素袷すあわせ)” の例文
羽折もなしの素袷すあわせ、素足に雪駄せったばきで、ふところ手をしてこっちを見ていた。けて来たなと思いながら、安宅は黙ってあるきだした。
滝口 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
おもて二階を借りている伊東さんというカフェーの女給じょきゅう襟垢えりあか白粉おしろいとでべたべたになった素袷すあわせ寐衣ねまきに羽織をひっかけ、廊下から内をのぞいて
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
唐桟とうざん素袷すあわせに高足駄を突っ掛けた勘弁勘次は、山谷の伯父の家へ一泊しての帰るさ、朝帰りのお店者たなものの群の後になり先になり
藍微塵あいみじん素袷すあわせ、十手を懐に隠して、突っかけ草履、少し三枚目染みる子分のガラッ八を案内に、銭形の平次は浅草の隆興寺へ飛んで行きました。
見ろ! 野郎は、素袷すあわせのすッとこかぶりよ。おんなは編笠を着て三味線さみせんを持った、その門附かどつけの絵のある処が、お前たちの相性だ。はじめから承知だろう。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その星あかりの下に、この頃はもう散りはじめた堤の柳が夜風に乱れなびいているのも、素袷すあわせのふたりを肌寒くさせた。
半七捕物帳:43 柳原堤の女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
藍微塵あいみじん素袷すあわせ算盤玉そろばんだまの三じゃくは、るから堅気かたぎ着付きつけではなく、ことった頬冠ほおかむりの手拭てぬぐいを、鷲掴わしづかみにしたかたちには、にくいまでの落着おちつきがあった。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
色の浅黒い眉毛まみえの濃い大柄おおがらな女で、髪を銀杏返いちょうがえしにって、黒繻子くろじゅす半襟はんえりのかかった素袷すあわせで、立膝たてひざのまま、さつ勘定かんじょうをしている。札は十円札らしい。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
おりた瞬間からこの男、どこぞ遊び場のかえりでもあるような、悠々閑々ゆうゆうかんかんたる歩きぶりだ。素袷すあわせにやぞうをこしらえて、すたすたと表門の方へと廻っていった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
素袷すあわせ一つにむすびっ玉の幾つもある細帯に、焼穴やけあなだらけの前掛を締めて、きたないともなんとも云いようのない姿なりだが、生れ付の品と愛敬があって見惚みとれるような女です。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
藍弁慶あいべんけい素袷すあわせ算盤縞そろばんじまの三尺帯をきりっと横締めにした小粋こいきな男である。それが絶えず鋭い眼配りを撒いているので、ちょうど編笠の侍をかばっているような風に見える。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
年代記ものの黒羽二重くろはぶたえ素袷すあわせに剥げちょろ鞘の両刀をこじりさがりに落しこみ、冷飯ひやめし草履で街道の土を舞いあげながら、まるで風呂屋へでも行くような暢気な恰好で通りかかった浪人体。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
どてらを小格子双子こごうしふたごの渋い素袷すあわせに召し替えて、きゅっきゅっとてぎわよく一本どっこをしごきながら、例の蝋色鞘ろいろざやを音もなく腰にしたので、伝六はすっかり額をたたいてしまいました。
素袷すあわせの心にはなり得ざりしや
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
着ているものは、汗によごれ、わかめのようにぼろの下がった松坂木綿の素袷すあわせだが、豪快のふうあたりをはらって、とうてい凡庸ぼんようの相ではない。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
年はどちらも三十四五であろう、二人とも黒っぽい紬縞つむぎじま素袷すあわせを着、痩せた男のほうは唐桟縞とうざんじま半纒はんてんをはおっていた。
ひとでなし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
肩も膝も抜けた素袷すあわせ、よれよれの帯を締めて、素足に冷飯草履、ほこりだらけな髪を引詰めて疣尻巻いぼじりまきにし、白粉の気が微塵みじんもないのに、つやの良い玉のような顔の色は
とにかく、来客——跣足はだしのまま、素袷すあわせのくたびれた裾を悄々しおしおとして、縁側へ——下まではびこる南瓜の蔓で、引拭ひきぬぐうても済もうけれど、淑女の客に、そうはなるまい。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
吉原かぶり、みじん柄の素袷すあわせ、素足に麻裏あさうらを突っかけた若い男、弥蔵やぞうをこしらえて、意気なこえで
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
素袷すあわせの肌ごこちや、女あそびを思わせる初秋の風は、やたらに、治郎吉を退屈の殻からそそった。
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
素袷すあわせ素足すあしは意気なものだそうだが、この男のはなはだむさ苦しい感じを与える。ことに畳の上に泥棒のような親指を歴然と三つまでいんしているのは全く素足の責任に相違ない。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
うちのパパなる石田氏は、五十雄君と二人ですこし離れたところに立って、素袷すあわせ懐手ふところでで高見の見物をしていたが、二人の会話の調子のよさに釣りこまれて、はははと大きな声で笑った。
我が家の楽園 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
