土蜘蛛つちぐも)” の例文
いや、事に依ると、逆に彼女達の体から、その歯を染めた口の中や黒髪の先から、土蜘蛛つちぐもの吐く蜘蛛のいの如く吐き出されていたのかも知れない。
陰翳礼讃 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すなわち例の「腐木の谷」には「洞の国」が建てられてあり、神代時代に「土蜘蛛つちぐも」と呼ばれた、不具醜悪な土人どもが、群をなして住んでいた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
やがてはたと地に落ちて、土蜘蛛つちぐもすくむごとく、円くなりてうずくまりしが、またたくひまに立つよとせし、矢のごとく駈けいだして、曲り角にて見えずなりぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頬のこけた籠城兵と、眼のくぼんだ籠城兵とが、塹壕ざんごうのなかで、土蜘蛛つちぐもみたいに首をひそめて語り合っていた。
日本名婦伝:谷干城夫人 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
頑敵たる長髄彦ながすねひこを初め、八十梟帥やそたける磯城しき賊、うかし賊、土蜘蛛つちぐもなど、兇悪な蛮賊が到る処に、皇軍を待つてゐた。
二千六百年史抄 (新字旧仮名) / 菊池寛(著)
「これはまた思いもよらない嘘をつくやつでございます。食蜃人の首を斬ったのもわたくしたちなら、土蜘蛛つちぐもの計略を見やぶったのも、私たちに相違ございません。」
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
自力じりきで日の当る所まで歩いて出て見せるが、何しろ、長年ながねん掘荒したあなだから、まるで土蜘蛛つちぐもの根拠地みたようにいろいろな穴が、とんでもない所にいている。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そうして、そういうような考え方をもっと他にも及ぼし、土蜘蛛つちぐもという名が上代の物語に出ていると、それは穴居をしていた異民族の名であるように説く人もある。
神代史の研究法 (新字新仮名) / 津田左右吉(著)
而して大江山の鬼は土蜘蛛つちぐも等と共に中古の鬼物なり、是を彼のバツグビーア、ウイツチなどに比較せばいかに、その妖魅力えうみりよくの差違いかに遠きかは一見して知るべし。
他界に対する観念 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
これをある人の想像のごとく蝦夷えぞ起原なりとしても、国巣くず土蜘蛛つちぐもの語だったとしても、はたまた単に古いから忘れたにしても、とにかくそんな地名が口から耳へ
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そこには古い大きな黒松があってその浮き根がそこここに土蜘蛛つちぐもが足を張ったようになっていた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
『書紀』七や『豊後国風土記』には景行帝熊襲くまそ親征の時、五人の土蜘蛛つちぐも拒み参らせた。すなわち群臣に海石榴(ツバキ)のつちを作らせ、石窟を襲うてその党を誅し尽くした。
神功皇后西征の時、山門県やまとのあがた土蜘蛛つちぐも田油津媛たぶらつひめを誅すとあるものは、けだしこの邪馬台国の事で、所謂土蜘蛛田油津媛なるものは、卑弥呼の後に出た女王であったと察せられる。
国号の由来 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
鳥か、けものか、それともやっぱり土蜘蛛つちぐもたぐいかと、訪ねると、……その頃六十ばかりだった織次の祖母おばあさんが
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
米主は烈しく威嚇いかくした。「俺と貴様とは身分が違う。俺の祖先は天孫だ。貴様の先祖は土蜘蛛つちぐもではないか!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
いずれは日本語であって国栖くず土蜘蛛つちぐも言葉の伝わるものは稀有けうだったろうが、それがこじつけようにもほとんと道がなく、是非なくそのままで暗記しているというのは
和州地名談 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
さて笠置山かさぎやまへ着きますと、ここにいる土蜘蛛つちぐもはいたって悪知慧わるぢえのあるやつでしたから、髪長彦かみながひこの姿を見るが早いか、わざとにこにこ笑いながら、洞穴ほらあなの前まで迎えに出て
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
頼光らいこう土蜘蛛つちぐもに悩まさるる折、綱、金時きんとき宿直とのいする古画等に彼輩この風に居眠る体を画けるを見れば、前に引いた信実の歌などに深山隠みやまがくれの宿直猿とのいざるとあるは夜を守って平臥せぬ意と見ゆ。
かれのまくら元には、に巣をつづる土蜘蛛つちぐもがはい、をみぬきのこあやしくえならんでいようとも、それはかれの事実ではないのだ。かれは思いのまま仙窟せんくつを夢のなかに呼び降ろした。
蒼黄色あおぎいろい顔——畜生——牡丹の根で気絶して、生死いきしにも知らないでいたうちの事がうつつあらわれて、お腹の中で、土蜘蛛つちぐもが黒い手を拡げるように動くんですもの。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「わん、わん、御妹おいもとご様の御姫様は笠置山かさぎやま洞穴ほらあなんでいる土蜘蛛つちぐもとりこになっています。」
犬と笛 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
豊後・肥前・日向等の『風土記ふどき』に、土蜘蛛つちぐも退治の記事の多いことは、常陸・陸奥等に譲りませず、更に『続日本紀しょくにほんぎ』の文武天皇二年の条には太宰府だざいふちょくして豊後の大野、肥後の鞠智きくち
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
土蜘蛛つちぐもを誅した古蹟という
「この土蜘蛛つちぐも……」
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
トあれよ、かうべしたつて、並木なみきまつえだからえだへ、土蜘蛛つちぐもごと黒猫くろねこがぐる/\とひながら。
二た面 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
(おのれ、不義もの……人畜生にんちくしょう。)と代官婆が土蜘蛛つちぐものようにのさばり込んで、(やい、……動くな、そのざまを一寸でも動いてくずすと——鉄砲あれだぞよ、弾丸あれだぞよ。)
眉かくしの霊 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かとおもへば、まへちかいのは、あらうことか、おにくび古綿ふるわた面形めんがたつたかたちに、もやがむら/\と瓦斯燈がすとうえたあとにわだかまつて、あやしく土蜘蛛つちぐもかたちあらはし、おな透間すきまからいき
三人の盲の話 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
となぜか弱いを吹いた……差向いをずりさがって、割膝でかしこまった半纏着の欣八刑事、風受かざうけのいきおいに乗じて、土蜘蛛つちぐもの穴へ深入ふかいりに及んだ列卒せこの形で、肩ばかりそびやかして弱身を見せじと
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
をんなつた、土蜘蛛つちぐもごとく、横這よこばひに、しやがんだなりで、さかをずる/\とつては、つてはて、所々ところ/″\一本ひともと一輪いちりん途中とちうてた、いろ/\のはなつてはぎ、めるやうにいでは
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
各々興ある事と勇み立ち、読本よみほんでこそ見たれ、婦人といえば土蜘蛛つちぐもに縁あり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
力なく引手に手をかけ、もすそを高くい取って、ドンとすと、我ながら、蹴出けだしつまも、ああ、晴がましや、ただ一面に鼠の霧、湯花の臭気においおもてを打って、目をも眉をも打蔽うちおお土蜘蛛つちぐもの巣に異ならず。
わか紫 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
土蜘蛛つちぐも這込はいこむ如く、大跨おおまたうねってずるずると秋草の根にからんだ。
露萩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
博多の柳の姿に、土蜘蛛つちぐも一つからみついたようにすごく見える。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
可厭いやな、土蜘蛛つちぐもたやうな。」
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)