芍薬しゃくやく)” の例文
旧字:芍藥
蕪村と太祇との比較も丁度こんなものである。もし蕪村と召波とが牡丹と芍薬しゃくやくとの比較とすると、太祇は先ず百合位のものであろう。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
その時、老師は、梅雨の晴れ上つた午後の日ざしがあかるくさした障子しょうじをうしろに端座してゐた。中庭には芍薬しゃくやくが見事に咲き盛つてゐた。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
だが、ある日、静子が芍薬しゃくやくの大きな花束の中に隠して、例の六郎氏常用の外国製乗馬鞭を持って来た時には、私は何だか怖くさえなった。
陰獣 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
鴫野しぎの花圃はなばたけか、牡丹ぼたん園へ行った戻りでもあろうかと見える、派手な町かごが五、六挺、駕の屋根へ、芍薬しゃくやくの花をみやげに乗せて通り過ぎる。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
同時に医学士に診察を受けていた貴夫人は胸を掻合せたが、金縁の眼鏡をかけた顔で、背後うしろ芍薬しゃくやくが咲いたような微妙いみじ気勢けはいに振返った。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
紫陽花あじさい矢車草やぐるまそう野茨のいばら芍薬しゃくやくと菊と、カンナは絶えず三方の壁の上で咲いていた。それははなやかな花屋のような部屋であった。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
馬「はゝ当帰とうき大黄だいおう芍薬しゃくやく桂枝けいしかね、薬の名のようなめ方だからおかしい、何しろ一寸ちょっと休んで近くで拝見などは何うでげしょう」
と、足もとに芍薬しゃくやくの花が十数本の青い茎の上に、群れて白々と咲いていた。微風が渡っているからでもあろう、花の群れが頭を振っている。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
窓に近くあか芍薬しゃくやくの芽の延びて来ているのが岸本の眼についた。もう春だ。庭のあちこちには、患者等の楽しげに散歩しているのも見えた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
呉羽之介は片里の言葉に聴き入りながらに机辺つくえべ花瓶はながめの、緋いろに燃える芍薬しゃくやくの強い香りに酔ったような目付になりました。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
わたしは僧を訪わずに帰ったが、彼の居間らしい所には障子が閉じられて、低い四つ目垣のすそ芍薬しゃくやくあかく咲いていた。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
芍薬しゃくやく姉妹品しまいひんで、わがくにの山地に見る白花品はっかひんは、ヤマシャクヤクで、その淡紅花品たんこうかひんはベニバナヤマシャクヤクである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
草あやめの外には、芍薬しゃくやく、紫と白と黄の渓蓀あやめ薔薇ばら石竹せきちく矍麦とこなつ虞美人草ぐびじんそう花芥子はなげし紅白こうはく除虫菊じょちゅうぎく、皆存分に咲いて、庭も園も色々にあかるくなった。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
おかあさんは門をはいって、芍薬しゃくやく耘斗葉おまきそのに行きました。見ると窓にはみんなカーテンが引いてありまして、しかもそれがことごとく白い色でした。
冬ごもりの芍薬しゃくやく牡丹ぼたん百合ゆりや水仙の芽がそれぞれもち前のみどりや赤のあざやかな色で土を割ってのぞいているのをみて閑子は思い出しているのだろう。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
庫裡くりの玄関の前に、春は芍薬しゃくやくの咲く小さい花壇があったが、そこにそのころ秋海棠しゅうかいどうの絵のようにかすかにくれないを見せている。中庭の萩は今を盛りに咲き乱れた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
牡丹ぼたん芍薬しゃくやくの花極めて鮮妍せんけんなれどもそのおもむき決してダリヤと同じからず、石榴花ざくろ凌宵花のうぜんかつらさながら猛火の炎々たるが如しといへどもそは決して赤インキの如きにはあらず。
一夕 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
生垣いけがきの外を通るものがあるから不図ふと見れば先へ立つものは、年頃三十位の大丸髷おおまるまげの人柄のよい年増としまにて、其頃そのころ流行はやった縮緬細工ちりめんざいく牡丹ぼたん芍薬しゃくやくなどの花の附いた燈籠を
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
きっと、きっと、きっと来て! 今もテーブルの瑠璃るりの花瓶の中でほころびかけた白い芍薬しゃくやくが、あたしと一緒にあえかなためいきをらしながらあなたの来るのを待っているの。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
殊に怪しきは我が故郷の昔の庭園を思ひ出だす時、先づ我が眼に浮ぶ者は、爛熳らんまんたる桜にもあらず、妖冶ようやたる芍薬しゃくやくにもあらず、溜壺に近き一うねの豌豆えんどうと、蚕豆そらまめの花咲く景色なり。
わが幼時の美感 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
その山のお寺には白と紅の芍薬しゃくやくが花盛りで、裏を降りてくると松林の匂いがしました。海はすっかりかすんでいた。そこで紫のスミレを二つつみました。今にお目にかけましょう。
「あれがおせん様かね、おらあ牡丹ぼたん芍薬しゃくやく芙蓉ふようと桃が束になって来たかと思った」
芍薬しゃくやく、似たりや似たり杜若かきつばた、花菖蒲しょうぶ、萩、菊、桔梗ききょう女郎花おみなえし、西洋風ではチューリップ、薔薇、すみれ、ダリヤ、睡蓮、百合の花なぞ、とりどり様々の花に身をよそえて行く末は、何処いずこの窓
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
芍薬しゃくやく十坪とつぼあまり一面に植え付けられていたが、まだ季節が来ないので花を着けているのは一本もなかった。この芍薬ばたけそばにある古びた縁台のようなものの上に先生は大の字なりに寝た。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
桑畑の縁にある芍薬しゃくやくの赤い芽を、小さい甲虫かぶとむしの触角がしきりに撫でている。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
