恰好かっこう)” の例文
妾は案内された部屋に、レジオン・ド・ヌウルの勲一等の赤い略章をつけた肥大した肉体の恰好かっこうの好い一人の老人を見出すのでした。
バルザックの寝巻姿 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
運動術としては男性が一番うまいんだそうですが、私はあの女性が好きだ、好い恰好かっこうをしているじゃありませんか。それに色彩が好い。
虚子君へ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ましてやこれは、場所がらといひ弁士の恰好かっこうといひ、てつきり近頃はやりの新興宗教の宣伝にきまつてゐる。尚更なおさらのこと興味がない。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
両手を胸の前にブラリとさげ、未練と臆病と、卑劣と、人間のあらゆる弱点をさらけだしたみじめな恰好かっこうで、そろそろと渡ってきた。
白雪姫 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
頭布サッファが解かれると左から右分けにした房々と恰好かっこうのいい頭髪があらわれて、少年は解いた頭布を私に示してからまた巻きに掛かった。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
この蟹は螯脚こうきゃくがむやみと大きく、それが小さい甲羅こうらから二本ぬっと出ている姿は、まるで団子だんご丸太まるたをつきさしたような恰好かっこうである。
南画を描く話 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
と云いながら、歩いて見たり、立ち止って見たり、砂の上へぐっと伸ばして見たりして、自分でもその恰好かっこううれしそうに眺めました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そんな恰好かっこうをしているところを見られて一人ではずかしがっている私を、しかし何とも思わないように、只なつかしそうに見上げながら
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
お迎いに飛び出した時と、おんなじ恰好かっこうだ。あれからずっとこのまんまとすると、二人とも、おっそろしく根気のいいもんでげすなア
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ればそこらじゅうが、きれいな草地くさちで、そして恰好かっこういさまざまの樹草じゅそう……まつうめたけ、そのがあちこちに点綴てんせつしてるのでした。
いやがる妻を紀昌はしかりつけて、無理に機を織り続けさせた。来る日も来る日もかれはこの可笑おかしな恰好かっこうで、瞬きせざる修練を重ねる。
名人伝 (新字新仮名) / 中島敦(著)
西村は鷹揚おうようにうなずいて、封筒の中味を読み始めた。北川はそのうしろから、さも主人の身の上を気づかう恰好かっこうで、手紙をのぞいている。
御主人は、ジャンパーなど召して、何やらいさましい恰好かっこうで玄関に出て来られたが、いままで縁の下にむしろを敷いて居られたのだそうで
十二月八日 (新字新仮名) / 太宰治(著)
見るとその男は両手を高くげて、こっちを向いておもしろい恰好かっこうをしている。ふと、気がついて、頭に手をやると、留針ピンがない。
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
柳吉はいささかどもりで、物をいうとき上を向いてちょっと口をもぐもぐさせる、その恰好かっこうがかねがね蝶子には思慮しりょあり気に見えていた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
彼は慣れぬ腰つきのふらふらする恰好かっこうを細君に笑われながら、肩の痛い担ぎ竿で下の往来側から樋の水をんでは、風呂を立てた。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
「よしてくれ。人間でもない、へんな恰好かっこうをした鉄の化物ばけもののくせに、人間さまのやったことにけちをつけるなんて、なまいきだぞ」
超人間X号 (新字新仮名) / 海野十三(著)
私は、何のことはない、ちょうど、毛剃九右衛門けぞりくえもんの前に引き出された小町屋宗七こまちやそうしちといったような恰好かっこうで、その婆さんの前に手を突いて
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
敷居際へ、——炉端のようなおなじ恰好かっこうに、ごろんと順に寝かして、三度ばかり、上からてのひら俯向うつむけにでたと思うと、もう楽なもの。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
屍体はちょうどかがんだような恰好かっこうになり、傷口も床の滴血の上へ垂直に降りて、流血の状態に不自然な現象は現われなかったのだ。
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
喧嘩けんかをするたびに、葉子が部屋を飛び出して行くことになっていたが、今庸三は自分で追ん出た形で、何か恰好かっこうのつかない感じだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
のそりとそこから出て来たのは、黒覆面、黒衣ながら、からだの恰好かっこうで、一目に、平馬とわかる男——左右に二人の部下をつれている。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ガラッ八の八五郎は、懐ろ手を襟から抜いて、虫歯が痛い——て恰好かっこうに頬を押えながら、裏木戸をひざで開けてノッソリと入って来ました。
甲斐かいの国を遍歴している時、某日あるひある岩山の間で日が暮れた。そこで怪量は恰好かっこうな場所を見つけて、おいをおろして横になった。
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
水道道路のガード近くのくさむらに、白い小犬の死骸しがいがころがっていた。春さきのを受けて安らかにのびのびとねむっているような恰好かっこうだった。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
