虎杖いたどり)” の例文
いにしえの国主の貴婦人、簾中れんちゅうのようにたたえられたのが名にしおう中の河内かわち山裾やますそなる虎杖いたどりの里に、寂しく山家住居やまがずまいをしているのですから。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紅葉の秋木も、一合五勺位から皆無になったが、虎杖いたどりは二つ塚側火山の側面まで生えている、それも乱れ髪のように、蓬々としている。
雪中富士登山記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
春の遅い甲州路も三月という日足は争われず、つつみには虎杖いたどりたくましく芽をぬき、農家の裏畑、丘つづきには桃の朱と麦の青が眼に鮮やかだ。
無頼は討たず (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
漆の木、淡竹、虎杖いたどり、姫日向葵ひまわりの葉、そうした木草の枝葉が強い風に掻きまわされ、白い縄のような雨水に洗われて物凄かった。
変災序記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
私も子供のとき利根川畔の雑木林へ早春の虎杖いたどりの若芽を採りに行くと崖の下のだまりのところに、狸のため糞が山と積んであるのを見た。
たぬき汁 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
虎杖いたどりもなつかしいものの一つである。日曜日の本町ほんまちの市で、手製の牡丹餅ぼたもちなどと一緒にこのいたどりを売っている近郷の婆さんなどがあった。
郷土的味覚 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
今は虎杖いたどりの芽の萌ゆるさかりである。無論山の溪間などにあるやうな大きなのは見られないが、それでも親指位ゐのはある。
庭さきの森の春 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
一方にはここに説かんとする虎杖いたどりまたは土筆つくしごとく、丘を越えるともう異なった称呼を、帯びているもののあることである。
みんなアンテナを架けて、「JOAK、こちらは東京放送局であります。」あれがよくきこえるそうです。坊やは虎杖いたどりを知っているでしょう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
小鉢に富士の焼石を置き三寸ばかりの低き虎杖いたどりを二、三本あしらひたるは四絶生のみずから造りて贈る所。(七月三十一日)
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
虎杖いたどりの花の白く咲いた、荷車の砂塵のはげしい多摩川道を静かにどこという目的あてもなく物思いながらたどるのである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
澄んだ水の流れている岩の多い、渓川たにがわふちを通って、私達は歩いた。こんもりと繁った樹の間には、虎杖いたどり木苺きいちご山独活やまうどが今をさかりと生い立っていた。
まず川岸に虎杖いたどりの枯茎その他燃えやすいもので小屋をつくる。この小屋は適当の間隔をおいて六つ作る。
えぞおばけ列伝 (新字新仮名) / 作者不詳(著)
やがて天鹽てしほに入る。和寒わつさむ劍淵けんぶち士別しべつあたり、牧場かと思はるゝ廣漠たる草地一面霜枯れて、六尺もある虎杖いたどりが黄葉美しく此處其處に立つて居る。所謂泥炭地である。
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
虎杖いたどり、それから「すい葉」という木の葉で食べられるのを生でムシャムシャ食ったことを思出した。
岩石の間 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
虎杖いたどりの生長したのは食ふべくも無いものだが、其の嫩莖を貪り囓めば、爽快を感ぜしめる。蕗の薹は其の苦味にがみを以ての故か知らぬが、慥に多少の藥餌的效能を有する。
努力論 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
やがて天塩てしおに入る。和寒わっさむ剣淵けんぶち士別しべつあたり、牧場かと思わるゝ広漠こうばくたる草地一面霜枯しもがれて、六尺もある虎杖いたどりが黄葉美しく此処其処に立って居る。所謂泥炭地でいたんちである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
丸葉下野まるばしもつけ、黒檜、偃栢心はいびゃくしん、偃松、米栂、七竈、米躑躅、石楠、イヌツゲ(?)、目木めぎ(?)、笹などの外に、虎杖いたどり、小梅慶草、紅葉升麻しょうま、其他三五の名を知らぬ草があった。
利根川水源地の山々 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
後ろに叢生する大虎杖いたどりの林は、そのままで小舎の屋根となる。そこらに算を乱した大小の流木——樹木の舎利骨は、絶好の薪となる。生い下った峯楓の枝が風流な箸に化ける。
ある偃松の独白 (新字新仮名) / 中村清太郎(著)
春は虎杖いたどりの葉が薄紅色に河原へ萌え、夏は青々と無花果が垣に茂り、秋は風祭へ続く芒野、冬は色づく蜜柑畑と、相州小田原は早川べりに、ずいぶん風流めかした居を卜としても
わが寄席青春録 (新字新仮名) / 正岡容(著)
このあたりの独活の乳色に薄紅をさしたやうな、柔かい肌に見馴れた眼には、山独活は独活といふよりも、どこか虎杖いたどりを思はせるやうな青味と、手触りにいくらかの硬さとがあつた。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
虎杖いたどりの枯れたのに実がついてそれさへ吹きすさまれ、下流の方へ揉まれ込んでゐた。
故郷を辞す (新字旧仮名) / 室生犀星(著)
的確な写実的の手法がロマンチシズムの採光によつて、温藉なリズムを奏してゐる秀れた詩篇を、一丈にも及ぶ虎杖いたどりの北国から、伊藤君、君の齎して呉れたものを、限りなくいまは懐しむ。
測量船拾遺 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
虎杖いたどり人より高く、ふきも人より高し。おりおり川鳥ききと鳴きて、水面をかすむ。雀を二倍したる位のおおいさにて、羽の色黒し。この鳥陸上に食を得る能わず。さればとて、水掻みずかきなければ、水にも浮べず。
層雲峡より大雪山へ (新字新仮名) / 大町桂月(著)
山面を遠くから雲のやうに白く棚曳き降りて來た獨活うどの花の大群生が、湖面にまで雪崩れ込んでゐる裾を、黄白の野菊や萩、肉色の虎杖いたどりの花、女郎花と、それに混じた淡紫の一群の花の、うるひ、あざみ
