くす)” の例文
「それ見ろ、馬鹿七の嘘吐うそつき! 何も出やしないぢやないか。」といつて智慧蔵が大声で呶鳴りました時、向ふの大きなくすの木のかげから
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
なんと言っても蛤御門の付近は最も激戦であった。この方面は会津、桑名くわなまもるところであったからで。皇居の西南にはくすの大樹がある。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私等が実を拾つて遊ぶ廻り二三ぢやうもある開口神社の大木のくすが塔よりも高く見えます。塔は北にあるのも南のも三重屋根です。
私の生ひ立ち (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
私達はくす林をぬけて小浜おばまの方にくだって行ったが、三々五々小浜の方から手分けして私達を探しながらのぼって来る人々の捕虜となってしまった。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
都心の街路には、くすの木の並木があざやかで、朝のかあつと照りつける陽射しのなかに、金色のを噴いて若芽をきざしてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
行くこと百歩、あのくすの大樹の鬱蓊うつおうたる下蔭したかげの、やや薄暗きあたりを行く藤色のきぬの端を遠くよりちらとぞ見たる。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それがくすの用箪笥に入っていた。抽斗ひきだしをあける時、ぷーんと樟の香がする。母はいくつぐらいであったろう。彼女はどこか和やかな心持でさえあった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そのひとつは郡役所の所在する地方の名邑めいゆうであるが、他はしいくすの葉に覆われた寂しい村落である。牧の旦那の家は、その寂しい村の川岸にたっている。
南方郵信 (新字新仮名) / 中村地平(著)
祇園の垂糸しだれ櫻は大分弱つてゐる。粟田御所の大くすにも枝の枯れた處が見えてゐる。その樹下を過る度にわたしは何とも知れぬ暗愁を禁じ得ないのである。
十年振:一名京都紀行 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
くすの造林から𢌞る積りで道を聞いて行つた杉の木深い澤を出拔けたら土橋へは出ないで河の岸へ降りて仕舞つた。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
また向島の相生のくすのように、枝振りや幹の形の目につくものもありましたが、最も普通には、同じ年齢の同じ木を二本だけ並べて残したのであります。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
不思議に思って見まわすと、年古るくすの大樹に鷲の巣があって、その巣のなかに赤児が泣いているのであった。
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
処々にこぼしたやうに立つてゐる赭ちやけた砂山と、ひらみつくやうに生えてゐるくすや樫の森などの続いてゐる果てなる空、南の方はそら鶏卵たまご色に光を帯びて
伊良湖の旅 (新字旧仮名) / 吉江喬松(著)
船長はちょっと立ちどまり、丁度かねでもはずすように「さん・せばすちあん」の円光をとってしまう。それから彼等はくすの木の下にもう一度何か話しはじめる。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
下は左右を銀金具の抽出ひきだしに畳み卸してその四つ目が床に着く。床はくすの木の寄木よせき仮漆ヴァーニッシを掛けて、礼にかなわぬ靴の裏を、ともすれば危からしめんと、てらてらする。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし、彼はどうにかその縁をよじのぼり、白樺しらかばくすやまんさくの林のなかを、やっとのことで通りぬけ、ときには野生の葡萄ぶどうづるにつまずいたりからまったりした。
そして最後に、空ひきだしをスッと抜いて、底に敷いてある、花模様を浮かした鍋島織なべしまおり厚布あつぬのをめくると、その下から、ぷんとくすのにおいが部屋じゅうにひろがりました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは生国魂いくたま神社の境内の、さんがんでゐるといはれてこはくて近寄れなかつたくすの老木であつたり、北向八幡の境内の蓮池にはまつた時に濡れた着物を干した銀杏いちやうの木であつたり
木の都 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
けれど、日本で下船するとき、そう幾つも紙箱をぶら提げるわけにもいかないから、これは、香港ホンコンくすの木製の大型支那箱を買って、全部をこれへ叩きこむことによって見事に解決した。
五十二日目に船底に使うのに恰好な厚いくすの板がうちあがってきた。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そして、昨日天神の杜のくすの洞穴の中であれほど苦しんだ自分が、みじめにも腹立たしくも感じられた。この感じは、やがて彼を過去へとさそいこみ、彼自身の永い間の努力の味気なさを感ぜしめた。
次郎物語:03 第三部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
椎はもえくすけゆく若葉森この日移りのしづかなれこそ
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
文机のわきに置けとて便利よきくすの手箱をたまひし先生
坪内先生を憶ふ (旧字旧仮名) / 相馬御風(著)
