がまち)” の例文
それを見ると伝二郎は炊事場の上りがまちへ意気地なく額を押しつけてしまった。丁稚も見よう見真似でそのうしろにへい突くばっていた。
川上源左衞門は本當に腹を立てた樣子で、平次とガラツ八を睨め廻し乍ら、後ろ手を伸して、上りがまちに置いた長いのを引寄せます。
がらりと人格が変ったように、彼はそこの上りがまちに佩刀をおいて両手をつかえた。ながながと、慇懃いんぎんに、身分姓名を名乗りだした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
お庄はあががまちのところに膝を突いて、奥の方を覗き込んだが、磯野は三時ごろにぶらりと出て行ったきり、まだ帰っていなかった。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「イヤ、実はね、昨夜ここの所で変なものを見たのですよ」彼はそういいながら、ズカズカと中へ入ってあががまちに腰をおろした。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
太郎のお母さんは、茶の間のあががまちの鍋すけに鍋を置き、土間の小縁で着物を着かえているおじさんと顔を見あわせて笑った。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
お常は残った湯で雑巾を絞り、おせんを上りがまちに掛けさせて、泥にまみれ、凍えて紫色にれた足を手ばしこく拭いてやった。
柳橋物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
翁の処へ稽古に行くと、玄関の上りがまちの処(机に向っている翁の背後)に在る本箱から一冊引出して開いてくれる。時には
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
身を横にしなければくぐれない格子戸こうしどだの、三和土たたきの上からわけもなくぶら下がっている鉄灯籠かなどうろうだの、あががまちの下を張り詰めた綺麗きれいに光る竹だの
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「おとつゝあつてんだからんねえ」與吉よきちあががまちむねたせて下駄げた爪先つまさき土間どまつちたゝきながら卯平うへいうして數語すうご交換かうくわんしたとき
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
どっかりと上りがまちに外套の裾をひろげて腰をおろし高く片脚ずつ持ち上げて、いそぎもせず靴の紐を解いているのがある。
乳房 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
茂兵衛 (喫驚しながら怪しんでいるお蔦に向い、あががまちに両手を突き重ね、頭をさげて小腰をかがめ、楽旅らくたび仁義の型で)
一本刀土俵入 二幕五場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
「なるほどいいお月夜だ。風もないようだな。」とあががまちから外をのぞいた兼太郎は何という事もなくつづいて外へ出た。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ある日、私は表の方から馳出かけだして來まして、格子を開けて上らうとする拍子にあががまちに激しく躓きました。私の身體は飛んで玄關に轉げました。
彼は上りがまちに腰をおろし、十分ほどじっとしていた。やがて城介が服や外套をひとまとめにして、階段を降りて来た。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あっさりそう言って、上りがまちをおりた父の様子には、次郎だけが味わいうるいつもの親しさがあった。次郎は何か知ら安心したような気持になった。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
上がりがまちからすぐに二階へ、ゆるい勾配につづいている広い階段を、飛ぶようにお駈け上がりなさいましたので、夢中でわたしも駈け上がりました。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
上層は昼のように明るく、床に近い下層の一面の灰紫色の黄昏たそがれのような圏内は、五人或は八人ずつの食卓を仕切る胸ほどの低いもたがまちで区切られている。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
はしっこい日吉は、すぐ土間口のほうへ駈けて行った。土間は広く、一方は炉部屋の上がりがまち、一方は台所だった。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すこし酔っているらしい男は礼を云って隣りへはいって、上がりがまちに腰かけているらしかったが、そのうちに三味線をぽつんぽつんとき出した音がきこえた。
半七捕物帳:17 三河万歳 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼にはその歌の節廻しと、白羽二重しろはぶたえ手甲てっこうに同じ脚絆きゃはん穿いて、上りがまちで番頭に草履のひもを結んで貰っていたお久の今朝のいでたちとが、かわるがわる心に浮かんだ。
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
黒光りのする店先の上がりがまちに腰を掛けた五十歳の父は、猟虎らっこの毛皮のえりのついたマントを着ていたようである。その頭の上には魚尾形ぎょびけいのガスの炎が深呼吸をしていた。
銀座アルプス (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
真中の上りがまちに、頭の頂の禿げかかった番頭が一人、ぽつねんと坐っていて、それらのものの上方に、幾つもの電燈が煌々とともされ——実を云うと、私はその時に初めて
悪夢 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
私は再びに就いたが、表の怪立けたたましい物音に間もなく驚かされた。れるやうに戸が叩かれて女の悲鳴が耳をつんざかんばかりに響いた。母も祖母も飛び起きてあががまちへ出て
