もく)” の例文
桶狭間おけはざまで泰然としていた信長、たとえ一もくなり二目なり置いていたとはいえ、そう無惨むざんな敗れを取るようなこともなかったろうと思う
われをもくして「骨董こつとう好き」と言ふ、誰かたなごころつて大笑たいせうせざらん。唯われは古玩を愛し、古玩のわれをして恍惚くわうこつたらしむるを知る。
わが家の古玩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
民間は官途に一もく置くものと信じているから、大谷夫人の厭味いやみを当然の卑下ひげと認めて、御機嫌よく暇を告げた。大谷夫人はこれからだ。
求婚三銃士 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
これをもくして貧乏人となし、これに反しこの線以上に位しそれ以上の所得を有しいる者は、これを貧乏人にあらざる者と見なすのである。
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
伊賀の暴れン坊が、一もくも二もくもおくくらいだから、まったく厄介なやつが壺をおさえちゃったもンだとみんないささか持てあまし気味。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そのもく僅かに十二箇条にして、下田、箱館の両港を開き、米国船に、薪水しんすい、飲料、石炭等欠乏の品を売り渡すというに過ぎず。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
勿堂は阿波の農家の子で学を好み、一斎の門下にあつては顔淵のもくがあつた。勿堂は一斎が「勿視勿聴勿言勿動」に取つて命じたのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
世人はこれもくして孤立と云うも、我れは自負して独立と称し、在昔ざいせき欧洲にてナポレオンの大変乱に荷蘭オランダ国の滅亡したるとき
しかるに、今夜の相手は、自分の兇悪ぶりに対して、一向に驚かないのみか、自分をもくして、素直だといい、正直者だといい、善人だという。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は一つの事件を別の事件とごっちゃにしたり、またはある事件をもくして、自分の思念裡しねんりにのみ存在する事件の結果みたいに思い込んだりした。
我々はいて無理なる解釈を下そうとせずに、最初にはまず今日難解をもくせられる部分が、どういうところにあるかを考えてみなければならぬ。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼を知る鮑叔ほうしゅくが彼をもくして臆病者とも卑怯者とも言わなかったのは、彼の人となりと、彼の事情を知っているからである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
変な話だが、この種の金銭の授受は、アメリカでは当然の謝礼ともくされていて、だすほうも貰う方も格別やましくない。
チャアリイは何処にいる (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
初め軽井沢の教会堂で人から紹介せられた時の進と、今は通俗小説の大家を以てもくせられている進とを比較すると、全く別の人としか思われない。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
燕王の師を興すや、君側の小人をはらわんとするを名として、其のもくして以て事を構えしんを破り、天下を誤るとなせる者は、斉黄練方せいこうれんほうの四人なりき。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いな、自己自身すら装飾品をもって甘んずるのみならず、装飾品をもって自己をもくしてくれぬ人を評して馬鹿と云う。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ところが今度は、あの娘達に俺の鼾が話題になつてしまつて、奴等は俺の顔さへ見れば恰で俺を滑稽人物か何かのやうにもくしてゲラゲラと笑やがるんだ。
しかしながら世間も政府も、もくして大隈というものが悪い、若いものを煽動して誠に困ると、こういっておる。
〔憲政本党〕総理退任の辞 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
まず、弁者は、その近辺でも当時の新智識ともくされたものと見えて洋服を着ていることの多いあたしの父であった。洋服が新時代の目標であったと見える。
白痴になってからは年ごとに力が劣え、従兄に何もくか置かせていたのが相先になり、逆に何目か置くようになっていた。白痴は強情であったが臆病であった。
石の思い (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ある人がせいもくして和歌の区域を狭くする者と申し候は誤解にて、少しにても広くするが生の目的に御座候。
歌よみに与ふる書 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
ところで、滝人が最初もくした、十四郎の居間付近について、やや図解的な記述が必要であると思う。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
支那人しなじんしているちいさい料理店りょうりてんへ、わたしは、たびたびいきました。そこの料理りょうりがうまかったためばかりでありません。また五もくそばのりょうおおかったからでもありません。
らんの花 (新字新仮名) / 小川未明(著)
文学者ぶんがくしやもくして預言者よげんしやなりといふは野暮やぼ一点張いつてんばり釈義しやくぎにして到底たうていはなし出来できるやつにあらず。
為文学者経 (新字旧仮名) / 内田魯庵三文字屋金平(著)
余は思わず嘆息して「貴女は罪な事、邪魔な事ばかりをもくろむから此の様な始末に成ったのです」
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
余は普通基督教徒がもくして論ずるに足らざるものと見做す小教派の中にも靄然あいぜんたる君子、貞淑の貴婦人を目撃したり、悪魔よ汝の説教をめよ、もし余にして善悪を区別し
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
