ちまた)” の例文
こはかれが家の庭を流れてかのちまたを貫くものとは異なり、遠き大川より引きし水道のたぐいゆえ、幅は三尺に足らねど深ければ水層みずかさ多く
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
『ピナコテエク』のやかた出でし時は、雪いま晴れて、ちまた中道なかみちなる並木の枝は、ひとびとつ薄き氷にてつつまれたるが、今点ぜし街燈に映じたり。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
愛せらるべき、わが資格に、帰依きえこうべを下げながら、二心ふたごころの背を軽薄のちまたに向けて、何のやしろの鈴を鳴らす。牛頭ごず馬骨ばこつ、祭るは人の勝手である。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
道具屋は西山氏に自分の依頼画が早くかせたさに、いろんな口実を拵へては、この遊び好きの画かきを、三味線と白粉おしろいちまたのなかに誘ひ出した。
たたかいちまたを幾度もくぐったらしい、日に焼けて男性的なオッタヴィアナの顔は、飽く事なき功名心と、強い意志と、生一本きいっぽんな気象とで、固い輪郭りんかくを描いていた。
クララの出家 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ところが目の開いたものから見ると、その尋常でないと云ふ事柄が却て真理のちまたを教へる栞になるのだね。
派手な浴衣ゆかたのお鶴も、ちまたに影の落ちるころきっと横町から姿を見せるのであった。「今日こんちは」と遠くから声をかけて若い衆の中でも構わずに割り込んで腰を下した。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
なほこの人の作に「武運長久」といふ題にて、『治まれる世にも忘れぬもののふの八十やそちまたのながくひさしも』『八幡山やはたやま雲のはたても豐かにてとほくさかゆくもののふの道』
愛国歌小観 (旧字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
ても耳の底に残るようになつかしい声、目の奥にとどまるほどにしたしい顔をば「さようならば」の一言で聞き捨て、見捨て、さて陣鉦じんがねや太鼓にき立てられて修羅しゅらちまたへ出かければ
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
宿場しゆくばとなふところは家のまへひさしを長くのばしてかくる、大小の人家じんかすべてかくのごとし。雪中はさら也、平日も往来ゆきゝとす。これによりて雪中のちまたは用なきが如くなれば、人家の雪をこゝにつむ
微曇ほのぐもりし空はこれが為にねむりさまされたる気色けしきにて、銀梨子地ぎんなしぢの如く無数の星をあらはして、鋭くえたる光は寒気かんきはなつかとおもはしむるまでに、その薄明うすあかりさらさるる夜のちまたほとんど氷らんとすなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
ちまたに歩み出づれば、大空は照りかゞやきぬ。そはヱズヰオの山の噴火一層のはげしさを加へて、熔巖の流愈〻ひろく漲り遠く下ればなり。岸邊には早くそを看んとて、舟を買ひて漕ぎ出づるものあり。
往きかひのしげきちまたの人皆を冬木の如もさびしらに見つ
長塚節歌集:3 下 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
森も、道も、草も、遠きちまた
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
ちまたに烟ぶるともしびは
天地有情 (旧字旧仮名) / 土井晩翠(著)
ちまたに落つる物の音
銀三十枚 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
あらず、あらず、彼女かれは犬にかまれてせぬ、恐ろしき報酬むくいを得たりと答えて十蔵は哄然こうぜんと笑うその笑声はちまた多きくがのものにあらず。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
住みめば山にのがるる心安さもあるべし。鏡のうちなる狭き宇宙の小さければとて、き事の降りかかる十字のちまたに立ちて、行きう人に気を配るらさはあらず。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
さればちまたいと静にて、をさなきもの老いたるものゝ歩むに、心もとなきことはあらじと、少しは心おちゐぬ。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
末廣にちまたを西へ。——
泣菫詩抄 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
ちまた木木きぎとにひびき
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
ただ汚ないばかりでなく、見るからして彼ははなはだやつれていた、思うに昼はちまたちりに吹き立てられ、夜は木賃宿の隅に垢じみた夜具をかぶるのであろう。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
しかし他家に仕えようという念もなく、商估しょうこわざをも好まぬので、家の菩提所ぼだいしょなる本所なかごう普賢寺ふけんじの一房に僦居しゅうきょし、日ごとにちまたでて謡を歌って銭をうた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
電車は出来るだけ人をせて東西に走る。織るがごときちまたの中に喪家そうかの犬のごとく歩む二人は、免職になりたての属官と、堕落した青書生と見えるだろう。見えても仕方がない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
冬の朝なればちまたより
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
青年わかものは水車場を立ち出でてそのままちまたの方へと足をめぐらしつ、節々おりおり空を打ち仰ぎたり。間もなくちまたでぬ。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ちまたちりき上げては又む午過ぎに、半日読んだ支那小説に頭を痛めた岡田は、どこへ往くと云う当てもなしに、上条の家を出て、習慣に任せて無縁坂の方へ曲がった。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
僕はほとんど自己おのれをわすれてこの雑踏のうちをぶらぶらと歩き、やや物静かなるちまた一端はしに出た。
忘れえぬ人々 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
下宿屋からちまたづれば、土地の人が江戸子えどこ々々々と呼びつつ跡に附いて来る。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ゴト/\とゆかおと、そしてり/\ふゆちまたあら北風きたかぜまどガラスをかすめるひゞきである。
日の出 (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
朝なお早ければちまたはまだ往来ゆきき少なく、朝餉あさげの煙重く軒より軒へとたなびき、小川の末は狭霧さぎり立ちこめて紗絹うすぎぬのかなたより上り来る荷車にぐるまの音はさびたるちまたに重々しき反響を起こせり。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
夏の初、月色ちまたに満つる夜の十時ごろ、カラコロと鼻緒のゆるそうな吾妻下駄あずまげたの音高く、芝琴平社しばこんぴらしゃの後のお濠ばたを十八ばかりの少女むすめ赤坂あかさかの方から物案じそうに首をうなだれて来る。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
犬や犬や浮世のちまたにさすろうもの犬ならざるいくばくぞ、かみつかまれつその日とを送り、そのほゆる声騒がしく、とてもわれらの住み得べきにあらず、船を家となし風と波とに命を託す
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)