やっ)” の例文
お鈴と二人でやっなだめて、房吉から引離して、蚊帳かやのなかへ納められた隠居がしずまってからも、お島はじっとしてもいられなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
と利かない手をやっと突いてガックリ起上り、兄三藏の膝の上へ手を載せて兄の顔を見る眼にたまる涙の雨はら/\と膝にこぼれるのを
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
ガルールは二皿の料理を瞬くひまに平らげ、更になみなみと注いだ酒を飲み乾したが、それでやっと人心地がついたように、ほっと一息した。
毎年の元旦に玄関で平突張へいつくばらせられた忌々いまいましさの腹慰はらいせがやっとこさと出来て、溜飲りゅういんさがったようなイイ気持がしたとうれしがった。
あまつさえ、最初は自分の名では出版さえ出来ずに、坪内さんの名を借りて、やっと本屋を納得させるような有様であったから、是れ取りも直さず
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ちっとでも涼しい心持に成りたくッて、其処等の木の葉の青いのをじっと視ていて、その目で海を見ると、やっと何うやら水らしい色に成ります。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
よんどころなく、私も引受けて、歯医者に逢わせる御約束をしましたら、やっと、その時、火のように熱い御手が私から離れたようにこころづきました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そのうちにやっとはっきりと古い城かなんぞの中に自分だけで取り残されているような寂しさがひしひしと感ぜられて来た。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と磯は腹のいた訳と二円ほか前借が出来なかった理由わけを一遍に話してしまった。そして話しおわったころやっはしを置いた。
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
その女は昔し芸者をしていた頃人を殺した罪で、二十年あまり牢屋ろうやの中で暗い月日を送ったあとやっと世の中へ顔を出す事が出来るようになったのである。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やっと私を許してから三四分間経って此度は俯伏しになって、そっひとの枕の上に、顔を以て来て載せて、半ば夢中のようになって、苦しい呼吸いきをしていた。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
所がその家に所謂いわゆる浮浪の徒が暴込あばれこんで、東条は裏口から逃出してやったすかったと云うようなけで、いよ/\洋学者の身がはなはあやうくなって来て油断がならぬ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
自分も死にかけている、和泉の人はもう呼吸いきがなくなっているだろうと思ったが、生きられるものなら生きて見ようとやっとほのぼのとした希望が生じ出した。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
杉村は最初ナイフでその縄をろうとしたが、何を思ったのかそれを止めて、丹念に結び目を調べながら、十分間もかかってやっと解いた。中からは血だらけの男が現われた。
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
わたくしはますます全身ぜんしん寒気さむけかんじ、こころうちではげてかえりたいくらいおもいましたが、それでもおじいさんが一こう平気へいきでズンズンあしはこびますので、やっとのおもいでついてまいりますと
一週間ほど考えさせてくれとのことで、やっ一昨日おととい内諾の意を父に伝えた、善兵衛は大に歓んだ、初め新田の方に差支があれば何程かの持参金附で養子にやってもよいと先方からの申條もうしじょうに大変乗気で
誘拐者 (新字新仮名) / 山下利三郎(著)
ひた走りに銀座の大通りまで走って、やっと息をついた事があった。
山三郎ははて船が流れ着いたなと、やっと起上ってよく/\見ますと、松の根方の草のはえて居る砂原へ船は打上げられました。
飯をすますと直ぐ、お島が通りの方にあるミシンの会社で一台註文して来た機械が、明朝あした届いたとき、二人はやっと仕事に就くことができた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
やがて公園の門をぬけて、明るい雑鬧ざっとうの中へ出ると、やっと倦怠をふり落したように思えたが、孤独の感じだけはどうすることも出来なかった。
孤独 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
今すこしで野たれ死するところであったのを、やっと目が覚めて心を入替いれけえてからは、へえ別の人のようになったと世間からも褒められている。
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
が、取留とりとめた格別なはなしもそれほどの用事もないのにどうしてこう頻繁ひんぱんに来るのか実は解らなかったが、一と月ばかり経ってからやっと用事が解った。
斎藤緑雨 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
やっ茶店ちゃや辿着たどりつくと、其の駕籠は軒下のきしたに建つて居たが、沢の腰を掛けた時、白い毛布けっとに包まつた病人らしいおとこを乗せたが、ゆらりとあがつて、すた/\行く……
貴婦人 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
二階の女の姿が消えると間もなく、下の雨戸を開ける音がゴトゴトして、建付たてつけゆがんだ戸がやっと開いた。
二少女 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
初はひど吃驚びっくりしたが、く研究して見ると、なに、父のいびきなので、やっと安心して、其儘再び眠ろうとしたが、さかんなゴウゴウスウスウが耳に附いて中々眠付ねつかれない。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
