いの)” の例文
その様子が怪しいので、ひそかに主人らの挙動をうかがっていると、父子は一幅のさるの絵像を取り出して、うやうやしくいのっていた。
「丞相、それならば何故、はらいをなさらないのですか。古くからそういう時には、星を祭り天をいのる禳の法があるではございませんか」
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは寛正の頃、東国おおい旱魃かんばつ太田道灌おおたどうかん江戸城にあって憂い、この杉の森鎮座の神においのりをしたしるしがあって雨降り、百穀大にみのる。
『生命よ、わが故郷よ、なつかしき自然よ、温かき土よ、おん母よ、大地よ』といふやうないのりの思想がリテラリイに私の胸を突いた。
愛は、力は土より (新字旧仮名) / 中沢臨川(著)
他はみな見苦しくもあわふためきて、あまたの神と仏とは心々にいのられき。なおかの美人はこの騒擾の間、終始御者の様子を打ちまもりたり。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
父の病をいのりに来た彼は、現世に超越した異教の神よりも、もっと人格のある大己貴おおなむち少彦名すくなびこなの二神の方へ自分を持って行きたかった。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「でも他に頼る人もありません。——道尊さんは早速やって来て、護摩ごまいていのってくれましたが、何のしるしもありません」
神にいのって授けられると信じ、また親から子孫に伝わるのも神意と考え、力の筋は女に伝わってよその家に行ってしまうとも言っていた。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
聖ピエトロの墓の前なる一燈の外には何の光もなく、その光さへ最近き柱を照すに及ばざる程なるに、人々跪ひざまづきていのれば、われも亦跪きぬ。
その四人の神下しが自分の平生信ずるところの神をいのり下げて伺った上、法王は今度どこの方角に生れ変ったという事をいちいち言うですが
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
爾思しかおもへる後の彼は、ひそかにかの両個ふたりの先に疑ひし如き可忌いまはしき罪人ならで、潔く愛の為に奔る者たらんを、いのるばかりにこひねがへり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
結局凡庸な表現力しか持たない日本語ではないか。而も現在と関係のない、どういのっても転生する望みのない山の石の様な詩語に過ぎないのだ。
詩語としての日本語 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
つまり、天地神明に対して、身を以ていのりつつあるのだという感動をも、田山白雲は直ちに受取ってしまいました。
大菩薩峠:38 農奴の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
唯先生を中心として起った悲劇にり御一同の大小だいしょう浅深せんしんさま/″\に受けられた苦痛から最好きものゝ生れ出でんことを信じ、且いのるのみであります。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
あはれ、ここに染出す新暖簾のれん、本家再興の大望を達して、子々孫々までも巻をかさねて栄へよかしといのるものは
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
せふかさね/″\りようえんあるをとして、それにちなめる名をばけつ、ひ先きのさち多かれといのれるなりき。
母となる (新字旧仮名) / 福田英子(著)
汽車に乗るとまずあらゆる聖者の御名みなを呼びかけてはおいのりをささげたが、その間にも例の『情状酌量』ということばが、絶えずその単純な頭にひびいていた。
情状酌量 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
沙漠のなかで大風に遇うのは天神の怒に触れたものとして隊商のうちの一人を犠牲にして災難を免れるよういのらねばならない。このことは誰も知って居た。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そこで、まあとにかく、神父さまにおいのりをして頂かうといふことになつて、遠い町から名高い神父さまを呼んで、丁度そのお祷りが始まるところなんです。
エミリアンの旅 (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
一日は一日とお定りのいのりの言葉に切実が加はつた。小学校で学問が出来て得意になつてゐる時でも、黒坊主々々々と呼ばれると、私の面目は丸潰まるつぶれだつた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
眠りかけてるようなものうい町の鐘が、夕の御告みつげいのりの時刻を知らしていた。おぼろな願望が、かすかな予感が、夢想に沈んでる子供の心に目覚めてきた。
布施はぬさと訓べし。又たゞちにふせとも訓べき也。こゝにこひのむといへるは、仏にこふにて、神にいのるとは事異なれば、ヌサとはいはで、布施と言へる也。施を
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
いのりの声が各戸の入口から聞えて来た。行人こうじんの喪章は到る処に見受けられた。しかし、ナポレオンは、まだ密かにロシアを遠征する機会をねらってやめなかった。
ナポレオンと田虫 (新字新仮名) / 横光利一(著)
光勝自前の田に水入れその経に向いいのるに苗茂る事おびただし。法蓮は田を作らず水も入れねば草のみ生じて荒れ果てるから、国人『最勝』をほめ『法花』を軽しむ。
む。子路祷らんことを請う。子曰く、これ有りや。子路こたえて曰く、あり、るいなんじを上下の神祇しんぎいのるといえり。子曰く、きゅうの祷ること久し。(述而、三五)
