うそ)” の例文
もっとも当人の話では、目星をつけた家を二軒も廻って、子供が病気だから是非分けてくれとうそをついて、やっと買って来たという。
立春の卵 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
力松はさう言つて口惜くやしがるのです。一國らしい中年者で、田園の匂ひが全身にあふれるだけに、此男にうそがあらうとは思はれません。
私はあの人のことをよく知っていますが、あなたが言われたことはまったくうそです。まあ、どうもこれは言いすぎたかもしれません。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
したがって「いき」は無上の権威をほしいままにし、至大の魅力を振うのである。「粋な心についたらされて、うそと知りてもほんまに受けて」
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
どっと笑いはやす観衆をちょっとにらんで黙らせ、腹が痛い、とてれ隠しのつまらぬうそをついて家へ帰って来たが、くやしくてたまらぬ。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「試験なら実力です。僕は今まで成績の方は市岡君と約束があったからうそん気でした。しかし実力の方は一番勝負ですから本気です」
勝ち運負け運 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
今まで一人で苦心をしていた時よりも侍従という仲間が一人できて、うそごとが作りやすくなっていた。あとから来たほうの手紙には
源氏物語:53 浮舟 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ところがレヴェズさん、そうして伸子のうそを訂正してゆくうちに、ふと僕は、当時あのへやに起った実相を描き出すことが出来ました。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
さて入って見ますと、彼の言葉にうそはなく、いやそれどころか、多分こうしたものだろうと想像していたよりも、ずっとずっと面白い。
覆面の舞踏者 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「あれはね、自働革砥オートストロップの音だ。毎朝ひげるんでね、安全髪剃あんぜんかみそり革砥かわどへかけてぐのだよ。今でもやってる。うそだと思うなら来て御覧」
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
申上げてもうそだといっておしまいなさいましょう。(半ば独言ひとりごとのように、心配らしく。)ははあ、あの離座敷はなれざしきに隠れておったわい。
さきほど見た小さな飛行機も幻想のように美しくおもえた。……やがて、その騒ぎが収まると、後はうそのように明るい秋の午後だった。
死のなかの風景 (新字新仮名) / 原民喜(著)
後になって考えると、間もなく気取ったポオズの写真が届いたところを見ると、それが全部うそでないにしても、真実ではなかった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
特にうそとごまかしで固まつたマルサ・ジイと云ふ強情がうじやうな子供が、どうして急に死ぬかつてことが書いてあるところをお讀みなさい。
彼女がうそを言ってることはよくわかっていたけれども、クリストフは楽譜の上に身をかがめ、問題の楽節をまぢかに見ようとした。
うそじゃないよ、松の家のかあさんにいてみなさい、あたしが松の家にいたときのことだからよく知ってるよ」と栄子は云った
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「私はやせっぽちで、毛は黒くて短いし、眼は緑色だし、ちっとも綺麗なんかじゃないのに、あの方はうそばっかしいっている。」
俺にうそを言わなくてもいい。——嘘をついたって、決して悪いとは限らねえさ。併し、将来さきの見透せねえ嘘じゃいけねえんだよ。
熊の出る開墾地 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
青年は愕然がくぜんとして、うそではないか、かたりではないかと疑い、ほとんどわれを忘れて、まるで気でも違ったようになってしまった。
かつら いえ、いえ、うそいつわりではござりませぬ。面はたしかに出来しておりまする。これ、父様。もうこの上は是非がござんすまい。
修禅寺物語 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
或る近所の自警団では大杉を目茶苦茶になぐってやれという密々の相談があるとか、うそまことか知らぬがそういう不穏の沙汰を度々耳にした。
最後の大杉 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
弓馬きゅうばみちれる、武張ぶばったひとではございましたが、八十人力にんりきなどというのはうそでございます。気立きだても存外ぞんがいさしかったひとで……。
お母さんは、僕にまであの男を天才だと思わせたいんでしょうが、僕はうそがつけないもんで失礼——あいつの作品にゃ虫酸むしずが走りますよ。
たとい英雄でなくっても、その女に真心があるか、彼女の言葉がうそかほんとかぐらいなことは、用心すれば洞察出来るはずである。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
十九年前蘇武に従って胡地こちに来た常恵じょうけいという者が漢使にって蘇武の生存を知らせ、このうそをもって救出すくいだすように教えたのであった。
李陵 (新字新仮名) / 中島敦(著)
うそもけれんもないところ、お千絵様はあなたにしんかられています。顔だけ見せてあげただけでも、どんなにおよろこびかもしれませんぜ。
