はじ)” の例文
旧字:
色のない焔はまたたく内に、濛々もうもうと黒煙を挙げ始めた。と同時にその煙の下から、茨や小篠をざさの焼ける音が、けたたましく耳をはじき出した。
老いたる素戔嗚尊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
仁右衛門は一片の銀貨を腹がけのどんぶりに入れて見たり、出して見たり、親指で空にはじき上げたりしながら市街地の方に出懸けて行った。
カインの末裔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
砂馬は足のあかをよって、黒い玉にすると、そいつをつまんで、つめのさきでぽんと庭にはじいた。空いた右手では「朝日」をすいながら
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
彼女は、はじかれたようにベンチから飛び上がった。とたんに、棕梠しゅろの葉が手をたたくように揺れて、あたりの闇が、笑い声に騒いだ。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と熊城は傲然ごうぜんと云い放って、自説と法水の推定が、ついに一致したのをほくそ笑むのだった。しかし、法水ははじき返すようにわらった。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
帰って来ると鳳仙花はみなはじけていて、雁来紅ももう終りであった。その年の十二月には、東京朝日の夕刊小説を書かして貰った。
落合町山川記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
一々算盤珠そろばんだまはじいて、口が一つえればどう、二年って子供が一人うまれればどうなるということまで、出来るだけ詳しく積って見た。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
それは多分ステッキで上から押して見て何も入っていないと知るとステッキのさきでこの溝へはじき込んだものにちがいありませんでした。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
耳にはさんだ筆をとると、さらさらと帖面ちょうめんの上を走らせ、やがて、それを口にくわえて算盤そろばんはじくその姿がいかにもかいがいしく見えた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
かねて、二つに一つは助からないかもしれないと思っていたのだが、今、ふとおのれが生きていることと、その意味が、はっと私をはじいた。
夏の花 (新字新仮名) / 原民喜(著)
親指の爪先つまさきから、はじき落すようにして、きーんと畳の上へ投げ出した二分金ぶきんが一枚、れたへりの間へ、将棋しょうぎの駒のように突立った。
歌麿懺悔:江戸名人伝 (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
「世間の眼を誤魔化すためさ。——周助がお町にはじかれているから、自分の隣の家へだけ火を放けてみろ、すぐ知れるじゃないか」
俯向うつむけて唄うので、うなじいた転軫てんじんかかる手つきは、鬼が角をはじくと言わばいかめしい、むしろ黒猫が居て顔を洗うというのに適する。
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのたんびにはじき飛ばされて、大渦巻の圏外へと強い北西風を受けて、次第次第に危険区域を脱していたというわけなのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼は、奥歯をじっと噛んで、ますます殺気のみなぎる瞳で、門倉平馬のめ下ろす視線を、何のくそと、はじき返そうと足掻あがくのだった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
血みどろな、敗れてもなおはじき立つ情念、老いてもまだ衰えぬ生存慾、力尽きて海中にみ落された弱者、老大獣の必死の争奪戦。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
それから羞恥はにかみに似たような一種妙な情緒があって、女に近寄りたがる彼を、自然の力で、護謨球ゴムだまのように、かえって女からはじき飛ばした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
この世に百年以上生き延びる人が幾人あるだらう。——とかういふのは、勘定好きな米国人の算盤からはじき出された計算である。
常会から帰った浩平にそのことを告げられると、おせきは夜半まで、まんじりともせずに、あれこれと胸の中で算盤をはじいた。
(新字新仮名) / 犬田卯(著)
算盤をはじき終ると、右の手のひらでジャッジャッと玉を左右に撫でてから、大事にふたをかぶせ、それをそうっと違棚にのせる習慣であった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
そのお咎めなら千恵はいくらでも有難く頂戴ちょうだいするつもりです。どうせ千恵は情のこはい、現実のそろばんをはじいてばかりゐるやうな女です。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ぎゃおッ! と、不思議なおめき声をあげると同時に、長庵、その貰い物を土間へ抛り出して、自分は、はじかれたように壁へ倒れかかった。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「時間が惜しい。一日算盤をはじいて、月に二十円貰うんじゃ詰まらない。そんな無理をしなくても、持参金で食って行ける」
ある温泉の由来 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
しかも、それ位の算盤なら何もわざわざ、印度洋のマン中まで出て来てはじくが必要ものはないのだ。忠兵衛さんじゃあるまいし。
焦点を合せる (新字新仮名) / 夢野久作(著)
口中に臭気しゅうきあるをさとらず師の前に出でて稽古しけるに、春琴例のごとく三のいと鏗然こうぜんはじきてそのまま三味線を置き、顰蹙ひんしゅくして一語を発せず
