蜃気楼しんきろう)” の例文
旧字:蜃氣樓
今この茶碗で番茶をすすっていると、江戸時代の麹町が湯気の間から蜃気楼しんきろうのように朦朧もうろうと現れて来る。店の八つ手はその頃も青かった。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
花の蜃気楼しんきろうだ、海市かいしである……雲井桜と、その霞をたたえて、人待石に、せんを敷き、割籠わりごを開いて、町から、特に見物が出るくらい。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それでがっかりするくらいなら、あなたみたいに、初めっから蜃気楼しんきろうなんか見ないようなたちの方が、かえっていいかもしれない
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
しもこれが蜃気楼しんきろうならなか蜃気楼しんきろうでないものはひとつもありはしない……。』わたくしこころうちでそうかんがえたのでございました。
その頃はまだ珍しかったスエズ運河を見、蜃気楼しんきろうに欺されたりして、カイロに着き、そこから小船に乗ってナイル河をさかのぼった。
レーリー卿(Lord Rayleigh) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そしてもし No! と答えるならば、シェストフの精巧きわまる論証芸術は、一片の蜃気楼しんきろうとして消え失せなければならぬ。及びその逆。
もしこれが唯おれの気のせいだったら? ほんの蜃気楼しんきろうにすぎないで、おれがすべてを誤解しているのだったら? 無経験なためじりじりして
其論文の構造は如何にも華麗にしてあたか蜃気楼しんきろうの如くなれども堅硬なる思想の上に立たざるが故に、一旦破綻はたんを生ずれば破落々々となりをはる者あり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
しかし美しい蜃気楼しんきろうは砂漠の天にのみ生ずるものである。百般の人事に幻滅した彼等も大抵芸術には幻滅していない。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
飛行機は飛び去っても、彼の残した煙幕文字は、ボヤン、ボヤンと無限に大きく拡がりながら、いつまでも怪しい蜃気楼しんきろうの様に、大空に漂っていた。
恐怖王 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
一〇六 海岸の山田にては蜃気楼しんきろう年々見ゆ。常に外国の景色なりという。見馴みなれぬ都のさまにして、路上の車馬しげく人の往来眼ざましきばかりなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
肥後ひご不知火しらぬい、越中の蜃気楼しんきろうなども、民間にていろいろ妄説を付会しているが、これという害もなければ利もない。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
密度の異なる気流の層が交わると、一種の蜃気楼しんきろうに似た現象を起こす、といったようなことを読んだ覚えがある。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
一寸ちょっとの間、私はこの眺めの実在を疑つた。ふいに思ひがけなく、海上に浮んだ蜃気楼しんきろうのやうな気がしたからだ。
田舎の時計他十二篇 (新字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
自分は蜃気楼しんきろうのことを話そうとしているのかもしれないが、自分の言うことに間違いはないのだ、と言った。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
黒い木橋は夢の国への通路のように、かすかに幽かに、その尾を羅のとばりの奥の奥に引いている。そして空の上には、高層建築が蜃気楼しんきろうのようにぼうと浮かんでいた。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
その上には蜃気楼しんきろうのやうにそしてもっとはっきりと沢山の立派な木や建物がじっと浮んでゐたのです。
ひかりの素足 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
まるでたったいま、ありありと見えたあの姿すがたが、まぼろしか? 人間の蜃気楼しんきろうでもあったかのように。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
子良しりやうは今度こそ天にのぼつて、蜃気楼しんきろうの御殿を見たり、お母さんに会つたりすることが出来ると、大変よろこんで、る月のよく光つた晩、こつそりつるが教へたところに行き
子良の昇天 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
なるほど蜃気楼しんきろうのごとくいて出たような遣り方の練物で、実に奇観極まって居るのでございます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
結局一人になった方がしあわせかもしれない。しかし、倖なんておよそおかしなものである。腹の減ったときに蜃気楼しんきろうを見るようなもので、なんの足しになるものかと思った。
(新字新仮名) / 海野十三(著)
やがては、暗室の中におけるがごとくあまりに唐突急激な蜃気楼しんきろうがそこに作られるであろうから。
かろうじて築き上げた永遠の城塞じょうさいが、はかなくも瞬時の蜃気楼しんきろうのように見る見るくずれて行くのを感じて、倉地の胸に抱かれながらほとんど一夜を眠らずに通してしまった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あたかもアラビアの沙漠を旅行する商人らが椰子やしの樹の茂っている蜃気楼しんきろうを見て、あそこまで行けば涼しい樹陰と、冷たい水とがあると思うてしきりに急ぐのと少しも違わぬ。
戦争と平和 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
蜃気楼しんきろうのようなはかなさは私を切なくした。そして深祕はだんだん深まってゆくのだった。私に課せられている暗鬱な周囲のなかで、やがてそれは幻聴のように鳴りはじめた。
筧の話 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
キャフェ・ドュ・パリの空気が私にだけ見せてくれた蜃気楼しんきろうだったかも知れないのである。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「米友さん、違やしませんか、もしやそれは、水の上や海岸に起りがちな蜃気楼しんきろうというものではありませんか——そちらの方に竹生島があるとは、どうしても考えられません」