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「残念なことをした。の山伏をよんで来たなら、民部大輔の、今言つた其のうそを、もつと、小くしてやるやうに、祈らせる筈だつたが。」
岩を小くする (新字旧仮名) / 沖野岩三郎(著)
同一の問題に真理が二つあり、一方を真理とすれば他の方が怪しく崩れ、二つを同時に真理とすれば、同時に二つがうそとなる。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
トラ——恐ろしい名だな、おとなしい犬だと小父さんはいったがうそだろう、と木之助は思いながら立派な広い入口をはいった。
最後の胡弓弾き (新字新仮名) / 新美南吉(著)
『全くほんとの事なんであなた、神様もご照覧あれ。全くもって、全くもって、うそなら命でも首でも。わたしはどこまでも言い張ります。』
糸くず (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
なんだと! へん、食いものの方がいいって! てめえたち、ここへ来てまでシャバにいた時みてえにうそばっかりつきやがる。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
うそにも縁談のことは若い人の血汐ちしおおどらせねばならぬものであります。けれどもお銀様にあっては必ずしもそうでありません。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
君は恥知らずだ! 君はうそつきで、中傷家で、悪党だ! 君はあの人に罪を着せるためにやってきて、かえってあの人を公明なものにした。
「まあ! 青木さんを連れて行くって。うそばっかり。青木さんなんか、まだ兄さんのいみも明けていない位じゃありませんか。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さう云ふ私に、ふさいでゐるから酒でも飲めと、無理にも勧めてくれるその深切は、枯木に花が咲くやうな心持が、いえ、うそでも何でも無い。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
江の島か鎌倉へゆくと、近所知己からお留守見舞というものをくれて帰ってくるとあの子は洋行をして来た——うそではない。
われてもうそとは云いません。しかし家のなかでは実に私は一平の召使めしつかいのような働きをする時がいくらもあるのですから。
してみると、桝本が署長の訊問に答えて、今朝ちょっと工場へ出てみましたが来ていたようでしたと言った言葉はうそになる。
が、憐憫れんびんとか同情とかは一度も感じたことはなかった。もし感じたと云うものがあれば、莫迦ばかうそつきかだとも信じていた。
保吉の手帳から (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
『少し風邪を引いて二日ばかり休みました』と自ら欺き人をごまかすことのできざる性分のくせにうそをつけば、人々疑わず
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
両親もとうとう思案に余って、とにかくそれでは娘にこの書物を読まして一通り聞いた上で、本当ほんとうそか考えてみようという事にめました。
白髪小僧 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
そんなうそを言って隠し立てをしているこちらの腹の中を見透かされると、柳沢の平生の性質から一層かさにかかって逆に出られると思ったから
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
皆が彼のまわりへになった。彼等は代る代るに、顔をあからめて、うそを半分まぜながら、その匿名の少女のことを話した。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「なんだ。君のようなさかんな青年が六時半に朝飯を食って、ひるが来たのに食べたくないということがあるものか。うそだろう」
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
出したおぼえはないといっているのです。うそではなさそうです。するといよいよこれは、どうも、ただごとではありませんよ
爆薬の花籠 (新字新仮名) / 海野十三(著)
無論長吉は何とでも容易たやすくいいまぎらすことは出来ると思うものの、それだけのうそをつく良心の苦痛にうのがいやでならない。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
そんなら、どうしてうそくんだい。お父さんを困らせようと思ってだろう。ラッパが好きなら、ピストルが好きだなんていうもんじゃない。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
あの医者の所へ尋ねて行って、うその限りを尽して、とうとう本当の事を言わせてしまった。あの日は実にのろうべき日である。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
辰めが一生はあなたにと熱き涙わが衣物きものとおせしは、そもや、うそなるべきか、新聞こそあてにならぬ者なれ、それまことにしてまことある女房を疑いしは
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「おい柳! どうしたというんだ、ぼくがきみの妹を? きみ! きみ! それはうそだ、とんでもないことだ、きみ、誤解しちゃいけないよ」
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)