お互いの玄関まで、歩いて三分とかからない、まったく同じ恰好かっこうの、まったく同じ大きさの家に、この二人はそれぞれ居住していました。
Sの背中 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そこで不承不承のイヤイヤながらの事のついでだといった恰好かっこうで、その本の包装を引抜いて、気永く内容を読んでいるふりをしているんです。
悪魔祈祷書 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
どてらに、三尺帯か何か締めて、ふくらんだ無頼者ならずものみたいな恰好かっこうをしているので、手先が、奉行所の白洲へ、しょッ曳いてゆくと、必ず
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
周囲には厳重なさくがめぐらされ、私はその間から、ちょうどお仕置を見物する昔の人のような恰好かっこうながめなければならなかった。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
出額でこ捲髪カールを光線の中に振り上げ振り上げ、智慧ちえのない恰好かっこうで夢中に拍手しているのを、かの女は第一にはっきり見て取った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
とにかく、こうして蝙蝠傘こうもりがさをさして、ゆらりと江戸の浅草の駒形堂の前の土を踏んだ白雲の恰好かっこうは、かなりの見物みものでありました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
黄昏ゆうがたに、私は水汲をして手桶を提げながら門のところまで参りますと、四十恰好かっこうの女が格子前こうしさきに立っておりました。姿を視れば巡礼です。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
猫を飼う趣味にもいろいろあって、必ずしも同一標準に立つわけではないけれども、尾の長い方が見た恰好かっこうもいいし、可愛らしくもある。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
はや大聾だいろうとなったので四、五十年前に聞いた事のみよく話す。由って俚言土俗に関して他所風のまじらぬ古伝を受くるに最も恰好かっこうの人物だ。
しかし、磯が険難で寄波が高く荒立っている上に、この動物の恰好かっこうを見ては、私がその上陸所が厭になるのには十二分であった。
のちにわかつたが、原因げんいん青酸加里せいさんかりによる毒殺どくさつだつた。死体したい両手りょうてがつきのばされて、はちのふちにつかみかかろうという恰好かっこうをしている。
金魚は死んでいた (新字新仮名) / 大下宇陀児(著)
僕は時々幻のように僕の母とも姉ともつかない四十恰好かっこうの女人が一人、どこかから僕の一生を見守っているように感じている。
点鬼簿 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
あの死体の恰好かっこうをよく研究してみりゃ、それだけでも被害者が五階から突き落とされたんじゃないってことは分かるんだがなあ
五階の窓:02 合作の二 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
この蛙は緑色みどりいろです。まるで青い木の葉のような恰好かっこうをしています。そうして、そういう恰好かっこうをしているので、なんだか素晴すばらしくみえます。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
もう一人の小さい方は、だぶだぶの合羽を着ているので、顔はよく見えなかったが、体の恰好かっこうで、どうやら子供のようだった。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
言いながら、相手に見せる自分の身分証明書でも、さも取り出そうとするような恰好かっこうで、のろのろとカバンをあけにかかると
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
するとこんどは、長く伸び出た鼻が、「鬼瓦」の鼻先までやってきて、ゆらゆらふらふらとおかしな恰好かっこうで踊りだしました。
天狗笑 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
壁の方を向いて、だれの顔も見えない恰好かっこうであったが、反応に耳をすましている様子は、毛布をかけてやっていた元子には痛いほどわかった。
日めくり (新字新仮名) / 壺井栄(著)
と一人の阿闍梨は言い、番人の翁を呼ぼうとすると山響やまびこの答えるのも無気味であった。翁は変な恰好かっこうをし、顔をつき出すふうにして出て来た。
源氏物語:55 手習 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そして奴がまっすぐに町の中へ跳びこむと、その切株のような妙な恰好かっこうをした舞踏靴だけでも少なからず怪しいと思われた。
鐘塔の悪魔 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
方角や歩数等から考えると、私が、汚れた孔雀くじゃくのような恰好かっこうで散歩していた、先刻さっきの海岸通りの裏あたりに当るように思えた。
淫売婦 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
久松ひさまつ伯から貰った剣を杖づいて志士らしい恰好かっこうをして写した写真が当時の居士を最もよく物語っているものではあるまいか。
子規居士と余 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それが見たこともないような恰好かっこうのものや、形や色で食慾をそそるようなものが多く、見るだけでも大したものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
しわりしわりとまたたいている阿賀妻は、そんなとぼけたような恰好かっこうで、その実自分にとっては周到な先の先まで思いめぐらし考案にふけっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
また、彼女はこの間一人の伯爵夫人と一人の華族様とを見たが、その貴公子は「ちょうどピータア位の身丈せい恰好かっこうであった」