玄関げんかんの食卓には、墓場から盗って来たのであろうもも色の芍薬しゃくやくが一輪コップに差してあった。二人は夢中むちゅうで食べた。実に美しくつつましい食慾しょくよくである。彼女は犬のように満ちたりた眼をしている。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
雄勝おかちの小野寺は芍薬しゃくやくの名所で、小野小町を祀ったという寺がありますから、そこから迎えて来た木像ならば、たとえ小町ほどに美しくはなくても、まさか鬼見たようではなかったろうと思います。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
石舟斎を思いだしながら、その茶碗をまえにおいて見つめていると、ふとまた武蔵は、あの時、石舟斎から贈られた一枝の芍薬しゃくやくを思いだした。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いろいろな種類の芍薬しゃくやくを庭に植えその住まいをも「借紅居しゃくこうきょ」と名づけて、長い生涯しょうがいのおわりのほうの日を送っていました。
力餅 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
はっともすそらして、取縋とりすがるように、女中の膝をそっと抱き、袖を引き、三味線を引留めた。お三重の姿は崩るるごとく、芍薬しゃくやくの花の散るに似て
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
闇に燃え出した火の色は、天鵞絨びろうどの上へ芍薬しゃくやくつぼみを、ポッツリ一輪置いたようであった。パチパチと音を立てるのは、屋根板の燃える音であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は僧を訪わずに帰ったが、彼の居間らしい所には障子が閉じられて、低い四つ目垣の裾に芍薬しゃくやくあかく咲いていた。
磯部の若葉 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其の頃流行はやった縮緬細工ちりめんざいく牡丹ぼたん芍薬しゃくやくなどの花の附いた灯籠をげ、其のあとから十七八とも思われる娘が、髪は文金ぶんきん高髷たかまげに結い、着物は秋草色染あきくさいろぞめ振袖ふりそで
東京へ売出すのを目的に栽培された草花の畑には今、芍薬しゃくやくやら擬宝珠やら罌粟けし、矢車草などの花が咲き敷き、それに夕陽栄えがさして五色の雲のようです。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼女たちは矢車草の紫の花壇と薔薇の花壇の間を朗かに笑いながら、朝日にからまって歩いていった。噴水は彼女たちの行く手の芍薬しゃくやくの花の上で、朝の虹を平然と噴き上げていた。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
皮つきの白樺しらかばの丸太で作った椅子に掛けているのであったが、蜂は彼女の肩をかすめて、支那焼のとんの上にえられた芍薬しゃくやくはちの周りを二三度旋回して、ぶうんとうなりながら
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
草木そうほんなる芍薬しゃくやく近縁きんえんの種類で、Paeonia suffruticosa Andr. の学名を有している。この種名の suffruticosa は、亜灌木あかんぼくの意である。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
八重が心づくしにて病はほどもなくえけり。芍薬しゃくやくの花散りて世は早くも夏となりぬ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
芍薬しゃくやく一本、我庭園中の最もえんなる者なり。八車やぐるま孔雀草くじゃくそう天竺牡丹てんじくぼたん昼照草ひでりそう丁子草ちょうじそう薄荷はっかなどあり。総ての花皆うつくしとのみ見し中に孔雀草といふ花のみひとりいとはしく思ひぬ。
わが幼時の美感 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
今年は芍薬しゃくやくの出が早いとか、茶摘歌を聞いていると眠くなる時候だとか、何所どことかに、大きな藤があって、その花の長さが四尺足らずあるとか、話は好加減いいかげんな方角へ大分長く延びて行った。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
芍薬しゃくやくですか? 今朝夜着をもって行ってね、余っぽどお目にかかろうかと思いましたが、折角三十日とプランを立ててしずかにしていらっしゃるところを急にガタつかせてはわるいと思って辛棒。
ゆび先がちょっとふれてもくずれそうに開ききった芍薬しゃくやくだの、今安江のもっているような菖蒲だのと、もう商品にはならないものばかりが、新しい花のくるまでのつなぎの役で少しずつ残っていて
雑居家族 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
やがて山吹が散ると、芍薬しゃくやく牡丹ぼたん、つつじなどが咲き始めた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
それは芍薬しゃくやくの芽だそうで、これにもいっぱいくわされた。
桑の木物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
供華くげのためあぜ芍薬しゃくやくつくるとか
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
駕の屋根に、源内も忘れ、駕屋も忘れてしまった芍薬しゃくやくの花が、露もひからびて乗せてある。それを見るとお米は、さっきの見覚えを思いだして
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
量目はかりめ約百万両。閻浮檀金えんぶだごん十斤也。緞子どんす縮緬ちりめんあやにしき牡丹ぼたん芍薬しゃくやく、菊の花、黄金色こんじきすみれ銀覆輪ぎんぷくりんの、月草、露草。
海神別荘 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
元来外用の薬種とされた芍薬しゃくやくが内服しても病のなおるというところから「えびす薬」(芍薬の和名)というふうに。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ただ紫禁城の内苑に、今を盛りの芍薬しゃくやくの花が黄に紅に咲いているばかり。大総統邸の謁見室に、わずかに置かれた鉢植えの薔薇ばらさえ、その色も艶も萎れていた。
沙漠の古都 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
元来がんらい芍薬しゃくやくの原産地は、シベリアから北満州〔中国の東北地方の北部〕の原野である。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)