此の庄左衞門はと中川山城守の家来で、二百石取りましたものでございますが、仔細あって浪人致し、眼病をわずらい、一人の娘が看病をして居りますが、娘は孝行で、寒いのに素袷すあわせ一枚で
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
朝湯から帰って来た文次、まだ四十にはまもあろう、素袷すあわせを引っ掛けてこうやっているところ、憎いほどいなせな男だ。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
一人は三十がらみで、とびの者といったふうにみえるが、他の一人はずっと若く、まだ二十二三であろう、唐桟柄とうざんがら素袷すあわせに三尺を低くしめ、素足に麻裏をはいていた。
教えてやると、素袷すあわせ一枚の痩せた男は、知っている——とうなずいて、小判を一枚、懐中ふところから出し
山浦清麿 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
唐桟とうざん素袷すあわせ足袋跣足たびはだしのまま、雪駄せったを片っぽだけそこに放り出して、少し天眼てんがんに歯を喰いしばった死顔の不気味さ、男がいだけに凄味がきいて、赤い扱帯に、蒼い顔の反映も
ったか未だつまびらかならずであるが、本望だというのに、絹糸のような春雨でも、襦袢じゅばんもなしに素袷すあわせ膚薄はだうすな、と畜生め、何でもといって貸してくれた、と番傘に柳ばしと筆ぶとに打つけたのを
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と、言う呑気のんきな声が聞えて、やがて、人山を割って、一人の職人とも、遊び人ともつかないような風体の、縞物しまもの素袷すあわせ片褄かたづまをぐっと、引き上げて、左手を弥蔵やぞうにした、苦みばしった若者が現れた。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
藍微塵あいみじん素袷すあわせで……そのはだけたふところから、腹にまいたさらし木綿をのぞかせ、算盤そろばん絞りの白木綿の三尺から、スイと、煙草入れをぬきとった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
番頭がもどるとすぐ、治郎吉は、一枚かんばんの素袷すあわせを着直して、きゅっと、帯を鳴らした。
治郎吉格子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
傷というのは、伊達だて素袷すあわせ背後うしろから、牛の角突きに一箇所だけ、左の貝殻骨の下のあたり、狙ったように心臓へかけてやられたのですから、大の男でも一たまりもなかったでしょう。
そう、今日お引越ひっこしなすったの、何でしょう、兵児帯へこおびをして、前垂まえだれを懸けた、ふとった旦那と、襟のかかった素袷すあわせで、器量のいかみさんとが居る内でしょう。そうなの、それじゃあついそこなんだわ。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
肩をなでる合総がっそう、顔を埋めるひげと胸毛を、風になぶらせて、相変わらず、ガッシリしたからだを包むのは、若布わかめのようにぼろのさがった素袷すあわせに、縄の帯です。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
普化ふけ宗衣しゅうえを着ていれば、髪も切下きりさげでなければならぬが、黒紬くろつむぎ素袷すあわせを着流して、髪だけがそのままでは、なんとなく気がさすし、そこらをウロついている原士はらしの眼を避ける上にも
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十月の素袷すあわせ平手ひらてで水っぱなで上げながら、突っかけ草履、前鼻緒がゆるんで、左の親指が少しまむしにはなっているものの、十手じってを後ろ腰に、刷毛先はけさきいぬいの方を向いて、とにもかくにも
銭形平次捕物控:282 密室 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「だって素袷すあわせでおいでだよ。」
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふたりも農家の一軒へはいって、湯を浴びたり、汗くさい仕事着をぬいで、素袷すあわせとなったが、こん夜は寺に振舞いがあるというので、晩飯は喰べずに、やがてぶらぶら寺内へ出かけた。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
白粉おしろいっ気なしの素袷すあわせ、色の白さも、唇の紅さもなまめきますが、それにも増して、くねくねとしなを作る骨細の身体と、露を含んだような、少し低い声が、この女の縹緻きりょう以上に人を悩ませます。
ここに雌雄しゆうを決しようとする両士、渾心こんしんの力を刀鋒とうほうにこめての気合いだから、いとも容易に動発しないとはいえ、流汗淋漓りんり、栄三郎の素袷すあわせの背には、もはや丸く汗のひろがりがにじみ出ている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
黙って女優の行手に立ち塞がったのは、腐ったソフトを鷲掴みに、素袷すあわせを着流した痩せた男、百舌もずの巣のような髪の下から妙に大きい眼が二つ、魅入るように美しい女優の顔を見詰めます。
踊る美人像 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
合惣がっそうを肩までたらし、むしろのような素袷すあわせに尻切れ草履ぞうり。貧乏徳利をぶらさげて、闇につっ立っている泰軒先生——……これを泰軒先生とは知らないから、司馬道場の連中は、めっぽう気が強い。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
娘を折檻せっかんしていたらしい半助は、あわてて素袷すあわせひざっ小僧を包みました。
与吉は、素袷すあわせの膝をひっつかんで。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
柄相応な藍微塵あいみじん素袷すあわせ、掛守りを少し覗かせて、洗い髪の刷毛はけ先をチョイと左にらせた、色白の柔和な顔立ち、御用聞というよりは、大町人の手代か、芝居者といった風にも見えますが、とにかく