とも)” の例文
旧字:
父は家人の騒ぐのを制して、はかま穿きそれから羽織をた。それから弓張ゆみはりともし、仏壇のまへに据わつて電報をひらいたさうである。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
平次はおゑつの後姿が廊下に消えると、踏臺を戸棚の前に持つて行き、硫黄附木いわうつけぎを一枚ともして、念入りに戸棚の上を調べ始めました。
その幹深く枝々をすかして、ぼーッとすす色ににじんだ燈は、影のように障子を映して、其処に行燈あんどうともれたのが遠くから認められた。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
聟どのの家から大事に消えぬように持って来た脂燭ししょくともしを、すぐ婚家のが、その家の脂燭に移しともして、奥へかけこんでゆく。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
五年ほど前の夏には避暑客でごったかえしていた片貝の銀座も、いまは電燈でんとう一つともっていない。まっくらである。犬の遠吠とおぼえも、へんにすごい。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
目を天地自然の森羅万象しんらばんしょうに映してその心の沈潜するのを待って、そうしてあるかないかの一点の火がその心の底にともり始めて
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
これに反してお庭の隅の常春藤きづたに蔽われたバンガロー風の小舎には燈火ともしびがアカアカとともって、しきりに人影が動いている。
二重心臓 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
乱軍の中に気を失った李陵りりょう獣脂じゅうしとも獣糞じゅうふんいた単于ぜんう帳房ちょうぼうの中で目を覚ましたとき、咄嗟とっさに彼は心を決めた。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
秋の日の暮れかかるともしごろ、奈良の古都の街はずれに、骨董こっとうなど売る道具市が立ち、店々の暗い軒には、はや宵の燈火あかりが淡くともっているのである。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
スウィッチを入れると数十の電燈が一度にともると同じように、この植物のどこかに不思議なスウィッチがあって
烏瓜の花と蛾 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
竹やが、やっとこさ蝋燭をともして、念のため、廊下の隅っこにあった引込線のスイッチを照らして見ますと、どうしてでしょう、その蓋が開いています。
偽悪病患者 (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
で、その部屋でともされている、燈火の光が塗り骨障子の、障子の紙を赤黄色く染め、中庭の一部を明るめていた。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そういう家の前を離れると、すぐ傍が黒い蔵であったり、木口のよい板塀であったりして、天水桶てんすいおけや、金網をかけた常夜燈じょうやとうともっていたように覚えている。
本郷通りの並木の影に街灯がともった。相変らず白痴のような表情した帝大の学生や、小癪こしゃくつら構えをした洋装の小娘が、私に逆らうようにして通り過ぎる。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
芯だけになった時いったん消してその後時間を隔ててともしたとすると、あいにく今度は鉄芯が冷却している。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
廊下にとも金行灯かなあんどん二尺にしゃく四方もある鉄網てつあみ作りの行灯を何十台も作り、そのほか提灯ちょうちん手燭てしょく、ボンボリ、蝋燭ろうそく等に至るまで一切取揃とりそろえて船に積込つみこんだその趣向は
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
どう考えてもみちがない。私はまた家に帰った。日はとっぷりと暮れて、家の中にはランプがともっていた。茶の間ではみんなが声高に話しながら食事をしていた。
小さい見すぼらしい灰褐色のみで造られたような家——に、なお灰色の釣らんぷが卵黄のようにぼやけてともれ、その影が歪んだ窓さきから白い砂の上に落ちていた。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
其の狹い區域にも霧の色がこまやかに見える……由三は死滅の境にでも踏込むだやうな感がして、ブラ下げてゐた肖像畫を隅ツこの方にほふり出した。そして洋燈をともした。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
「ソフィイは子供部屋にアデェルと眠つてゐはしない?」と私が蝋燭をともしてゐると彼がたづねた。
室の真中からたった一つの電燈が、落葉が蜘蛛くもの網にでもひっかかったようにボンヤリ下って、ともっていた。リノリュームが膏薬こうやくのように床板の上へ所々へりついていた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
……柵の傍に立つてゐる細い電柱の上の外燈と、もう一本の列車のための信号燈がポカリとともる。光は少し斜めに丘の上までを照す。……照し出された香代は既に泣いてゐない。
地熱 (新字旧仮名) / 三好十郎(著)
しかし、あたりが暗くなるにつれて群集は刻一刻と増して来て、街燈がすっかりともるころには、二つの込合った途切れることのない人間の潮流が、戸の外をしきりに流れていた。
群集の人 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
樺には新らしい柔らかな葉がいっぱいについていゝかをりがそこら中いっぱい、空にはもう天の川がしらしらと渡り星はいちめんふるへたりゆれたりともったり消えたりしてゐました。
