可哀かわい)” の例文
魚屋がいている。可哀かわいそうだなあと思う。ついでに、私の咳がやはりこんな風に聞こえるのだろうかと、私の分として聴いて見る。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
可哀かわいさうに。あれで店にゐると、がらり変つた娘になつて、からいぢけ切つてるのでございますよ。やつぱり本親のない子ですね」
蔦の門 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
何より自分という者が可哀かわいそうになって来て、冬の夜の寒い電車の中にじっと腰を掛けていてさえ、ひとりでに悲しい涙が流れ出た。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
可哀かわいそうなのはあの役者たちよ」ときん夫人は炉端から云った、「あの夜更よふけの雨の中を、どんな気持で逃げていったかしらねえ」
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「いずれにしても君がしっかりしていさえすればいいわけなんだが、しかしそういう人の取扱いじゃ園田君も可哀かわいそうじゃないか。」
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
可哀かわいそうな子家鴨こあひるがどれだけびっくりしたか! かれはねしたあたまかくそうとしたとき、一ぴきおおきな、おそろしいいぬがすぐそばとおりました。
可哀かわいそうに! (猫撫声ねこなでごえで、彼女は、彼の髪の毛の中に手を通し、それをひっぱる)——涙をいっぱいめてるよ、この子は……。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
立ち上がると、そのまま振り向きもしないで、立ち去った彼のあとに、グッタリと横たわっているのは、可哀かわいそうな犬の死骸しがいだ。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
可哀かわいそうに、なんだってわたし、うちの坊やに恥をかかしたのかしら? 心配だわ。(大声で)コースチャ! せがれや! コースチャ!
私は我慢をするけれどね、お浜が可哀かわいそうだから、号外屋でも何んでもいい、ほかの商売にしておくれって、三ちゃん、お前に頼むんだよ。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
可哀かわいそうで可哀そうでいても立ってもいられへんようになって、……そらお梅どん、ハタから見たら阿呆あほらしやろけど、そんなもんやし。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
可哀かわいそうに! 普通なみの者なら、何ぼ何でも其様そんなにされちゃ、手をおろせた訳合わけあいのもんじゃございません、——ね、今日こんにち人情としましても。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
ともかく、あの可哀かわいそうなお嬢さんをだました薄情な大学生は、どうせろくな死に方はしまいという、村の評判だというのでしたが
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
兄さんは、可哀かわいそうなひとだ。根からの悪人ではない。悪い仲間にひきずられているのだ。私はもう一度、兄さんを信じたい。
花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
つけたまえね、しかしこのくらいやっつけたら二度と悪いことはしまいから堪忍かんにんしてやれ、可哀かわいそうに、おいチビ、改心しろよ
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
あれでは石の材料が可哀かわいそう……一つ石を彫って、もっと物らしい物をこしらえて見たい……というような物数寄ものずきな気が起るのでありました。
あとで家のものに聞くと、その組長の親分が、しみじみと、それじゃ旦那も可哀かわいそうだといったそうである。その親分はね。
「あたしたちに、もう、自分の子供が出来るあてがないとしたら、いっそのこと、可哀かわいそうな孤児こじかなんかを養子ようしにもらったらどうでしょう。」
やんちゃオートバイ (新字新仮名) / 木内高音(著)
栗色の髪の毛がマドンナのような可哀かわいらしい顔を囲んでいる若後家である。その時の場所はどんな所であったか。イソダンの小さい客間である。
田舎 (新字新仮名) / マルセル・プレヴォー(著)
「わたしはあなたを愛していた。今でもあなたを愛している。どうかみずかあざむいていたわたしを可哀かわいそうに思って下さい。」
或恋愛小説 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私は店先に腰かけて黙って見ていたが小さな女の子までも同じき目に逢ってワアッと泣いて行くのを可哀かわいそうに思った。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
その時医者の話さ。この頃のインフルエンザはたちが悪い、じきに肺炎になるから用心をせんといかんと云ったが——実に夢のようさ。可哀かわいそうでね
琴のそら音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まあ。」奥さんは目をみはった。四十代が半分過ぎているのに、まだぱっちりした、可哀かわいらしい目をしている女である。
かのように (新字新仮名) / 森鴎外(著)
子も有るんでさあね。可哀かわいそうだから置いてろうと言うんですよ。妙に世間では取る……私だって今年六十七です……この年になって、あんな女を
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それをも聞き漏さない。そんな時しんから笑う。それで定連に可哀かわいがられている。こう云う社会では「話を受ける」人物もいなくてはならないのである。
それは官吏の娘で、可哀かわいそうな、優しい、しおらしいすなおなやつだったがね。とうとうおれに許したのだ。闇の中で、何もかも許してしまったんだ。
