)致候(いたしそうろう)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
話の筋道は頗(すこぶ)る簡単だがね。ほかの事件と違って何だか、こう考えさせられる深刻な、シンミリしたところがあるように思うんだ。
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
わが文壇でも此のロシヤを手本としつつあるものが頗(すこぶ)る多い。けれども是等群小ソフィストには、現実味の足りない所がありはせぬか。
第四階級の文学 (新字新仮名) / 中野秀人(著)
蓋(けだ)し彼は其生涯の後年に於てこそ所謂閑雲野鶴、頗(すこぶ)る不覊自由の人とはなりたるなれ当時に在りては猶純乎たる封建武士の子たりし也。
頼襄を論ず (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
しかし蓄妾の久しく行われて来た余弊(よへい)を受けて、我が国でも明治の初めに民法を制定し、親族法を設くるに当りては頗(すこぶ)る苦心を要した。
現代の婦人に告ぐ (新字新仮名) / 大隈重信(著)
高本家は祖父の弟が養子に行った当時は、頗(すこぶ)る盛大だったが、その後間もなく家産が傾き始め、長男の代にはもういけなくなった。
そして或る重要な要件であって、しかも自分にとっては頗(すこぶ)る興味がないといった場面においては、必ずこの連中は出演に及ぶのである。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
拝啓昨今御病床六尺の記二、三寸に過(すぎ)ず頗(すこぶ)る不穏に存候間(ぞんじそうろうあいだ)御見舞申上候達磨(だるま)儀も盆頃より引籠り縄鉢巻(なわはちまき)にて筧(かけひ)の滝に荒行中御無音致候(ごぶいんいたしそうろう)。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
此ふたりは世に名をひゞかせたれど今はなき人なり。我は幸に世にありて名もまた頗(すこぶ)る聞(きこ)えたり(中略)今日小川破笠老(はりつらう)まゐらる。
僕は霽波に馬鹿にせられるのが不愉快なのである。この負けじ魂は人をいかなる罪悪の深みへも落しかねない、頗(すこぶ)る危険なものである。
ヰタ・セクスアリス (新字新仮名) / 森鴎外(著)
唯(たゞ)大地震直後(だいぢしんちよくご)はそれが頗(すこぶ)る頻々(ひんぴん)に起(おこ)り、しかも間々(まゝ)膽(きも)を冷(ひや)す程(ほど)のものも來(く)るから、氣味惡(きみわる)くないとはいひ難(にく)いことであるけれども。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
性慾本能一つに生きているような犬ですから身を摺り付けてその挑み方も頗(すこぶ)る露骨に執拗を極めたものであろうと想像せられます。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
団長などは外出中に無断で室(へや)を取り代えられましたのでね。御機嫌頗(すこぶ)る斜めです。我々観光団の面目に関するというので、困りました。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
官僚式に出来上った彼の眼には、健三の態度が最初から頗(すこぶ)る横着に見えた。超えてはならない階段を無躾(ぶしつけ)に飛び越すようにも思われた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ウィインで頗(すこぶ)る勢力のある一大銀行に、先(ま)ずいてもいなくても差支(さしつかえ)のない小役人があった。名をチルナウエルと云(い)う小男である。
両親は頗(すこぶ)る喜んで早速この由(よし)を先方(さき)へ通ずる、そこで、かたの如く月下氷人(なこうど)を入れて、芽出度(めでた)く三々九度も終ったというわけだ。
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
この様な哀れな状(さま)をした愚鈍そうな老爺がとんでもない喰わせものであろうとは、南洋へ来てまだ間も無い私にとって頗(すこぶ)る意外であった。
南島譚:03 雞 (新字新仮名) / 中島敦(著)
夕暮が迫って来て、そうした観察をするには頗(すこぶ)る好都合の時期となった。朝井刑事は警部の命によって、先ず鬼頭を応接室に導かしめた。
呪われの家 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
この硬い球は、原子核の頗(すこぶ)る大きいものだと思えばよろしい、わしが五年かかって特製したものだ。硬いこと重いことに於て正に世界一。
とにかくこの物語は頗(すこぶ)る長くて、しかも華々しい大団円に近づくに随い、いよいよますます大規模になって行くものとご承知ねがいたい。
其の容体(ようだい)が頗(すこぶ)る大柄(おおへい)ですから、長二は此様(こん)な人に話でもしかけられては面倒だ、此の間に帰ろうと思いまして暇乞(いとまごい)を致しますと
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
史に記す。道衍晩(ばん)に道余録を著し、頗(すこぶ)る先儒を毀(そし)る、識者これを鄙(いや)しむ。其(そ)の故郷の長州(ちょうしゅう)に至るや、同産の姉を候(こう)す、姉納(い)れず。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ナニ頗(すこぶ)る妙だと、妙に違いない。手製の珍物だもの。それはね先日僕のワイフがお登和さんに教わった薩摩芋料理の一層進化したものだ。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
