ひし)” の例文
とにかくしかしそれにしてもと、あんまりお帽子のひしがたが神経質にまあ一寸ちょっと詩人のやうに鋭くとがっていささかご人体にんていにかゝはりますが
電車 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
そこから山の宿までほんの一と息、平次の足は自然に、ひし屋の大番頭の伜で、手代をしてゐるといふ、清次郎の小間物屋に向つてをります。
素振すぶりをしてみてからに、懐中へ手を入れると、久しく試みなかったひしの実のような穂先を取り出して、しっかとその先を食いこませたものです。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
総角あげまき十文字じゅうもんじひしかにうろこ、それにも真行草しんぎょうそうの三通りずつ有った。流儀々々の細説は、写本に成って家に伝わっていた。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
こうした生々した様子になると、赤茶色の水気多い長々と素なおなくきを持ったひしはその真白いささやかな花を、形の良い葉の間にのぞかせてただよう。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
独木舟を操り、水狸や獺をとらえる。麻布あさぬのの製法を知っていて、獣皮と共にこれを身にまとう。馬肉、羊肉、木苺きいちごひしの実などい、馬乳や馬乳酒をたしなむ。
狐憑 (新字新仮名) / 中島敦(著)
沼の水面は一面ひしが密生して、水の色が見えないのである。沼のふちは雑草が延び放題で爬虫類なぞ想像させ、陰気の上に、うす汚くて、不気味である。
木々の精、谷の精 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
たとえば井筒いづつならば井筒をひしにもすれば丸の中にも入れ、輪違いにもすれば四つ合せもするというように、一つの紋をいかほどにも変えて行くのである。
名字の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
植物質ちよくぶつしつのものにして今日迄に石器時代遺跡せききじだいいせきより發見されたるはひし、胡桃の、及び一種の水草すいさうの類にして、是等はただ有りのままの形にて存在そんざいしたるのみ。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
初めの日は島前の赤灘あかなだ瀬戸から別府、ひしに寄港して午後の四時頃に島後の西郷港に着し、二時間ほどそこにゐて、今度は知夫里ちふり、崎の二外港に寄港して、終夜航行して
隠岐がよひの船 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
少し歩いてからしなびたべに花殻はながらをやはり二三本藁包わらづとにしたのを買った。また少し歩くと、数株のひしを舗道に並べて売っている若い男がいた。A君はそれも一株買った。
試験管 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
叔父は毛むくじゃらのような顔をして、古い二重廻しを着ていた。兄はひしなりのような顔の口の大きい男で、これも綿ネルのシャツなど着て、土くさい様子をしていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ただひとりで、雨に濡れながらとぼとぼと、蓴菜じゅんさいひしの浮かんだ池の傍を通る時には、廃都にしめやかな雨の降るごとく君の心にもしめやかな雨が降ったことでしょう。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
青碧せいへき澄明ちようめいてん雲端うんたん古城こじやうあり、天守てんしゆ聳立そばだてり。ほりみづひしくろく、石垣いしがきつたくれなゐながす。
月令十二態 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ひしの花びらの半ばをとがったほうを上にしておいたような、貝塚から出る黒曜石のやじりのような形をしたのがやりたけで、その左と右に歯朶しだの葉のような高低をもって長くつづいたのが
槍が岳に登った記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
大猷院殿たいゆういんでんの寛永の末ごろは、草ばかり蓬々とした、うらさびしい場所で、赤羽の辻、心光院の近くまで小山田おやまだがつづき、三田の切通し寄り、ひし河骨こうぼねにとじられた南さがりの沼のまわりに
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
皆が食事をするテーブル、彼が隠れて遊ぶ戸棚とだな、彼がはい回るひし形の床石ゆかいし、おかしな話や恐ろしい話を彼にしてくれる種々なしわのある壁紙、彼だけにしか分らない片言かたことをしゃべる掛時計。
綸子りんず小袖こそでひしもんだ。武田伊那丸たけだいなまるというやつに相違そういないぜ」と、いった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ガラス板のそとに、彼女を送迎する魚類の夥しさ、その鮮かさ、気味悪さ、そして又美しさ、雀鯛すずめだいひし鯛、天狗てんぐ鯛、鷹羽たかのは鯛、あるものは、紫金しこんに光る縞目、あるものは絵の具で染め出した様な斑紋はんもん
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
水草とひしの新芽とが、散々にみだれて、しぶきをあげ、渦を巻いた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
長襦袢の袖口そでぐちはこの時下へと滑ってその二の腕の奥にもし入黒子いれぼくろあらば見えもやすると思われるまで、両肱りょうひじひしの字なりに張出してうしろたぼを直し、さてまた最後にはさなが糸瓜へちま取手とってでもつまむがように
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
齒竝びはしいひしの實のようだ。
ひしの咲く夏のはじめの水路すゐろから
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
ひしとるはが子ぞや
草わかば (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
みづにもぐりてひし
どんたく:絵入り小唄集 (新字旧仮名) / 竹久夢二(著)
あしと、ひしとを分けて、水に沿うてめぐりきたってみると、やや暫くして、先に立った柳田平治が突然声を揚げました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「俺は堂宮を見て來る。いゝか、欄干の後を見るんだよ、大抵は消し炭だ。目印は二重になつたひし、判つたか」
此所へ落ちたらそれりだ。藻やひしが手足にからんで、どうにも斯うにも動きが取れなく成るんだぞ。へへ、鯉でさえ、ふなでさえ、大きく成ると藻に搦まれて、往生するという魔所だ。
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
いたちのぞくような、鼠が匍匐はらばったような、切ってめたひしの実が、ト、べっかっこをして、ぺろりと黒い舌を吐くような、いや、念のった、雑多な隙間、れ穴が、寒さにきりきりと歯を噛んで
霰ふる (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
方法は首吊りと、ひしの密生した古沼へ飛び込むことの二つである。
禅僧 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
旧城のおほりひしも今の自分には珍しいものになってしまった。
郷土的味覚 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
もさし、ひし芽生めばえ
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
竿の先をきれで拭いているところを見ると、二寸ばかりの鋭利なる穂先がひしのように立てられてあるのでありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「俺は堂宮を見て来る。いいか、欄干の後ろを見るんだよ、大抵は消炭けしずみだ。目印は二重になったひし、判ったか」
いたちのぞくやうな、ねずみ匍匐はらばつたやうな、つてめたひしが、ト、べつかつこをして、ぺろりとくろしたくやうな、いや、ねんつた、雜多ざつた隙間すきまあなが、さむさにきり/\とんで
霰ふる (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
方法は首吊りと、ひしの密生した古沼へ飛び込むことの二つである。
禅僧 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
手に持った槍、柄は真赤に塗ってあって、さきひしのようになっている、それも看板と間違いはない。
桟敷の上には、同じく鳩とひしとを描いた幔幕まんまくが絞ってある。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)