孔子 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
南無不動様と三つを掛合にして三つの内どっちか一つはくだろうと思って無闇に神をいのって居ります。
神にいのり、自分の両手を縄で縛って、地にひれ伏していながらも、ふっと気がついた時には、すでに重大の悪事を為している。私は、むち打たれなければならぬ男である。
善蔵を思う (新字新仮名) / 太宰治(著)
基経は念を押すように娘の方を見た。橘はいのるように父に何もいうなという怖気おじけのある色をうかべて、もう、鳥をつのは可哀想かわいそうだという意味をも含ませた眼附めつきだった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そして今では彼女をあわれみ許す穏やかな心になっている。いな、前よりもいっそう深きリファインされたキリスト教的愛で彼女を包み、心より彼女の幸福をいのっている。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
初めてお辰は我身のためにあらゆる神々に色々の禁物たちものまでして平癒せしめ玉えといのりし事まで知りて涙く程うれしく、ト月あまりにおとろえこそしたれ、床を離れてその祝義しゅうぎ済みし後
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
清水寺の僧信海、勅を奉じて敵国を調伏し万民を安穏あんのんにせんことをいのる。事、幕忌に触れ、捕えられて獄に下り、病を以て没す。実に今茲ことし四月某日なり、遺歌一首有り。曰く
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
恰度二人がその部屋に入った時、伯爵は等身大の亡き夫人の肖像画の前に座って、香を焚き冥福をいのっていた。香の煙は美しい彼女の胸から顔へ、うっすりと立ちのぼっていた。
鉄の処女 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
姜はそこでおそれて結納をかえした。薛老人は心配して、にえきよめて祠に往っていのった。
青蛙神 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「お前の体は武公子からもらったのだから、もうわしが惜むわけにいかない。ただわしは、公子が一生を終るまで、災難のないようにいのっている。それがお前のさいわいなのだ。」
田七郎 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
勢理客せりかく祝女のろが、あけしの祝女が、いのりをささげて、雨雲を呼び下し、武士もののふの鎧を濡らした、武士は運天うんてん小港こみなとに着いたばかりであるのに、祝女は嘉津宇嶽かつうだけにかかった雨雲を呼び下して
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
「聞こえますか。あれはさるべんじなと云つて、『まりあ』に憐れみを乞ふおいのりの歌です。今夜は殆んど一晩中祈り歌ひ明かすので、降誕の祝ひの歌の他にあゝいふのも歌ふんです。」
お前のお父さんは七年前の不作のとき祭壇さいだんに上って九日いのりつづけられた。お前のお父さんはみんなのためにはいのちしくなかったのだ。ほかの人たちはどうだ。ブランダ。言ってごらん。
いのり終ると、サヨナラも云わずに、さッさと戻ってしまった。
それからひざまずいて天にいのる時の誠と願もあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いと深き憐愍あはれみ垂れさせ給へよと、いのりをろがむ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
されどわれにはいのるべき言葉なかりき。
清見寺の鐘声 (旧字旧仮名) / 高山樗牛(著)
いざともにいのらまし、ひとびとよ
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
「根に力を蓄え、望みは、永遠の結実に持て。——そういのるわしの施政が踏みしめて来た領土。ここの領民は可憐いじらしいものたちよ」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「お聴きの通りでございますが、おいのり下さりましょうか」と、式部はあらためて行者に訊くと、彼女はやはり無言でうなずいた。
半七捕物帳:26 女行者 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「でも他に頼る人もありません。——道尊さんは早速やつて來て、護摩ごまいていのつてくれましたが、何のしるしもありません」
過ぐる文久ぶんきゅう三年、旧暦四月に、彼が父の病をいのるためここへ参籠さんろうにやって来た日のことは、山里の梅が香と共にまた彼の胸に帰って来た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いの目当めあての神はどういう神か、是がわかるとよいのだが、島の人には口にする必要もなかったのであろう。その点がそうはっきりとしていない。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「お難有ありがとうござります、旦那さま。どうぞ御姓名なまえを伺わせて下さい、貴方さまの御幸福おしあわせをおいのりするために」
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
妾は児のかさがさね竜に縁あるを奇として、それにちなめる名をばけつ、い先のさち多かれといのれるなりき。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ハヌマンはめとらず、強勢慈仁の神にして人に諸福を与う。また諸鬼、妖魅、悪精、巫蠱ふこつかさどる。悪鬼に付かれし者これにいのれば退く。流行病烈しき時もこれに祷る。