一刀流の陣所払い! 負けたと見せて盛り返し、一挙に多勢を屠る極意、しかし普通の場合には、卑怯ひきょうもくして使わない。死生一如と解した時、止むなく使う寝業であった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
主翁はひどく碁が好きであったが、それは所謂いわゆ下手へた横好よこずきで、四もくも五目も置かなければならなかった。それでも三左衛門は湯治とうじの間の隙潰ひまつぶしにその主翁を対手あいてにしていた。
竈の中の顔 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
これはどうも大ごと二十五もくと云う仕事、これは弱りましたな……ると向うへ登ると、えゝ紀伊國と斯うやる、紀伊國屋と突くと向うが紀伊國と跳上はねあげられる、弱るね
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
利三郎の方が一二もく強く、何時でもお世辭に負けたり勝つたりして居る碁でしたが、その日は彌太郎の方が風向きがよく、二三番勝越してすつかり良い心持になつてしまつた頃
もくの数を辿りながら読んでいった。終りまでくると、碁盤を引寄せて譜面通りに石を並べ、その先を一人でやってみた。一寸した心の持ちようで、白が勝ったり黒が勝ったりした。
野ざらし (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
よと故に八代將軍吉宗よしむね公は徳川氏中こうの君とたゝへ奉つる程の賢明けんめいましませば其下皆其にんかなはざるなく今般の巡見使松平縫殿頭ぬひのかみ殿も藤八お節が訴訟うつたへを一もくして其事いつはりならざるを
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
一 詞友われをもくして文壇の少年家といふ、そはわがものしたる小説の、多く少年を主人公にしたればなるべし。さるにこの度また少年文学の前坐を務む、思へば争はれぬものなりかし。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「道阿弥話」が彼女をもくして生れつき虐を好む婦人であったと為す所以ゆえんは、主として此処に存するのであるが、「見し夜の夢」に依ると、彼女は河内介に向ってしものように告白している。
良人の機嫌を取るという事も、現在の程度では狭斜きょうしゃの女の嬌態きょうたいを学ぼうとして及ばざる位のものである。男子が教育ある婦人をもくして心ひそかに高等下女の観をなすのは甚しく不当の評価でない。
婦人と思想 (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
これ淫念をたつなり。十に曰く、他人の財をむさぼるなかれ。これ貪心どんしんいましむるなり。以上七誡のごとき、人もしこれを犯せば、みな必ず政府の罰をこうむるに足る。教門の道、ただ刑法のもくを設けざるのみ。
教門論疑問 (新字新仮名) / 柏原孝章(著)
それでこそ今だに清子さんには、二もくも三目も置いてゐるのです。
妾の会つた男の人人 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
深志がそのリイダアともくされたのである。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
負う者としてもくされているのかな。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
空米切手などのもくに至っている。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
かのもくを加え、したがって出だせばしたがって改め、無辜むこの人民は身の進退を貸して他の草紙に供するが如きことあらん。
学者安心論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
本来なら、足利方ともくされている島津貞久や大友具簡ぐかんの軍兵も、尊氏の通達で、一部は来会していなければならぬはずだ。
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
碁を打つ者は五もく勝った十目勝ったというその時の心持を楽んで勝とうと思って打つには相違ないが、彼一石我一石をくだすその一石一石の間を楽む
魔法修行者 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
わたくしはここに真志屋五郎作ましやごろさく石塚重兵衛いしづかじゅうべえとを数えんがために、芸術批評家のもくを立てた。二人は皆劇通であったから、かくの如くに名づけたのである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そんなら、彼ら大尽だいじん地租ちそもくもとに多額の負担ありやとたずぬれば、彼らの園邸えんていは宅地にあらずして、山林と登録とうろくしてあるから、税率もはなはだ少ない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
自分が一もくも二目もおかねばならぬ達人が、この世に存在するということを、源三郎、はじめて知ったのです。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
たとえば蘭山らんざん先生の前出の書などは、薏苡のもくの下に食えるのを二種、食用とせぬもの二種を列記し、後者は宿根であって荒野に自生し、大きく皮いたって硬く
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
すると袈裟はしばらくして、急に顔を上げたと思うと、素直に己のもくろみに承知すると云う返事をした。が、己にはその返事の容易だったのが、意外だったばかりではない。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
これ実に数年前(明治二十六年か)のことなり。しかしてこの談一たび世に伝わるや、俳人としての蕪村は多少の名誉をもって迎えられ、余らまた蕪村派ともくせらるるに至れり。
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
蟠「どうだ、阿部は下手の横好きで舎弟に七もく負けたが、どうだ阿部と一石いっせきやりなさい」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)