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして小鳥たちの歌う歌から、一声ごとに、明るい世界が開けて行き、梅もそれにつれて、花は香りを深め、蕾ははじけて行くように思われます。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
弾丸は三歩ほど前の地面にあたって、はじかれて、今度は一つの窓に中った。窓が、がらがらと鳴って壊れたが、その音は女の耳には聞えなかった。
女の決闘 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「どうかしばらくお待ち下さい。」そう言って係員は、片手で紙に数字を記入しながら左手の指で算盤そろばんの玉を二つはじいた。
(新字新仮名) / ニコライ・ゴーゴリ(著)
すべてこれらのことが一瞬のひらめきの間であった。思い設けないことに対する一種の驚愕きょうがくが、今まで腰かけていたべンチの上から彼をはじき下ろした。
六月 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
「はあ。つれ合いは夕方頃からパチンコに行っとりまして、パチンパチンはじいとる中に泥水がどかっと流れ込んで——」
幻化 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
盛んにハタキを振り廻して号令を下すものだから、道庵の子分の者共はいよいよ面白がって、水鉄砲をはじき立てました。
かれは退屈すると一軒おいて隣の家に出かけて行って、日当たりのいい縁側に七ぐらいのむすめの児を相手に、キシャゴはじきなどをして遊んだ。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ない/\御嬢様に色文いろぶみつけ、はじかれたを無念に思ひ、よくも邪魔をしをつたな。かうなれば、刀にかけて娘御はやらぬ。覚悟をしやれと、引抜く一刀。
榎物語 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
暗い緑の苔と、そして細かき落葉で地は見えない、その上を歩むと、軽くはじかれるようでしっとりした感じが爪先から腹にまでも伝わって来るようだ。
白峰の麓 (新字新仮名) / 大下藤次郎(著)
倉知夫人は何事だろうと思って横あいからのぞき込んだ。そして、はじかれたようにちあがって外にでながら走った。
白っぽい洋服 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
世間を驚かしてやろうという道楽五分に慾得よくとく五分の算盤玉をはじき込んで一と山当てるツモリの商売気が十分あった。
少し読まなくてはならぬ。経を読みおわると私が三たび指をはじくからその三たび目に私をこの川の中に投じてくれろ
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
けれどもその人は模造の革でこしらえて、その表面にエナメルを塗り、指ではじくとぱかぱかと味気ない音のする皮膚でもって急によろわれ出した気がするのです。
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
なんだか、こっちの詞は、子供が銅像に吹矢を射掛けたように、皮膚からはじき戻されてしまうような心持がする。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それは大砲の音である。すると、また、パチパチ、パチパチとまるで仲店ではじけ豆が走っているような音がする。ドドン、ドドン、パチパチパチという。
女中の声に初めて我に返った伊東は、はじかれたようにバルコニーへ飛び出した。海は真っ暗で、いつか大粒の雨がスレートの屋根に重い音を立てている。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
来太ははじかれたように身を振り向けた、さっきの尼僧に導かれて、見慣れない修道服を着た富美子が入って来た。
花咲かぬリラ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
常がかけこんで、体にさわろうとして、はじかれたようにとびすさった。人々もびっくりして近寄って行ったが
(新字新仮名) / 楠田匡介(著)
いちどはじきかえしてやらなければ気がすまない、強い発条ばねのようなものを持っていて、力いっぱいに反抗しているときくらい生の充実を感じることはない。
うすゆき抄 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
あれは犬じゃ烏じゃと万人の指甲つめはじかれものとなるは必定ひつじょう、犬や烏と身をなして仕事をしたとて何の功名てがら
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それを耳にすると大物主は、はじかれたように飛び上がり、あわてて鳰鳥を突き放して渋面を作って突っ立った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
大納言の官能は、したたか酩酊めいていに及びはじめた。ふらりふらりと天女に近づき、片手で天女の片手をとり、片手で天女の頬っぺたをはじきそうな様子であった。
紫大納言 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
と口には云えど、是れは長助がお千代を口説いてもはじかれ、文を贈っても返事をよこさんではずかしめられたのが口惜しいから、自分が皿を毀したんであります。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
夜に入つて見舞に来て呉れる良人は、静かに廊下に立止つて指先で二度ほど軽く副室の入口の障子をはじく。
産褥の記 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
五十——明かすぎる五十であるが、その人は、算盤そろばんをもってきて、百と置き、二と置いて、一々はじいてから
大岡越前の独立 (新字新仮名) / 直木三十五(著)