避病院 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
上りがまちで足を拭いていたのが、フト顔をあげて顎十郎を見ると、うわあ、と躍りあがった。
顎十郎捕物帳:01 捨公方 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
そう答えた店員は、上りがまちにしゃがんだまま、あとは口笛を鳴らし始めた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
で、あががまちに腰掛けたまゝ、暫く戸惑ひの形でもぢ/\してゐると、お信さんは遠慮でもしてゐると思つたか、折角冷えてゐるのだから、ぬるくならぬうちに早く飲めとしきりに勧めるのだつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
母は私を、ちょっと小意気こいきな家につれて行った。私達はその家のあががまちに腰を掛けて、しばらく待った。すると黒襦子くろじゅすの帯を引き抜きに締めた年増としまの女が出て来て横柄おうへいに私の母に挨拶あいさつを返した。
「お父う。」と、両手を差し出しながら早速、あががまちにとんで来た。
砂糖泥棒 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
突当りの芥溜ごみためわきに尺二けんあががまち朽ちて、雨戸はいつも不用心のたてつけ、さすがに一方口いつぱうぐちにはあらで山の手の仕合しやわせは三尺ばかりの椽の先に草ぼうぼうの空地面、それがはじを少し囲つて青紫蘇あをぢそ
にごりえ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
たたきの奥に、狭い上りがまちがあって、別に障子などははめてない。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
内でじっとしていたんじゃ、たといくにしろ、車も曳けない理窟ですから、何がなし、戸外おもてへ出て、足駄穿きで駈け歩行あるくしだらだけれど、さて出ようとすると、気になるから、あががまちへ腰をかけて
女客 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の家の上りがまちへ、衣類と金とを、力一杯投げつけた。
恩讐の彼方に (新字新仮名) / 菊池寛(著)
吉里は足がすくんだようで、あががまちまでは行かれなかッた。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
そこへ、近所の百姓女が来て、あががまちへ腰をおろした。
栗の花の咲くころ (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
あががまち、鉄瓶、自在鍵——
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「与惣さん。」勘次があががまちから声をかける。「先刻小太郎が見えてね、戸が締ってて、いねえようだからって先へ行きやしたよ。」
平次の袖の下を掻いくゞつて飛込む八五郎、その鼻の先へ白刄がス——ツとなびくと、上りがまちの破れ障子はピシリと閉ぢられました。
するとまもなく、治兵衛といっしょに出ていった男が、一人でふらふらと戻って来、あいそ笑いをしながら、あががまちへどしんと腰をおろした。
あががまちに近い方に大きく切った炉には「ほだ」がチロチロと燃えて、えがらっぽい灰色の煙が高い処をおよいで居る。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そこで私たち三人の者は、駕籠をその場へき据えたまま、土間の中へはいって行き、上がりがまちへ腰をかけました。
犬神娘 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
おつぎはかまどしたからのついてる麁朶そだひとつとつてランプをけてあががまちはしらけた。おしなはおつぎが單衣ひとへ半纏はんてんけたまゝであるのをた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
夫の腕をささえて上りがまちに腰をかけさせ、すすぎの桶をその前にすえるのである。その水も昼のうちから、いつものように用意していたものであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
礼を述べ、別れを告げ、やがて捨吉は東京から穿いて来た下駄を脱ぎ捨てて、あががまちのところで草鞋穿きに成った。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その次の六畳のなかが被害者……ほとけ惣兵衛の仕事場だったらしく、土間のあががまちの真上の鴨居かもいに引き付けた電燈の白い笠が半分割れたまま残っている。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
二畳敷ぐらいの土間のうしろの方を、あががまちのように、腰をかけるだけの高さに仕切って、そこに若い女が三人いた。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
俺はあががまちに寝ころんだまま、しおひがりだよ、早く床取ってくれ、と怒鳴り返した。身体が綿のように疲れてるくせに、気持は非常にささくれ立っていた。
(新字新仮名) / 梅崎春生(著)
とても割り込んで坐るような席はないので、半七は台所へ廻って、流し元のあがりがまちに腰をかけていると、ひとりの女房が手あぶりの火鉢を持って来てくれた。
半七捕物帳:36 冬の金魚 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
その前の大きなちゃぶ台をかこんで、右側に太郎と健がならび、左側に秀子とおばあさん、おじさんの真向かいのいちばんあががまちに近い場所にお母さんがすわった。
大根の葉 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
しゃくにさわるったら、ありゃしない。」と、乳母のお浜が、台所の上りがまちに腰をかけながら言う。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)