逆上のぼ)” の例文
ここへ、台所と居間の隔てを開け、茶菓子を運んで、二階から下りたお源という、小柄こがらい島田の女中が、逆上のぼせたような顔色かおつき
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
つまりは感情のゆき違いと云ったようなわけで、らでも逆上のぼせている清吉はいよ/\赫となりました。そうなると男は気が早い。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
スウプと魚とはもう出すばかりになつてゐて、料理番は逆上のぼせきつて、身も心も燃えだしさうになりながら、鍋の上に身をかゞめてゐた。
やがてながに出て洗いおけを持って来るときは、お湯に逆上のぼせてふらふらしたが、額を冷水で冷したり、もじもじしているうちになおった。
快走 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
カアーッと逆上のぼせていた。——気おくれした、意気地のない自分を、紙ッ片れか何かのように、思いッ切り踏みにじってしまいたかった。
不在地主 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
酒を多く飲めば酒乱のきざしがあり、今も飲んだ酒が醒めたというわけではないのですから、主膳はかっと怒り、一時に逆上のぼせあがりました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
Fは私達を見て泣き出しやしないかと思つたが、そんな風もなく、逆上のぼせたやうな赤い、硬張つた顏してゐて、脅えてる風も見せなかつた。
不良児 (旧字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
ついとり逆上のぼせ「三両、三両」と叫びながら、駕籠脇に迫ってきた才槌頭の襟首を掴むなり「おのれ」といって、ぬかるみへ取って投げた。
ボニン島物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
私は、その声を聞くと、もう胸がどきどきして、自分の足が地を踏んでいるのさえ分らない程に、逆上のぼせてしまったのですよ。
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
人を入て別話わかればなしを持出したから、あたしゃもう踏んだりたりの目に逢わされて、口惜くやしくッて口惜しくッて、何だかもうカッと逆上のぼせッちまって
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
よくも揃った非道な奴らだと、かッと逆上のぼせて気も顛倒てんどう、一生懸命になって幸兵衛が逆手さかてに持った刄物のつかに手をかけて、引奪ひったくろうとするを
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
新しい青い部屋へやの畳は、うぐいすでもなき出すかと思われるような温暖あたたかい空気にかおって、夜遊び一つしたことのない半蔵の心を逆上のぼせるばかりにした。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
眞つ赤に逆上のぼせ、一たいにデリカな性質なのを知つてゐるので、私の方が案じてゐたのだが、彼は考へ深くさう答へた。
四人の兵隊 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
私は、あまりの歓喜に、いよいよ逆上のぼせて、もっともっと、私の非凡の人物であることを知らせてやりたくなっちゃって、よけいなことを言った。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
前があい膝頭ひざがしらが少し出ていても合そうとも仕ない、見ると逆上のぼせて顔を赤くして眼は涙に潤み、しきりに啜泣をている。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
カッと逆上のぼせた自分も恥かしかったし、またそのすぐあとで、思い出したように急に親切になった自分も恥かしかった。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
コンナに逆上のぼせ上っては駄目だ。気をかしては駄目だ。一つ頭髪あたまでも刈直かりなおして、サッパリとしてからモウ一度、ここへ来て考え直してみるかな。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お庄も少し逆上のぼせたようになっていた。そして自分は自分だけの理窟を言った。人中にいるのに、そう姿振なりふりにかまわないわけにも行かないと思った。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
『うむ、それやあそうだろうが、若い人というものは、一時はかあっと逆上のぼせても、めるという事があるからな』
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
先達はかっと逆上のぼせた。婦がそんなことをするのも、所詮稼ぎ帰りのよくない彼へのいやがらせに違いなかった。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
子供は眞赤に怒つて妻の胸のあたりを無茶苦茶に掻きむしつた。圭一郎はかつと逆上のぼせてあばれる子供を遮二無二おつ取つて地べたの上におつぽり出した。
崖の下 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
大和民族の優勢を論ずるものは逆上のぼせぬよう、冷静なる学術上の研究に土台をえてかからねば、いたずらに国のふるきを誇ると同じように、威張った甲斐なく
民族優勢説の危険 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
忠州屋の門をくぐり酒の座席で本当に童伊に出会わした時にはどうしたはずみでか、かっと逆上のぼせてしまった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
彼はそれらの人々といかに縁遠い気がしたことだろう!……彼は逆上のぼせていなかったし、精神が自由だったので、ごく些細ささいなことまでも心に刻み込まれた。
「お徳さんかえ、昨日は八五郎が飛んだ世話になつたんだつてねえ、昨夜は寢付けないほどの逆上のぼせやうさ」
「それはいけぬ。今宵こよいは、大分温かい、逆上のぼせられたのかも知れぬ。では、さ、あちらへ抜けてまいろう。少し夜気にでもお当りになったら、よろしかろう」
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
その腹癒せに……というよりも何だか逆上のぼせて、今村さんと一緒に一夜過してやれという気になりました。