大音寺だいおんじくす太樹ふときを見てかへり公教会報こうけうくわいはうの歌を写すも
つゆじも (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
三角洲デルタくすの森に降りる 枯れた梢に
閒花集 (旧字旧仮名) / 三好達治(著)
うす光線くわうせん屋根板やねいた合目あはせめかられて、かすかにくすうつつたが、巨大きよだいなるこの材木ざいもくたゞたん三尺角さんじやくかくのみのものではなかつた。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
お秋さんは自分がくすの造林へ行かれなかつたことを非常に氣の毒に思つたらしかつた。爺さんも爐の側へ來て居てお秋さんの弟に案内をさせようといふのである。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
船長はくすの木の下へ来ると、ちょっと立ち止まって帽をとり、誰か見えないものにお時宜じぎをする。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私の匿名の一つに尾芝古樟こしょうというのがある。これは北条の母の実家の姓と、同家にあった古いくすの老樹にあやかったものである。思えば私にはこうした匿名が二十近くもある。
故郷七十年 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
富岡は、すゝけた天井を眺めながら、地図のやうな汚点しみをみつけて、ふつと、ユヱの街を思ひ出してゐた。駅から街の中心へ向ふ街路に、くすの若芽がきたつやうな金色だつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
渓流は細いが、水は清冽で、その辺は巨大な岩石が重畳ちょうじょうしており、くすまじって大榎おおえのきの茂っている薄暗い広場があって、そこにおあつらえ通りささやかな狐格子きつねごうしのついた山神さんしんほこらがある。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
紀州きしうの山奥に、狸山たぬきやまといふ高い山がありました。其所そこには、大きなかしだの、くすだのが生えしげつてゐる、昼でも薄暗い、気味の悪い森がありました。森の中には百あなといふのがありました。
馬鹿七 (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
青蓆あおむしろをのべつに敷いた一枚のはては、がたりと調子の変った地味な森になる。黒ずんだ常磐木ときわぎの中に、けばけばしくも黄を含む緑の、となって空に吹き散るかと思われるのは、くすの若葉らしい。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
椎はもえくすけゆく若葉森この日移りのしづかなれこそ
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あれへ、霜が降ったように見えた、「私は腰を抜かして、のめったのです。あの釘を打込む時は、杉だか、くすだか、その樹の梢へその青白い大きな顔が乗りましょう。」
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
大きいくすの木の枝を張った向うに洞穴ほらあなの口が一つ見える。しばらくたってから木樵きこりが二人。この山みちを下って来る。木樵りの一人は洞穴を指さし、もう一人に何か話しかける。
誘惑 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
くすの造林へは諦めをつけたのだ。季節は急に暑くなつて一兩日このかた單衣ひとへに脱ぎ替へたのであるから水を行くのは猶更心持がよい。ころころといふ幽かな樣な聲がそこここに聞える。
炭焼のむすめ (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
神社の祭礼行列に田楽でんがくを演じ、その重要な一曲たる「中門口ちゅうもんぐち」を舞った場所を、もとは中門口と呼んでいたのを、多分はその地にくす神木しんぼくがあったためか註文楠と書いている村もある。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あたりのくすうすやみしのびにつのる
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
唯冬とのせめぎ合ひに荒荒しい力を誇るだけである。同時に又椎の木は優柔でもない。小春日こはるびたはむれるくすの木のそよぎは椎の木の知らない気軽さであらう。椎の木はもつと憂鬱である。
わが散文詩 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
おもひ/\、またこの偉大ゐだいなるくすほとん神聖しんせいかんじらるゝばかりな巨材きよざいあふぐ。
三尺角 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
くるひいづるくす鬱憂メランコリアよ……
邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
紀伊きいみや樟分くすわけやしろまうづ、境内けいだいくす幾千歳いくちとせあふいでえりたゞしうす。
熱海の春 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひとむらくすのわか黄金こがねいろ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
くす合奏がつさう……のオゾン………
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
くすの若葉は朱に青に
海豹と雲 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)