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それが水天一枚の瑠璃色るりいろの面でしばしば断ち切れて、だんだん淡く、蜃気楼しんきろうの島のように中空に映りかすんで行く。たゆげな翼を伸した鳥が、水に落ちようとしてたゆたっている。
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼らは、人間の「愛」には、うそにもほんとにも、沙漠さばくのようにかわき飢えていたのだ。沙漠にオアシスの蜃気楼しんきろうを旅人が見るように、彼らは「愛」の蜃気楼さえをもさがし求めたので。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
見ると、月の光に黒く出て居る鎮守の森の陰から、やゝ白けた一通のけむり蜃気楼しんきろうのやうに勢よく立のぼつて、其中からあかい火が長い舌を吐いて、家の燃える音がぱち/\とすさまじく聞える。
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
緑地オアシス蜃気楼しんきろうも求められない沙漠のような……カサカサに乾干ひからびたこの巨大な空間に、自分の空想が生んだ虚構うその事実を、唯一無上の天国と信じて、生命がけで抱き締めて来た彼女の心境を
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
然し与右衛門さんは強慾ごうよくであるかわり、彼はうそを云わぬ。詐は貨幣かね同様どうよう天下のとおり物である。都でも、田舎でも、皆それ/″\に詐をつく。多くの商売は詐にかれた蜃気楼しんきろうと云ってもよい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
毎年まいとし初夏はつなつのころのことであります。この海岸かいがんに、蜃気楼しんきろうかびます。
初夏の空で笑う女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
高原のダラットの街は、ゆき子の眼には空に写る蜃気楼しんきろうのやうにも見えた。ランビァン山を背景にして、湖を前にしたダラットの段丘の街はゆき子の不安や空想を根こそぎくつがへしてくれた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
しかしこれは、あとで分ったことだが、蜃気楼しんきろうだったのである。「冥路の国」へとゆく、一人のエスキモーの橇。それが、一つの山が数個の幻嶽をだすように、いくつもの幻景イマージュとなって現われた。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
山吹の花の黄色などを、あるがまゝに見せていながら、それらのすべてを幻燈の絵のようにぼうっとした線で縁取っていて、何か現実ばなれのした、蜃気楼しんきろうのようにほんの一時空中に描き出された
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
称す是れ盗魁とうかい 匹として蜃気楼しんきろう堂を吐くが如し 百年の艸木そうぼく腥丘せいきゆうを余す 数里の山河劫灰こうかいに付す 敗卒庭にあつまる真に幻矣 精兵あなを潜る亦奇なる哉 誰か知らん一滴黄金水 翻つて全州に向つて毒を
八犬伝談余 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
山木が不義に得て不義に築きし万金の蜃気楼しんきろうなりけり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
取り巻いてる蜃気楼しんきろうのようだった。
「要するにそれは蜃気楼しんきろうさ」
処へ、かの魚津の沖の名物としてありまする、蜃気楼しんきろうの中の小屋のようなのが一軒、月夜にともしも見えず、前途に朦朧もうろうとしてあらわれました。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今この茶碗で番茶をすすっていると、江戸時代の麹町が湯気のあいだから蜃気楼しんきろうのように朦朧もうろうと現われて来る。店の八つ手はその頃も青かった。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こういうことを信じてるんだよ——いつかはこの苦しみもえて跡形もなくなり、人間的予盾のいまいましい喜劇も、哀れな蜃気楼しんきろうとして、弱々しく
まず第一種の例を挙ぐるに、狐火きつねび鬼火おにび蜃気楼しんきろう、その他越後の七不思議とか称するの類にして、物理的または化学的の変化作用より生ずるものをいう。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
密度の異なる気流の層が交わると、一種の蜃気楼しんきろうに似た現象を起こす、といったようなことを読んだ覚えがある。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「砂と云うやつは悪戯いたずらものだな。蜃気楼しんきろうもこいつがこしらえるんだから。………奥さんはまだ蜃気楼を見ないの?」
蜃気楼 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二十歳代の青年期に蜃気楼しんきろうのような希望の幻影を追いながら脇目もふらずに芸能の修得に勉めて来た人々の群が、三十前後に実世界の闘技場の埒内らちないへ追い込まれ
厄年と etc. (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
焼蛤やきはまぐりしおのかおりに、龍宮城りゅうぐうじょう蜃気楼しんきろうがたつといわれる那古なこうらも、今年は、焼けしずんだ兵船の船板ふないたや、軍兵ぐんぴょうのかばねや、あまたの矢やたてが、洪水こうずいのあとのように浮いて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じいさんの御話おはなしからかんがえてましても、竜宮りゅうぐうはドウやらひとつ蜃気楼しんきろう乙姫様おとひめさま思召おぼしめしでかりそめにつくあげげられるひとつ理想りそう世界せかいらしくおもわれますのに、実地じっちあたってますと
また空には蜃気楼しんきろうのような現象がおこるものだから、山道などを走っている自動車のヘッドライトが、空にうつって、ちょうど円盤が飛んでいるように、見えたのかもしれない。
宇宙怪人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)