眉目びもく)” の例文
明かなる君が眉目びもくにはたと行き逢える今のおもいは、あなを出でて天下の春風はるかぜに吹かれたるが如きを——言葉さえわさず、あすの別れとはつれなし。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と見まわすと、この中では一番の年少者で眉目びもくの清秀な磯貝いそがい十郎左衛門が少し、青白い顔して、片手で腹を抑えていた。
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかも、これが他の門弟たちとは群を抜いて、腕もたしか、わざもみごと、眉目びもくもきわだってひいでた若者でした。いや、それと知ったせつなです。
眉目びもく端正な顔が、迫りるべからざる程の気高い美しさを具えて、あらたに浴を出た時には、琥珀色こはくいろの光を放っている。豊かな肌はきずのない玉のようである。
魚玄機 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「しかし、えらい変りようじゃなあ。あれほど眉目びもく秀麗しゅうれいだった伴大次郎が、今はまるで鬼の面と言ってもよい。」
煩悩秘文書 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかもその白い顔は正面から月のひかりを受けているので眉目びもく明瞭、うたがいもない江戸屋敷のお島であった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
が、その姿に眼をやると、彼女の顔は不思議にも、眉目びもくの形こそ変らないが、垂死すいしの老婆と同じ事であった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
最下の者も、いかにいまだ空漠たろうとも、なおその眉目びもくの下に無窮なるもののかすかな輝きを持っている。
うじ育ち共にいやしくなく、眉目びもく清秀、容姿また閑雅かんがおもむきがあって、書を好むこと色を好むがごとしとは言えないまでも、とにかく幼少の頃より神妙に学に志して
竹青 (新字新仮名) / 太宰治(著)
自分は少時しばらく立って見送っていると、彼もまたふと振返ってこちらを見た。自分を見て、ちょっとかしらを低くして挨拶したが、その眉目びもくは既に分明ぶんみょうには見えなかった。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
十余年ぜん楽天居らくてんきょ小波山人さざなみさんじんもとに集まるわれら木曜会の会員に羅臥雲らがうんと呼ぶ眉目びもく秀麗なる清客しんきゃくがあった。
順吉は眉目びもくが秀麗で、動作が敏捷びんしょうでしたから、誰にも愛されました。養老館に入って学びましたが、十四歳になった時には、藩の子弟にも及ぶ者がないと推奨されたのです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
と、二十九歳になる、京大法科に通っている、鹿児島生れの、眉目びもく秀麗な、秀才はいった。
モルガンお雪 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
洞川どろかわという谷底の村に、今では五鬼何という苗字みょうじの家が五軒あり、いわゆる山上参りの先達職せんだつしょくを世襲し聖護院しょうごいんの法親王御登山の案内役をもって、一代の眉目びもくとしておりました。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
毛髪の薄く眉目びもくなぞも、はつきりしないやさ男ぶりは、気に入らなかつた、お神さんや、他の女たちにべたべたするのも、男らしくなくて、あき足らなかつた、——普通ならば
一の酉 (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
村川の顔が青ざめ、眼が血ばしり呼吸がはずみ、はげしい精神的苦痛が、その美しい眉目びもくの間にきざまれかけると、彼女は昂奮し緊張した。おしまいには、肉体的にまで昂奮した。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
庸三はもちろん他の男にも同じ表情をしあるいはもっと哀切凄婉せいえん眉目びもくを見せるであろう瞬間を、しばしば想像したものだったが、昨夜のように気分の険しさの魅惑にも引かれた。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
非常に眉目びもく秀麗です。老僕夫妻はいまに私かその青年かのどちらかにアクチーブに出て結婚でもすることを予想し否、そうあれかしと望んで居るようなのです。彼等らしい考えです。
智慧に埋れて (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
眉目びもくのどこかにか苦闘のあとを残すかたがたも、「あの時分」の話になると、われ知らず、青春の血潮が今ひとたびそのほおにのぼり、目もかがやき、声までがつやをもち、やさしや
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その女は眉目びもくの辺が引き締っていて、口元などもしばしば彼地あちらの女にあるようにゆるんだ形をしておらず、色の白い、夏になると、それが一層白くなって、じっとり汗ばんだ皮膚の色が
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
この爽麗そうれいなる温室内に食卓を開きて伯爵家特有の嘉肴珍味かこうちんみきょうす。このうちに入る者はあたかも天界にある心地ここちしてたちまち人間塵俗じんぞくの気を忘る。彩花清香せいこう眉目びもくに映じ珍膳ちんぜん瑶盤ようばん口舌をよろこばす。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
心の中にもだえ苦しむ人はもとよりのこと、一つの道をのみ追うて走る人でも、思い設けざるこの時かの時、眉目びもくの涼しい、額の青白い、夜のごとき喪服を着たデンマークの公子と面を会わせて
二つの道 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
美人ト不美人トノ相違ノ真髄ハ何処いずこニアリヤト考エルノニ、要スルニレハ主トシテ眉目びもくノ立体幾何学的問題ニ在ル。眉目ノ寸法、配列等ガ当ヲ得レバ美人トナリ、マタ当ヲ得ザレバ醜人トナル。
ヒルミ夫人の冷蔵鞄 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
はた甚だ快しとせざる所なるをもて、妾は女生に向かいて諄々じゅんじゅんその非をさとし、やがて髪を延ばさせ、着物をも女の物に換えしめけるに、あわれ眉目びもく艶麗えんれいの一美人と生れ変りて、ほどなく郷里に帰り
