みぎわ)” の例文
それで、かれは、じっとして見守みまもっていました。ふねから、ひとがおりて、みぎわあるいて、ちいさなはこなみのとどかないすなうえにおろしました。
希望 (新字新仮名) / 小川未明(著)
みぎわに大きな石のごろごろした、吹きさらしの、「さむさ橋」という俗称のぴったりする観景である。……伊兵衛はそこで釣りをした。
寒橋 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
瀬田せた長橋ながはし渡る人稀に、蘆荻ろてきいたずらに風にそよぐを見る。江心白帆の一つ二つ。浅きみぎわ簾様すだれようのもの立て廻せるはすなどりのわざなるべし。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
わたるばかりでみぎわにいちめんにえていたあしも見えずそのおとこの影もいつのまにか月のひかりに溶け入るようにきえてしまった。
蘆刈 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
みぎわの屈折した静かな入江、ないしは海沿いの低地の地先に、砂の堤がおいおい高くなって来ると、それから内側はすなわち潟である。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
しばらくすると、このひでりに水はれたが、碧緑へきりょくの葉の深く繁れる中なる、緋葉もみじの滝と云うのに対して、紫玉は蓮池はすいけみぎわ歩行あるいていた。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
風がはげしくなったので、揚げ戸を皆おろさせるのであったが、四辺の山影をうつした宇治川のみぎわの氷に宿っている月が美しく見えた。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
お銀様は石燈籠の蔭から追いつめられたのが池のはたです。池のみぎわを伝って逃げると巌石がある。後ろへすされば一歩にして水です。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
なんともいえないびをつつむおとがいが二重になって、きれいな歯並みが笑いのさざ波のように口びるのみぎわに寄せたり返したりした。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
けれども、シャンヴルリー街で倒れてアンヴァリード橋近くのセーヌ川のみぎわで警官から拾い上げられたとは、どうしたのであったろうか。
はす浮葉うきばのいまだしげに浮んだ池のみぎわに映っているありさまは、ほんに江戸名所、東錦絵あずまにしきえのはじめを飾るにふさわしい風情と見えるのです。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
菖蒲あやめの咲いている向うの細長い池のみぎわを、三人の女学生がこっちへ歩いて来るのを見た倭文子は、村川の言葉をすぐ受け入れて歩き出した。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
足音に我が動くを知るものの、音なければ動く事を忘るるか、ウィリアムは歩むとは思わず只ふらふらと池のみぎわまで進み寄る。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
という家来の言葉をうのみにした平家一門は我先にとみぎわにつないであった船にとびのると、慌てて沖に向ってこぎ出した。
そして異様いような力から解放かいほうされた若者は、黒い影法師を老人の足もとにのこしておいたまま、池の方へ下っていって、みぎわまでくると立ちどまった。
おしどり (新字新仮名) / 新美南吉(著)
積雪をってみぎわまで走って行き、そろそろ帰り支度をはじめている漁師たちの腕をつかんで、たのむ、もういちど、と眼つきをかえて歎願たんがんする。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
群を離れた河千鳥がみぎわに近く降り立った。その鳴き渡る声が、春深いかすみに迷うて真昼の寂しさが身に沁みるようである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
一度、仕合しあい谷の南を限る山の鼻を踰える際、崖を下ってみぎわを辿れば三時間も近廻りとなるというので、私は下ろうではないかと長次郎に勧めて見た。
黒部川を遡る (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
遠く左の方には薄紫色の犬崎が、私達の通って来た海岸へ続くのであろう、この大きな内海を抱きこむようにして、漂渺たるみぎわを長々と横えている。
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
やがてみぎわに持ち出して水ながら湖にうつして仕舞って、洋々として泳いで行く金魚の影を見送って、手をたたいた。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
死んだ山川の父は、「百花村」の秋公しゅうこうのような花好きで、池のみぎわに紫菀を植え、中門の楯に紫菀園という朽木の額をあげていた。シヲンヱンではない。
蝶の絵 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
波の静かな夕暮で、海辺には破船だけが一つ二つみぎわに打ち上げられていたが、海の中へ遠く乗り出している松林には潮風がからんで爽やかに揺れていた。
玄海灘密航 (新字新仮名) / 金史良(著)
ここらの習いで、かなりに広い庭には池を掘って、みぎわには菖蒲あやめなどがえてあった。青いすすきも相当に伸びていた。
半七捕物帳:64 廻り灯籠 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
みぎわの柳、小さな柴橋、北戸の竹、植木屋に褒められるほどのものは何一ツ無く、又先生の眉をしわめさせるような牛にはこばせた大石なども更に見えなくても
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「池の亀を、面白がって、ようみぎわで遊んでいることもあるが、よも、水へ落ちたような様子はないでしょうね」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