土神と狐 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
自分の咳ばらひだけで人の気はひもない島の崖ぶちにラムプをともしたりしてゐるのであつたが、さて、たつたひとりで、杖でも曳いてあちらこちらを歩いて見ようかといふ段になると
痩身記 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
更けて自分は袖の両方の角をつまんで、腕を斜に挙げてともし火の前に釣るす。
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
母屋おもやからは一段と、河原の中に突出ている離座敷には、人の気勢けはいもなかった。ただほんのりとともっている、絹行燈きぬあんどんの光の裡に、美しい調度などが、春の夜にふさわしいなまめいた静けさを保っていた。
藤十郎の恋 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
自転車の前の、ランプがともつた。——おとなしさうな男である。
(七銭でバットを買つて) (新字旧仮名) / 中原中也(著)
あかあかとこの夜ともさな亡き人もひたにさむきはおそれたまひき
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
枯木の枝に ああそれはともつてゐる 一つの歌 一つの生命いのち
閒花集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
「なに。と、ともしを消せばよいではないか」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ともっている灯は、いらっしゃるしるし
過ぎた日の思ひ出には火をとも
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
まだ仄暗いので、次の間にも禅尼のそばにも、結び燈台がともっていた。けれど朝の冷やかな大気は室に満ちていて、灯の色は白々していた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この騷ぎが一と片附きすると、ありつたけの蝋燭らふそくともして、舞臺の上へ固くなつた人達が期せずして平次に問ひかけました。
矢声やごえを懸けて、しおを射てけるがごとく、水の声が聞きなさるる。と見ると、竜宮の松火たいまつともしたように、彼の身体からだがどんよりと光を放った。
海の使者 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は呆然ぼうぜんと窓外の飛んで飛び去る風景を迎送している。指で窓ガラスに、人の横顔を落書して、やがて拭き消す。日が暮れて、車室の暗い豆電燈が、ぼっとともる。
(新字新仮名) / 太宰治(著)
ともし火がつけば下の方だけの大戸が下りて、出入口は、引き戸へくぐり口のついたのが一枚おりている。
何もかも緋色ひいろずくめにした部屋の中に大きな蝋燭ろうそくをたった一本ともして、そのまわりを、身体からだ中にお化粧して、その上から香油においあぶらをベトベトに塗った裸体ぱだかの男と女とが
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
高いドーム型の茅屋根かややねをもち、床に小石を敷いた・四方の壁の明けっぱなしの建物だ。マターファの家も流石さすがに立派だ。家の中は既に暗く、椰子殻やしがらの灯が中央にともっていた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
ジーッとすだく虫の声、萩の下辺したべから聞こえて来る。河東節は聞こえない。三味線の音も音を絶えた。中庭にともる石燈籠、明滅をするの光、蛾がパサパサとぶつかるらしい。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
最初私は彼女に氣が附かなかつた。またロチスター氏も同樣だつた。洋燈ランプともされた。時計は十二時を打たうとしてゐた。「早く濡れたものをお脱ぎなさい。」と彼は云つた。
帰路は夕日を背負って走るので武蔵野むさしの特有の雑木林の聚落しゅうらくがその可能な最も美しい色彩で描き出されていた。到る処に穂芒ほすすきが銀燭のごとくともってこの天然の画廊を点綴てんていしていた。
異質触媒作用 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
樺には新らしいやわらかな葉がいっぱいについていいかおりがそこら中いっぱい、空にはもうあまがわがしらしらと渡り星はいちめんふるえたりゆれたりともったり消えたりしていました。
土神ときつね (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
「有りがたう。このランプが僕の部屋にともつたら何んなにか嬉しいことだらう。」
歌へる日まで (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
かれがそういう界隈の家家の二階や下座敷のともれているのを眺めて居れば、かれ自身も何かしらそれらのものから、むずがゆい聯想れんそうと、れいの時時おこる肉声のなまめかしい声音によって
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
(京四条河原夕涼みの体。これも夜分の景と変り、ちらりと火がともります。首尾よう参りますれば、お名残惜しうはござりまするが、そういう様へのお暇乞い。何んよい細工で御座りましょうが。)
絶景万国博覧会 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
雪に来る河原鶸かと耳とめて碁石うちゐついまだともさず
風隠集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
燈籠とうろうともすもやさし姉二人
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
河豚汁ふぐじるの宿赤々とともしけり
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)