榛名 (旧字旧仮名) / 横光利一(著)
ほととぎす虎杖いたどりの茎まだ鳥の脚ほど細き奥箱根かな
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
露に光る虎杖いたどりの群落踏み折り現場へ送られ
サガレンの浮浪者 (新字新仮名) / 広海大治(著)
虎杖いたどりの花に牧歌の生れけり
七百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
私も子供のとき、利根川畔の雑林へ早春の虎杖いたどりの若芽を採りに行くと崖の下の陽だまりのところに、狸のため糞が山と積んであるのを見た。
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
森の深い所ならば虎杖いたどり齒朶しだ、少し木の薄い所には茅や芒である。それからこれはわたしは名を知らぬが面白い木がある。
庭さきの森の春 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
某日あるひ隣の友達と裏の田圃たんぼへ出て、虎杖いたどりを採って遊んでいると、どこからともなく六十位の優しそうな老人が来て
虎杖採り (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
そこから虎杖いたどりの里に、もとの蔦屋つたや(旅館)のおよねさんを訪ねようという……見る見る積る雪の中に、淡雪の消えるような、あだなのぞみがあったのです。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
男の友達と一緒に深い澤の方まで虎杖いたどりの莖などを折りに行き、『カルサン』といふ勞働の袴を着けた太助の後に隨いて、松薪まつまきの切倒してある寂しい山林の中を歩き𢌞り
おもちゃや駄菓子だがしを並べた露店、むしろの上に鶏卵や牡丹餅ぼたもち虎杖いたどりやさとうきび等を並べた農婦の売店などの中に交じって蓄音機屋の店がおのずからな異彩を放っていた。
蓄音機 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
虎杖いたどりや去年の実を結んだままのハマナシ(コケモモ)が、砂の上にしがみついている。すんだ空は息吹がかかったように、サッと曇って、今までどこにいたろうと思われる霧がかかる。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
だが、何という巨大な虎杖いたどりであったろう。それらの小舎のうしろ、丘の崖から下の裾まで、叢生した虎杖の早くも虫がついて黄ばみかけた葉の間には、今まさに淡黄緑の花盛りであった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
泥炭地耕すべくもあらぬとふさはれ美し虎杖いたどりの秋
熊の足跡 (旧字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
泥炭地耕すべくもあらぬとふさはれ美し虎杖いたどりの秋
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
當時たうじまちはなれた虎杖いたどりさとに、兄妹きやうだいがくらして、若主人わかしゆじんはうは、町中まちなか或會社あるくわいしやつとめてると、よし番頭ばんとうはなしてくれました。一昨年いつさくねんことなのです。
雪霊記事 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
虎杖いたどりを取つたり(これは一夜漬の漬物に恰好である)、獨活うどを掘つたりしてその歸りを待つのである。
山寺 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
餌は川虫、山葡萄の蔓虫、鰍の卵、虎杖いたどりの虫、柳の虫、蚯蚓みみず、栗の虫、蜻蛉とんぼあぶ、蝶、蜘蛛くも、芋虫、白樺の虫、鱒の卵、鮭の卵、川百足むかで、黄金虫、蟹などで、何でも食う。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
その岩塊の頭を包むヴェールのように灰砂の斜面がなめらかにすそを引いてその上に細かく刺繍ししゅうをおいたように、オンタデや虎杖いたどりやみね柳やいろいろの矮草わいそうが散点している。
小浅間 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
灌木はミヤマはんの木のせさらばひたるがわづかに数株あるのみ、初めは草一面、後は焦沙せうさ磊々らい/\たる中に、虎杖いたどり鬼薊おにあざみ及び他の莎草しやさう禾本くわほん禿頭とくとうに残れる二毛の如くに見るも、それさへせて
霧の不二、月の不二 (新字旧仮名) / 小島烏水(著)
また、飛び飛びのかぶ、測量のテント、道端の虎杖いたどり、そうして樺太蕗。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
当時は町を離れた虎杖いたどりの里に、兄妹がくらして、若主人の方は、町中のある会社へ勤めていると、この由、番頭が話してくれました。一昨年の事なのです。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
而して此等の木々の根がたには篠や虎杖いたどりが生え、まんりやう藪柑子が群がり、所によつては羊歯しだが密生してをる。さういふ所に入つてゆくと、もう浜の松原の感じではない。
沼津千本松原 (新字旧仮名) / 若山牧水(著)
山方はけはひ幽けくなりにけり馬車ひとつ行けり虎杖いたどりの原を
海阪 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
元來ぐわんらい——歸途きとせんをたよつて東海道とうかいだう大𢌞おほまはりをしようとしたのは、……じつ途中とちう決心けつしん出來できたら、武生たけふりてゆるされないことながら、そこから虎杖いたどりさと
雪霊続記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
雨あとや虎杖いたどりの芽のくれなゐは踏みてやわらかし斑萌のかも
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
が、一刻も早く東京へ——ただその憧憬あこがれに、山も見ず、雲も見ず、無二無三むにむさんに道を急いで、忘れもしない、村の名の虎杖いたどりに着いた時は、つえという字にすがりたいおもいがした。
栃の実 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)