たま)” の例文
かうした機会の度毎に繰り返される愚痴は、何時でもきまつてゐた。けれど、同じ事だけに逸子はそれを聞くのがたまらなく嫌やだつた。
惑ひ (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
「アッハハハ、思った通りだ。アッハハハ、お手の筋だ。はらの皮のよじれる話、飛んだ浮世は猿芝居だ。アッハハハ、こりゃたまらぬ」
村井長庵記名の傘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
それがさ、一件じゃからたまらぬて、乗るとこうぐらぐらして柔かにずるずるといそうじゃから、わっというと引跨ひんまたいで腰をどさり。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「然らば、そなたのほうで逃げろ。先方を逃がすのではない。殺してはならぬ。殺されてもたまらぬから、そちのほうで逃げるのじゃ」
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
お政だけは笑ひもせず物も言はなかつた。私は小児心にも、何だか自分の威厳を蹂躙ふみつけられる様な気がして、不快で不快でたまらなかつた。
刑余の叔父 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
先生が筆を加えて私の文は行方不明になった処も大分あったが、兎も角も自分の作が活字になったのが嬉しくて嬉しくてたまらない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
腕から肩へ巻いた繃帯が胸を圧して、寝苦しくてたまらないのに、フォイツの鼾がまた底意地わるく耳について、いまいましくてならない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
じいやのほうでは一そうったもので、ただもううれしくてたまらぬとった面持おももちで、だまって私達わたくしたち様子ようすまもっているのでした。
実にたまらない心持になることがあるんですもの、この間逢ふ前まではそんなでもなかつたのだけれど、あれから急に——さうね
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
疲れるにつれて、こんどはたまらなくなくなって来た。わっと泣きたいような、いきなり往来の真ン中にぶっ倒れてみたいような……。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
彼は、これ程の大事件を知らぬ顔に、静まり返っている世間が、不思議でたまらなかった。「ひょっとしたら、俺は夢を見ているのではないか」
灰神楽 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
山三郎の乗って居るのは小鰺送こあじおくりと云う小さな船だからたまりません、船は打揚げ打下うちおろされまして、揚る時には二三間ずつも空中へ飛揚るようで
くさ邪魔じやまをして、却々なか/\にくい。それにあたらぬ。さむくてたまらぬ。蠻勇ばんゆうふるつてやうやあせおぼえたころに、玄子げんし石劒せきけん柄部へいぶした。
(うぬッ、重武なんかに負けてたまるものか。そやつの考え出した事が、俺に考えつかないなんて、そんな法があるものか)
湯呑ゆのみ獅子ししの尾にこの赤を使ってあったが、余り立派なので、買いたくてたまらなかったが、五円いくらというので、して帰ったのを覚えている。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
そりや無論むろん道具よ。女に道具以上の價値かちがあツてたまるものか。だがさ、早い話が、お前は大事な着物を虫干むしぼしにして樟腦しやうなうまで入れてしまツて置くだらう。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
が、夫圓太郎の寄席芸人となったことすらいやでいやでたまらなかった女房のおすみは、何といっても聞かなかった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
それが、決戦派の首領、男爵フォン・エッセンにはたまらなかったのである。彼は、機さえあれば怒号して、軍主脳部に潜航艇戦をせまったのであった。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
闘牛士を追っかける踊り子タンギスタなんか、あの人の髷っぷりがたまらなく憎らしいとか何とか——まあ、その間いろいろとろまんすがあるわけだが、じっさい
たまらないな、歸りには汽車にしやうね。二時間や三時間待つたつて、こんな變なものに乘るよりやいゝや。』
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
着古した外套がいとう一つがもとで、他日細君の手落呼ておちよばわりなどをされた日にはたまらないと思った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日一日太陽にさらされたら、これがまア如何どうなる事ぞ? こう寄添っていてはたまらぬ。
と突いてかかった奴を袖摺そですりへ一ヵ所受けた。その時又右衛門が走寄はしりよってきたのである。血に染んだ来金道二尺七寸を片手に、六尺余りの又右衛門がかけつけたのだから小者はたまらない。
鍵屋の辻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
余を殺し直しに来るのを便々と待って居てたまる者かと、余は全く死物狂いになった。
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
一歩も人に譲らないていの人物だけに、この出来事が彼の自負心に及ぼしたところは大きかったとみえて、てんで何処の何者の仕業とも判らないのが実に残念でたまらないと彼は幾度も口に出した。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