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
マスクかけほのかに彼の眉目びもくかな
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ればさて美男子びなんしいろこそはくろみたれ眉目びもくやさしく口元くちもと柔和にゆうわとしやうや二十はたちいち繼々つぎ/\筒袖つゝそで着物ぎもの糸織いとおりぞろへにあらためておび金鎖きんぐさりきらびやかの姿なりさせてたし流行りうかう花形俳優はながたやくしやなんとしておよびもないこと大家たいけ若旦那わかだんなそれ至當したうやくなるべし
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
あによめはこう云う場合に、けっして眉目びもくを動さなかった。いつでもあおい頬に微笑を見せながらどこまでも尋常な応対をした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
また、秀麗しゅうれい眉目びもくや、明晰めいせきな言語や、お小姓組に育って、行儀の上品なすがたが、その敵対感の中に、往来しだした。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
民雄はこう云った野村の顔を見上げながら、ほとんど滑稽に近い真面目さを眉目びもくあいだに閃かせて
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
右門は例の秀麗きわまりない眉目びもくに、観察の深さを物語る一文字のくちびるをきりりと引き締めて、しきりとそこに掛けられてある床の新画を見ながめていましたが、ふふん
ただ土蔵の窓から、体格のしっかりしてそうな眉目びもく秀麗な子供の皆三が、しょっちゅう顔を見せている癖に、決して外へ出て、みんなと一緒に遊ばない超然たるところを子供達は憎んだ。
蝙蝠 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼らを兵馬の間に伴ない得ざるために、眉目びもく清秀なる少年をしてこれにかわらしめた世の中になっても、さかなをするというのは扇をひざにして歌うことであり、またはって一さし舞うことであった。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この台所にる者は眉目びもくに明快なるを覚ゆべし。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
悲痛の色を眉目びもくかんうかめて
雁坂越 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
時雨しぐるゝを仰げる人の眉目びもくかな
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
と、うなずくかのような眉目びもくを示した。——勝家は、ぐいと猪首いくびを横に曲げて、ばさばさと自席へもどった。その後、つばでも吐きたいような顔をしていた。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
特徴とはほかではない。彼の眉目びもくがわが親愛なる好男子水島寒月君にうり二つであると云う事実である。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ土蔵の窓から、体格のしつかりしてさうな眉目びもく秀麗な子供の皆三が、しよつちゆう顔を見せてゐる癖に、決して外へ出て、みんなと一緒に遊ばない超然たるところを子供達は憎んだ。
蝙蝠 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
しかしこの人のこういう深刻な陰を眉目びもくに見るのは、左馬介としてさほどな驚異ではなかった。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その妹の十一貫目の婆さんは、またたきもせず余が黄色な面を打守りていかなる変化が余の眉目びもくかんに現るるかを検査する役目を務める、御役目御苦労の至りだ、この二婆さんの呵責かしゃくあってより以来
自転車日記 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
天下の何人たりと知るよしもない地異人乱ちいじんらんを、未然に知っているということのいかに空怖そらおそろしきものであるかを、さすがにここにいる面々とて、その眉目びもくなり五体なり、また
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
眉目びもくといい、麗玉れいぎょくのようだ、もし、これで生きていたら——と、思わずにいられない。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ところへまたも、一群の正規兵が、隊伍たいご粛々しゅくしゅくと、目の前を通りすぎた。ふさつきの立て槍を持った騎馬隊と鉄弓組の中間には、雪白の馬にまたがった眉目びもくするどい一壮士の姿が見えた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
噂のとおり、賛之丞はちょっと女好きのしそうな眉目びもく優形やさがたな肩幅を落すくせを持っている。だがその眸の底には、寸間も休まらないというような恐怖をどきどきとひそませているようだ。
八寒道中 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、一角は、そういって、ジリジリと前へ迫ってくる鋭い眉目びもくを見上げた。
無宿人国記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それに、遠祖八幡太郎の若き日も、かくやと思われる眉目びもくだった。
私本太平記:01 あしかが帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すなわち武田伊那丸たけだいなまるは、眉目びもくをあさく藺笠いがさにかくし、浮織琥珀うきおりこはく膝行袴たっつけに、肩からななめへ武者結むしゃむすびのつつみをかけ、木隠龍太郎こがくれりゅうたろう白衣白鞘びゃくえしらさやのいつもの風姿なり、また加賀見忍剣かがみにんけんもありのままな雲水うんすいすがた
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、きょうはいたってやわらかい眉目びもくである。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)