妹のじょうにほだされて、せっかくかたった仲間や同志をむざむざ裏切ることもならず、乗りかかった船突っ切ったものの可哀かわいそうなことをしてしもうた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もちろん、蛇は何んにもしません、蛇もこいしげに父親の掌の上で、その可哀かわいらしい頭を持ち上げ、父親の顔をしげしげ眺め込んでいたりしていました。
不思議な国の話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「ほら、あれを見たか。あれが、叩きつける“椅子”じゃ。あれでは硬い壁に叩きつけられて、生身なまみの人間は一たまりもあるまい。可哀かわいそうに死んだか」
短篇集たんぺんしゅうを四冊出しています。尤も「可哀かわいい神様の事」という方は、切れていて続いているような話です。あどけない、無邪気な、そしてじょうの深い作です。
ミネから返事があるまでは、閑子には従前どおり気どられぬふりをしているからと、はっきり書いてある。ああ閑子よ、お前はそんな女なのか、可哀かわいそうに。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
その千恵の表情にまたチラッと眼を走らせた保姆さんは、何を勘ちがへしたものか「可哀かわいさうに!」とまるで千恵をあはれみでもするやうな調子でつぶやくと
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
その蝶々をなぜ殺したの? 毛虫を殺すのは蝶々を殺すのと同じことでしょ?……御覧ごらん! 可哀かわいそうに……今は毛むぐじゃらで、あんまり可愛かわいらしくないけど
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
「わるかったね。よくそこらを荒す犬が来たから、机の上の物を手当り次第に投げたら、運わるく赤インキだった。新しい著物だと喜んでいたのに可哀かわいそうに。」
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
蛹踊さなぎおどりとはそいつはあんまり可哀かわいそうです。すっかり悄気しょげ化石かせきしてしまったようじゃありませんか。」
チュウリップの幻術 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
さすがに可哀かわいそうに思ってそれを彼らの方へ廻してやると、満面にへつらい笑いを浮べて引ったくるようにして取り合い、そういう時には何ほどうれしいのであろうか
(新字新仮名) / 島木健作(著)
可哀かわいそうですが、先にあのおやじの娘をアゲておいて、そいつを責め道具に仲間を裏切りさせたわけ。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(あまり可哀かわいそうじゃありませんか、私はいやです、あの方は、私に免じて助けてやってください)
港の妖婦 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
焦々いらいらしている耳に、内田さんの声が、「熊本さん、この頃、とても、しょげているのよ。可哀かわいそうよ」「ぼんちのことで」と誰か女のひとが、き返している様でした。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「おかげで傷は浅いです。可哀かわいそうに、あれは大層親思いですから、あんな飛沫とばしりを喰うのです。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
可哀かわいそうな椰子蟹はとうとうびんに入れられて、ある学校の標本室に今でも残っております。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
人を可哀かわいいとも思わなければ、憎いとも思わないでいるのね。ねずみの穴の前に張番はりばんをしているこうづるのように動かずにいるのね。お前さんには自分の獲ものを引きずり出すことも出来ない。
勝代は細い眉の間にしわを寄せて、「辰さんはあないな風なのに、誰もかもうてやらにゃ可哀かわいそうじゃがな。勝は貧乏してもどこで暮らしとっても、辰さんの力になってあげにゃならん」
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
可哀かわいそうなエチエンヌも、やっぱり自分のあし相応そうおうあるいているのです。調子ちょうしそろはずがありません。エチエンヌははしります。いきらします。声を出します。それでもおくれてしまいます。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
……おぬいさんが可哀かわいそうだ……俺は何んといってもおぬいさんが可哀そうだ。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
或日あるひ、コロボックンクルはいろいろな御馳走ごちそうを用意して、それを成るべく困っている、可哀かわいそうな人に分けてやろうと思いまして、例の蕗の葉の下から、隠れ蓑で体を包んで出て来ました。
蕗の下の神様 (新字新仮名) / 宇野浩二(著)
なぜ、皆様方は梨の実が欲しいなどと無理な事をおっしゃったのです。可哀かわいそうに、わたくしのたった一人の孫は、こんなむごたらしい姿になってしまいました。ああ、可哀そうに。可哀そうに。
梨の実 (新字新仮名) / 小山内薫(著)
可哀かわいさの余りにかにくさにか、困らせなば帰国するならん、東京にて役人などになってもらわんとて、学問はさせしにあらずと、に親の身としては、忍びざるほどの恥辱苦悶を子にめさせ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
果ては人と人とが物を受け取ったり、物をったりしているのに、己はそれを余所よそに見て、おしつんぼのような心でいたのだ。己はついぞ可哀かわいらしい唇から誠の生命せいめいの酒をませてもらった事はない。
だが、そうなると母親はすっかり気が弱くなって、ここ半月ぐらいの間、毎日一男のことばかり言い暮した。はじめは相手にしなかった主人の平吉も、さすがに病人の心持が可哀かわいそうになった。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)