土志と変わって非常に大きな声で物にもよるだろうが唄い振り、節回しが頗(すこぶ)る粋だ。聞く人によっては鈴の方が好きだというかも知れない。
美音会 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
近頃この人の自伝が二冊本になって出た。この本の中に今の所謂(いわゆる)頗(すこぶ)る怪めいた話が出ている。それがしかも頗(すこぶ)る熱心に真面目に説いてある。
不吉の音と学士会院の鐘 (新字新仮名) / 岩村透(著)
その状恰(あた)かも仏教累世の仇敵たる史学が一朝その方向を転じて我が味方となりたるが如く感ぜられ、仏教家なるもの頗(すこぶ)る得意の色を現はし
仏教史家に一言す (新字旧仮名) / 津田左右吉、小竹主(著)
従って、本間久雄君のように、此の方面からのみしかも極くまずく民衆芸術を説くとなると、頗(すこぶ)る妙なものが出来上るわけだ。
寛永時代の小唄だから頗(すこぶ)る悠長な、間のびのした半謡曲染みたものであろう。酒も大してのまないのに、孫右衛門店先でゆらゆら唄出した。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
しかし之はいつものことらしく、青楓氏も夫人も別に之を制止するでもなかった。そればかりか、夫人の態度も頗(すこぶ)る之に似たものがあった。
御萩と七種粥 (新字新仮名) / 河上肇(著)
一行始(はじ)めて団結(だんけつ)し猛然(もうぜん)奮進に决(けつ)す又足を水中に投(とう)ずれば水勢益(ます/\)急(きう)となり、両岸の岩壁愈(いよ/\)嶮(けん)となり、之に従つて河幅は頗(すこぶ)る縮(ちぢま)り
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
頗(すこぶ)る商才に長(た)けた男で、鳥居甲斐守と結托して悪質の貨幣を鋳造し、物価を釣り上げて、一代に暴富を積んだしたたか者です。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
然(さ)して紙数(しすう)は無かつたけれど、素人(しろうと)の手拵(てごしらえ)にした物としては、頗(すこぶ)る上出来(じやうでき)で、好雑誌(こうざつし)と云(い)ふ評(ひやう)が有つたので、是(これ)が我楽多文庫(がらくたぶんこ)の第四期です
硯友社の沿革 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
頗(すこぶ)る道化たもので「腰付がうまいや。」と志田君が呟やいて居たが、私は、「若し芸妓の演芸会でもあつたら此(この)妓(こ)を賞めて書いてやらう。」
菊池君 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
その書面は頗(すこぶ)る長文であって、ここにその全文を引用することは出来ないが、今その首尾を訳載して、氏の熱心の一斑を示すこととしよう。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
『そんなものは無(な)くッてよ!』と愛(あい)ちやんは頗(すこぶ)る腹立(はらだた)しげに云(い)ひました、帽子屋(ばうしや)と三月兎(ぐわつうさぎ)とは、『叱(し)ッ!叱(し)ッ!』と續(つゞ)けさまに叫(さけ)びました。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
小石川(こいしかわ)竹早町(たけはやちょう)なる同人社(どうにんしゃ)の講師として頗(すこぶ)る尽瘁(じんすい)する所ありしに、不幸にして校主敬宇(けいう)先生の遠逝(えんせい)に遭(あ)い閉校の止(や)むなき有様となりたるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
故にもし昴宿の各星は永久に結ばれ、参宿の各星は次第に分離しつつありとすれば、この言の意味は頗(すこぶ)る的確になるのである。
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
「そればかりでなく、迂闊に恋人なんかの手にかかると、頗(すこぶ)る危険なのは、覚醒しないでそれっきりになることがあります」
麻酔剤 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
ここで、話を進める前に是非とも触れて置かなければならないと思うのは、彼の抱いていた頗(すこぶ)る独得なリアリズム観である。
チェーホフの短篇に就いて (新字新仮名) / 神西清(著)
意気頗(すこぶ)る軒昂であった。自分を安石(あんせき)に譬えたりした。二十歳代に人を斬った、その李白の真骨頭が、この時躍如としておどり出たのであった。
岷山の隠士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
頗(すこぶ)る曖昧(あいまい)なる返答であるが、現在旅人が通るのを見ると行けるに相違ない。何にせよ行ける処まで行こうという事になった。
とまれ彼は、息を殺して見つめていると、その人影は頗(すこぶ)るゆっくりした足運びで、すぐ二人の目と鼻の先を通りかかります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)