破綻はたん)” の例文
十年前、私はる出来事のために私の神経の一部分の破綻はたんを招いたことがありました。私の神経がそのために随分いたんでしまいました。
病房にたわむ花 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私自身の孤独の破綻はたんが不愉快なのである。こうなって来ると、浪曼的完成も、自分で言い出して置きながら、十分あやしいものである。
一日の労苦 (新字新仮名) / 太宰治(著)
いいえ、そう申すよりは、そのつらい所まで行かぬ内に、あの恐ろしい破綻はたんが参ったという方が当たっているのかも知れませんけれど。
人でなしの恋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
しかし神の誠実性を以て知識の客観性を基礎附けるという如きは、何らの論理性をたない。主語的論理の破綻はたんを示すものである。
デカルト哲学について (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
格闘者の群れが舗道の石をける靴音くつおととの合奏を聞かせたり、あるいはまた終巻でアルベールの愛の破綻はたんと友情の危機を象徴するために
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
どう言う破綻はたんを生じますか? 『色や形は正に美しい。が、畢竟ひっきょうそれだけだ』——これでは少しも桜の花をけなしたことにはなりません。
侏儒の言葉 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
事の真偽はともかく、摂、河、泉いったいの潜伏勢力が、いかに鎌倉勢の破綻はたんうかがっていたかは、これらの例にみてもわかる気がする。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その人ならず、善く財を理し、事を計るに由りて、かかる疎放の殿をいただける田鶴見家も、さいはひ破綻はたんを生ずる無きを得てけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
やはりそうであった、自分などという何のよい背景も持たない女には必ず幸福の破綻はたんがあるであろうと思いつつ、今日まで来たのである。
源氏物語:51 宿り木 (新字新仮名) / 紫式部(著)
放漫な財政の破綻はたんもあって、財界に恐慌が襲い来たり、時の政治家によって財政緊縮が叫ばれ、国防費がひどく切り詰められた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
歩いていたのでは、破綻はたんの外ない。謀略ぼうりゃくもきかず、死を恐れず、最低生活に耐え得る敵日本国民を屈服せしむることは依然として甚だ困難だ
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
それが、無用の破綻はたんと摩擦を起さずして、しかして体制を一変し、新政の実を挙ぐるに最も妙用であると、土佐ではそう考えているらしい。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それだのに祖父の時に自身が社長をして居た晒木綿さらしもめんの会社の破綻はたんから一時に三分の二以上の財産を失ひ、それから続いてその祖父が亡くなり
月夜 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
すっかり訓練されて立居振舞に少しの破綻はたんもありませんが、平次が声を聞いて判断したように、どんな目に逢って来たものかすっかりおびえて
そこにはしなくも大きな破綻はたんの原因となったものは、ほかならぬろうそく問屋長兵衛の狂気に近い書画収集癖でありました。
とかくにこの代理のものを用いると云う事は、純粋の叙述ではない、方便であるから、あまり厳密に考えると少しは破綻はたんが出そうであります。
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それには彼と松雪院との新婚生活が、二三箇月を出でないうちに早くも破綻はたんを来たしていたことを勘定に入れる必要がある。
第三句の字余りなどでもその破綻はたんを来さない微妙な点と、「風を時じみ」の如く圧搾あっさくした云い方と、結句の「つ」止めと
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
もしなったとすれば、それは夫妻の内部から破綻はたんが、表面にまで及ぼしてきて、物質関係まで他人がましくなったのだと思わなければならない。
マダム貞奴 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
徳を累するどころか、この家庭の破綻はたんを処理した沼南の善後策は恐らく沼南の一生を通ずる美徳の最高発現であったろう。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
其論文の構造は如何にも華麗にしてあたか蜃気楼しんきろうの如くなれども堅硬なる思想の上に立たざるが故に、一旦破綻はたんを生ずれば破落々々となりをはる者あり。
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
……昌蔵がもう少し違った性格だったら、それでも破綻はたんを避ける機会はあったかも知れない。然し彼自身も二十四歳という年にしては世情にうとかった。
柘榴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふたりの家庭の破綻はたんが一時、防がれたばかりか、出征や疎開の前後に子供が四人まで生まれる結果となったが、さて敗戦になり、平和な日を迎えると
さようなら (新字新仮名) / 田中英光(著)
私はもしも自分が雪子と結婚してゐたら、彼女の純潔を尊敬して、かういふみじめな破綻はたんは訪れないだらうと思つた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
彼女が一歩ずつ最後の破綻はたんに近づいて行ったのか、病気が螺旋らせんのようにぎりぎりと間違なく押し進んで来たのか
智恵子の半生 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
しかも全くおどろかされる一つの点は、大方は真似まねをした実朝の歌の方が、風雅の作品としては一層破綻はたんがなくなり、よくなっているということである。