博奕ばくちで儲けあげて村内屈指の分限ぶげんであつた初太郎の父は兼ねて自分の父などが、常々「舊家」といふを持出して「なんの博勞風情が!」といふを振𢌞すのがしやくに障つてたまらなかつた所であつたので
古い村 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
いつか窓がすっかり明け放してあったので豚は寒くてたまらなかった。
フランドン農学校の豚 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「あ、ひどい畜生、三人がかりじゃたまらない」
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「小間使でありますよ。」と教えたが、たまりかねたか、ふふと笑った。青年わかもの茫然ぼんやり拍子抜のした顔を上げた時、奥のかたで女の笑声。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、何だか其ではいささか相済まぬような気もして何となく躊躇ちゅうちょせられる一方で、矢張やっぱり何だかしきりに……こう……敬意を表したくてたまらない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
「私はもしも遣損やりそこなつて、はぢでもさらすやうな事が有つちやと、それが苦労に成つてたまらなかつたんだから、これでもう可いわ」
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「人に同情しているうちに自分の屋台骨に穴が開いて雨にでも降られちゃたまらねえ。まずまず同情はおあずけとしよう」
死の航海 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「大師匠が大病……という夢ばかり見つづけましたので、たまらなく成って私だけ、斯うして飛出して来ましたんですよ」
死剣と生縄 (新字新仮名) / 江見水蔭(著)
気のせいか、にわかにたまらない野獣の臭気しゅうきが鼻をついた。臭気ばかりではない。このいやにむし暑いのは、なんであろう。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
以前に捩上げたる下役の腕をかえして前へ突放したからたまりませぬ、同役同志鉢合はちあわせをして二人ににんともに打倒れました。
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と氣が激しく燥々いら/\して來て凝如じツとしてゐては、何か此う敗頽の氣と埃とに體も心も引ツ括めて了ふかと思はれて、たまらなく家にゐるのが嫌になツて來た。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
私はその問題に対して自分の心弱さが腹立たしくてたまらない。私は私の当然とるべき道はすつかり知つてゐる。
人間と云ふ意識 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
殊に私は、習字と算術の時間が厭で/\たまらぬ所から、よく呆然ぼんやりして藤野さんの方を見てゐたもので、其度先生は竹の鞭で私の頭を軽く叩いたものである。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
……何んぼ何んでも、菅原の芝居やおまへんで、櫻丸や菅秀才くわんしうさいが出て來てたまるもんか。……わたへは憎まれ役やさかい、差し當り時平しへい公か松王ちふとこや。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
黒吉は、自分の一寸した独語ひとりごとにも、葉子が聞きとがめて、わざわざ来てくれるのが、たまらなく、嬉しかった。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
とにかく名前なまえにつきては最初さいしょんないきさつがありましたものの、わたくし若月わかつききできでたまらないのでした。
一時自由をゆるされた私の身体は、また繃帯でぐるぐる巻きにされてしまった、どうも息苦しくてたまらない。
スウィス日記 (新字新仮名) / 辻村伊助(著)
たすからんね支倉はぜくら君、たぶん海精シレエヌの魅惑かも知らんが、こりゃまったくたまらない事件だぜ。だって、考えて見給え。海、装甲、ドア——と、こりゃ三重の密室だ」
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
中を改めたくてたまらなくなった。一度ポケットに手を入れかけたが、ふと気がつくと、畜生! と思った。彼は彼の面前で私が紙包を開けるのを待っているのだ。
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
マルガリイダは、CINTRAの古城のように骨張った、そして、不平でたまらない七面鳥みたいに絶えず何事か呪いわめいてる存在で、リンピイの人生全体に騒々しく君臨していたと言っていい。
気がかりを後へ繰り越すのがつらくてたまらないとはけっして考えなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
僕はそれを見て可哀相でたまらんので、そのあとで心を籠めて慰めようと、一二言言ひかくると、彼女かれは曰くサ、いえネ、向うが鐵鎚かなづちで此方も鐵鎚なら火も出ませうけれど、此方は眞綿なんですからね
一家 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
たまりかねて、ぬっと立った。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それがさ、一けんぢやからたまらぬて、るとうぐら/\してやはらかにずる/\とひさうぢやから、わつといふと引跨ひんまたいでこしをどさり。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
神経衰弱を標榜している人だからたまらない。来ると、ニチャニチャと飴を食ってるような弁で、すぐと自分の噂を始める。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)