岡田も僕も、灰色に濁ったゆうべの空気を透かして、指ざす方角を見た。その頃は根津に通ずる小溝こみぞから、今三人の立っているみぎわまで、一面にあしが茂っていた。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
みぎわにひとふさの木の実がおちていた。枝わかれした淡紅の茎のさきになんてんに似た暗緑の実をつけている。もって帰ろうとおもって舟板のうえにのせておく。
島守 (新字新仮名) / 中勘助(著)
暮方より同じ漁師仲間の誰彼だれかれ寄り集いて、端午の祝酒に酔うて唄う者、踊る者、はねる者、根太も踏抜かんばかりなる騒ぎに紛れて、そつみぎわに抜出でたる若き男女あり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
此、金持らしい有様の中で、仕事がすむとそおっと川のみぎわに出かけ、其処に座る、一人の小さい娘のいるのに、気が附いた者があったでしょうか? 私は知りません。
猛禽や渡鳥がかすめた。かしの森には野獣の列がゆききしていた。潮に乗ってしずかに湾頭を去らんとするとき、北岸のみぎわに鹿がならんで、いぶかしそうに見送ってくれた
ようやくにして父のボートがみぎわへたどりついた。折もよし、村の人人は須美すみに連れられて走って来た。
おさなき灯台守 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
だからみぎわに近いところに、新らしいおいしさうな垢があつても日中は近よらないものである。
水垢を凝視す (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
軍艦淡路の甲板の上からは、いつに変らぬ九十九里浜の長いみぎわがうつくしく見えていました。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
長等ながら山の山おろしに吹かれて立ちさわいでいる浪に身をのせて、志賀の浦のなぎさに泳いで行くと、徒歩かちで行く人が着物のすそを濡らすほどみぎわ近くを往来するのにおどろかされて
舞埃ブエノスアイレス市の郊外の道を行けば、牛羊が草に酔ったかのごとくけぶるようなみぎわにねむっている。
南半球五万哩 (新字新仮名) / 井上円了(著)
自分は小川の海に注ぐみぎわに立って波に砕くる白銀しろがねの光を眺めていると、どこからともなく尺八の音がかすかに聞えたので、あたりを見廻わすと、笛の音は西の方、ほど近いところ
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
(間)あゝ、わしの幸福は過ぎてしまったのだ。(浜辺はまべを歩む)何というさびしい春だろう! きょうもまた砂浜を走って波とたわむれて遊ぼうか。(みぎわをつたう)あゝ浜千鳥はまちどりよ。
俊寛 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
と、たちまち、どこか離れたみぎわから同じ合言葉がくり返されるのが水面をつたわって聞こえてくる。第二位の年齢と腰まわりとをもったのが杯の自分の目盛りまで飲み乾したわけだ。
汽車は今、ひたひたと湛えたうしおの、ついみぎわを快い左右動を楽しみながら駛ってゆく。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
名にし負える荻はところく繁り合いて、上葉うわばの風は静かに打ち寄するさざなみを砕きぬ。ここは湖水のみぎわなり。争い立てる峰々は残りなく影をひたして、ぎ行く舟は遠くその上を押し分けて行く。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
わたくしたちはそれをみぎわまでって行ってあらいそれからそっと新聞紙につつみました。大きなのは三貫目がんめもあったでしょう。掘り取るのがんであのあらところからんで行くものもありました。
イギリス海岸 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
みぎわには柳のわくら葉がうちよせられていた。蹴立てるようにして急いだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
そのうちに一行の一人がみぎわの水草に流れかかっている櫛を見つけた。
蟹の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
生徒が砂地の上で相撲すもうをとったり、くさむらの中で阜斯ばったを追ったり、みぎわへ行って浅瀬でぼちゃぼちゃしたりしている間を、先生たちは涼しい松原の陰で、気のおけない話をしたり、新刊の雑誌を読んだり
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
風折々みぎわのあやめ吹きたわ
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
みぎわから岸の頂まで斜めに渡したコンクリートの細長い建造物も何の目的とも私には分らないだけにさらにそういう感じを助長した。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
少時しばらくすると、此のひでりに水はれたが、碧緑へきりょくの葉の深く繁れる中なる、緋葉もみじの滝と云ふのに対して、紫玉は蓮池はすいけみぎわ歩行あるいて居た。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
そこの浜は「加賀の舞子」と呼ばれるくらいで、荒磯の多い北の海辺には珍しく、砂浜の広いみぎわがあり、松林が砂丘に沿って延びていた。
雨の山吹 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
かの家の者一同ある日はたけに行きて夕方に帰らんとするに、女川のみぎわうずくまりてにこにこと笑いてあり。次の日はひるの休みにまたこの事あり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そこには妻や母や娘らが、寒い浜風に吹きさらされながら、うわさとりどりにみぎわに立って君たちの帰りを待ちわびているのだ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)