こんな具合にしてやっと東京に落付おちついた健三は、物質的に見た自分の、如何いかにも貧弱なのに気が付いた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お宮にそう言われて、やっと我れに返って、「うむ。何でもないさ!」と言って置いて、早速降りて行って、女中を小蔭に呼んで訳を話すと、女中は忽ち厭あな顔をして
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
大正末期までそれが続き、花枝夫人は佐藤に収入がやっとはいって来た頃、縁があったらわかい嫁さんでもお貰いなさいと、やさしい性分の女らしく、そう遺言して亡くなられた。
八月の半ば頃になってまっていた用事が片づいたので、やっとの事でO村へ行けるようになった私と入れちがいにお前が前もって何も知らせずに東京へ帰って来てしまったことを知ったときは
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
と腰障子を開けるとやっと畳は五畳ばかり敷いてあって、一間いっけん戸棚とだながあって、壁とへッついは余り漆喰じっくいで繕って、商売手だけに綺麗に磨いてあります。
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
恋人のそばへ行って約束を果して来たと思うと、またがっかりして急に寒さと疲れを覚えて来た。歩くのがやっとであった。
碧眼 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
大杉がいよいよ帰朝するからと送金を打電した時に野枝が調達に奔走して七処借をしてやっとこさと工面したという咄は大杉の帰朝前に聞いている。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
女達が膳椀ぜんわんなどの取出された台所へ出て行く時分に、やっと青柳の細君や髪結につれられて、お島は盃の席へ直された。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さて、その事を話し出すと、それ、案の定、天井睨てんじょうにらみの上睡うわねむりで、ト先ず空惚そらとぼけて、やっと気が付いた顔色がんしょく
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
父上おとうさんをおれ申してのお願いで御座います。母上さん、何卒どうか……お返しを願います、それでないと私が……」とやっとの思で言いだした。母は直ぐ血相変て
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
まあ俺も出て来て見て、これでやっと安心した。おあきを兄さまに渡すまでは、俺の役目が済まないで。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
形容詞じゃなく、真実ほんとに何か吐出しそうになった。だから急いで顔をそむけて、足早に通り抜け、やっと小間物屋の開店だけは免れたが、このくらいにも神経的になっていた。
予が半生の懺悔 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私のペンは早くからそこへ辿たどりつきたがっているのを、やっとの事で抑えつけているくらいです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そしてやっと顔をもたげると、ひどく感動して声の出ないかすれた声音で言った。
三階の家 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そのうちに雨がやっとの事で上って、はじめて秋らしい日が続き出した。何日も何日も濃い霧につつまれていた山々や遠くの雑木林が突然、私達の目の前にもう半ば黄ばみかけた姿を見せ出した。
楡の家 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
やっとこさと乗込んでから顔を出すと、跡から追駈けて来た二葉亭はさくの外に立って、例のさびのある太い声で、「芭蕉ばしょうさまのお連れで危ない処だった」
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
モッフは、その一人に舵機かじを渡しながら、おっかぶせるようにくりかえしたので、やっと納得したらしかった。
ヤレまた落語の前座ぜんざが言いそうなことを、とヒヤリとして、やっひとみさだめて見ると、美女たおやめ刎飛はねとんだステッキを拾って、しなやかに両手でついて、悠々ゆうゆうと立っている。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
又づきが𢌞ってやっと江戸へ出て来て、通りかゝった山口屋の前で、手前てめえが提灯をけて出かける時に、主人が金を持っているから気をけてけと云ったから
塩原多助一代記 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「オヤ何所どこかお悪う御座いますか」と細川はしぼいだすような声でやっと言った。富岡老人一言も発しない、一間はせきとしている、細川は呼吸いきつまるべく感じた。しばらくすると
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
私がマゴマゴしていますと、お前は葉書を買う金銭おあしも無いのかッて、母は泣いてしまいました……でも、その時百円出してくれました……それで、まあやっと息をいたんですよ
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
健三はやっと気が付いたように、細君のひざの上に置かれた大きな模様のある切地きれじを眺めた。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
標札を見れば此家ここに違いないから、くぐりを開けて中に入ると、直ぐもう其処が格子戸作りの上り口で、三度四度案内を乞うてやっと出て来たのを見れば、顔や手足の腫起むくんだような若い女で
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
やっと自分の番が来たかと思ったときには誰ももう居りませんでした。
今朝になってやっと「赤い風船」の面白さを思い当てた。
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)