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
いかにも足もとがあやうく見えながら少しも破綻はたんを示さず、ややもすれば他人の勝手になりそうでいて、よそからは決して動かされない女になっていた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
一年の月日は母子の破綻はたんを繕いぬ。少なくも繕えるがごとく見えぬ。母もさすがに喜びてその独子ひとりごを迎えたり。武男も母に会うて一の重荷をばおろしぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
生涯しょうがいの失意破綻はたん災難のすべてを正当な不平のようにいつもだれにでもなげつけようとしているかのようだった。
が、もくろんだお仕事に失敗なされましたことと、その報告のため、私たちの宿に姿をお見せになったことが、すべてに破綻はたんをきたしたのでございましょう。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
長二郎、お初の恋は、そして、ますます熱度を加えたものの、そうした生活に、破綻はたんの来ないはずがない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
交通の発達した今日、地上の距離は非常に短縮されたではあろうが、それでも地方的風土や、民情や物資を無視するなら、いかなる工藝にも破綻はたんは来るであろう。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
こういうじみな、隠れた恋を楽しんでいただけに、二人の仲はなんの破綻はたんを現わさずに続いていった。
心中浪華の春雨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのうちに、破綻はたんが到来した。数世紀以来同じ一隅いちぐうの土地に固着してそのしるを吸いつくした、それらの古い中流家庭の生活には、早晩一破綻の起こるのが常である。
「恋人の破綻はたんして相別れたるは、双方に永久の冬夜を賦与したるが如し」とバイロンは自白せり。
厭世詩家と女性 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
君はあの人たちのやうに、小利口に世間を立ち廻つて、破綻はたんのない生活を送れる人とは違ふんだ。
良友悪友 (新字旧仮名) / 久米正雄(著)
平日へいじつ何等なんら慰藉ゐしやあたへらるゝ機會きくわいをもいうしてないで、しかきたがり、りたがり、はなしたがる彼等かれらは三にんとさへあつまれば膨脹ばうちやうした瓦斯ガスふくろ破綻はたんもとめてごと
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
……あまりの仕儀しぎたゞ茫然ばうぜんとして、はてなみだながしたが、いや/\、こゝかたちづくられた未製品みせいひんは、かたちなかばにして、はやくも何処どこにか破綻はたんしやうじて、さくほつするものゝ
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
少女の微笑はいささかも破綻はたんすることがなく続いている。私はうんざりせずにいられなかった。
篠笹の陰の顔 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
実にこの事情が一大破綻はたんへの導火線をなしたのであり、その前後の叙述こそは自分の第一の序説的小説の主題、というよりは、その外面的な方面を形づくっているのである。
恋人の破綻はたんして相別れたるは双方に永久の冬夜を賦与したるが如しとバイロンは自白せり
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
彼らは何事かを思い詰めると、狂人の如くその一念に凝り固まり、理想にいんして現実を忘却してしまうために、ついには身の破綻はたんを招き、狂気か自殺かの絶対死地に追い詰められる。
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
何処どこかの事務員にでも雇われようとまで、すっかり覚悟をきめて、それとなく最後の破綻はたんの来る時を待っていたが、進の方からはまさか手切金の請求を恐れたわけでもあるまいが
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
末造夫婦はあらたに不調和の階級を進める程の衝突をせずに、一月ばかりも暮していた。つまりそのあいだは末造の詭弁きべんが功を奏していたのである。然るに或る日意外な辺から破綻はたんが生じた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
斯くしてその夏三つ詩を書き、それから自分の生涯の最初の破綻はたんの起つたその年の末(明治四十二年)この『錘』に出て居る詩五篇を一度に書いた。自分は今それを自分の處女作とする。
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
これはあまりかっきり出しますと、色彩的には美しいかも知れませんが、それでは調子を荒だてるようにもなりますから、そういう破綻はたんを出すまいと、私としてはかなり苦心してみました。
虹と感興 (新字新仮名) / 上村松園(著)
ロダンさんは中年時代、シャトウ・チェリイから出て来た女弟子のカミイユ・クロオデル嬢との恋愛の破綻はたんによって、思索上にもロダンさんの生理学にも余程の変化があったのだそうです。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
農産物はその種類の何たるを問はず低廉無此るものは市場いちばへ出荷するもその運賃さへとれぬやうな次第ことに当地方のいちご耕作者のごとき実に惨澹さんたんたるものにて破綻はたん又破綻、目も当てられぬ有様
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
ヨーロッパへ帰ると同時に、マクリイ卿との結婚生活にも破綻はたんが来た。
戦雲を駆る女怪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
ことに鴟尾の一つが後醍醐時代の模作として幾分つたないために、両端から中央へ力を集めようとする企画がかなりの破綻はたんを見せているなどは、この堂の調和の有機的なことを思わせるに十分である。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)