そして少し逆上のぼせ氣味となツた彼は、今度は「手を握りたお房を何うする?」といふことにいて考へた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
と、底に一物、吉蔵が、敷居を超えて、じりじりと、焚き付けかけた胸のに。くわつと逆上のぼせて、顫ひ声
したゆく水 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
それから一時間ばかり後、私は馴れない火にすこし逆上のぼせたようになって、外気にあたりに小屋を出た。
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
御米およね何時いつになく逆上のぼせて、みゝまであかくしてゐた。あたまあついかとくとくるしさうにあついとこたへた。宗助そうすけおほきなこゑしてきよ氷嚢こほりぶくろつめたいみづれていとめいじた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
やしきでは瓦斯が勝手にまで使ってあるのに、奥さんは逆上のぼせると云って、炭火に当っているのである。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
省作は胸がおどって少し逆上のぼせた。人に怪しまれやしまいかと思うと落ち着いていられなくなった。省作は出たくもない便所へゆく。便所へいってもやはり考えられる。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「これはこれ、百足じゃ。百足を切込みと見誤るなぞ、寺中、常の貴公らしゅうもない。はずれつづきに、なんだなすこうし逆上のぼせかげんじゃな。笑止はっはっはっはっ。」
寛永相合傘 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お千代はもう逆上のぼせたように顔ばかりか眼の中までを赤くさせ、はこの中から取出す指環ゆびわや腕時計を、はめて見たり、抜いて見たりして、そのたびたびに深い吐息といきをついている。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
照ちやんは赫と逆上のぼせて本當にお腹の赤ン坊を殺す積りでは無いかとまで疑つた。これで春三郎の氣狂じみた癇癪が益〻募れば照ちやんのヒステリーは愈〻重くなる許りであつたらう。
これで話を止めて、榮一は横になつて、挽舂ひきうすの響きを聞きながらうつら/\假睡うたたねの夢に落ちた。勝代は温か過ぎる炬燵で逆上のぼせて頭痛がしてゐたが、それでも座を立たうとはしないで
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
と、いったが、七瀬は、逆上のぼせてくるくらいに、何かしら、腹が立ってきた。神にも、仏にも、思いっきり、その無情をなじりたいような気持であった。万作は、すぐ、走って行った。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
面白くも可笑しくも何ともない人といふに、夫れにお前は何うして逆上のぼせた、これは聞き處と客は起かへる、大方逆上性のぼせしやうなのでござんせう、貴君の事をも此頃は夢に見ない夜はござんせぬ
にごりえ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「せんせいこの頃少し逆上のぼせていたようだから、変になったんじゃないかな」
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
温泉に浸つたつて逆上のぼせるばかしだし、風景を見て慰められる質でもなし、散歩は嫌ひだし、また独り芸術的な思索に耽るなんていふ落つきは生れつき持ち合はせなかつたし、まつたく彼は
スプリングコート (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
私はそれをくと、またかっと逆上のぼせて耳がふさがったような心地がした。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
私は思はず眼を見開いてその方を見遣つたが、油のやうな闇で何にもわからぬ。と、やがて疊の音がする。此方へ來るのかなと想ふと私は一時にかつと逆上のぼせて吾知らず枕を外して布團をかついだ。
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
わしもなかなかずるくてな、いろいろ調べてみたんだ。なるほどきれいで悧巧りこうな娘だ。槍騎兵そうきへいの話もうそだった。綿撒糸めんざんしを山のように作ってくれたよ。実にりっぱな娘だ。お前に逆上のぼせきってる。
『まあ、おかみさん、さう逆上のぼせてしまつてもしかたがない。芳公もとんだ事をしたもんだが、今おかみさんがこの婆さんを捕へて何を云つてもしかたがない。それで息子さんはどうしました。』
白痴の母 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
逆上のぼせ易いこの茶人はかっとなってしまった。彼は鷲掴みに茶碗を片手にひっ掴んだかと思うと、いきなりそれを庭石目がけて叩きつけた。茶碗はけたたましい音を立てて、粉微塵に砕け散った。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
新米はこの糊精分が一層多くって味は結構ですけれども消化が悪くってかつ逆上のぼせる気味がありますからあまり新しいお米は食べない方がよし。食べるにしても古米と交ぜた方が身体からだくすりです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
青白く逆上のぼせてしまいくちびるをきっとかみながらすぐひどく手をまわして、すなわち一ぺん東京まで手をまわして風下かざしもにいる軽便鉄道けいべんてつどうの電信柱に、シグナルとシグナレスの対話たいわがいったいなんだったか
シグナルとシグナレス (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
僕あねちねち死ぬことばつかし考へてゐる時は、どうせ死にたくても死にたくない程ビクビクして意気地がないんだけど、いきなりカアッと逆上のぼせたら僕にだつて僕のことが分りやしないんだから……
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
それに、ちゃんと女中に言いつけといたんじゃが、妓たちはどうしおったんじゃ、気の利かんやつ等じゃのう、——県令の宴会で逆上のぼせあがっているわけでもなかじゃろに、どっちにしてもおくれたのはおれが悪か、機嫌を
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)