口碑こうひ)” の例文
けれどただ、それが一片の口碑こうひや伝来の権威だけで、もっと明白な史的文書の伴っていないことが慾をいえば少し心ぼそい気もする。
随筆 宮本武蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
題材を口碑こうひにかりて作者自ら空想をほしいままにするもので、筆者自身がいわば口碑伝説の創造者ともなり得るところから、時に教訓
『グリム童話集』序 (新字新仮名) / 金田鬼一(著)
あらゆる多くの人々の、あらゆる嘲笑ちょうしょうの前に立って、私は今もなお固く心に信じている。あの裏日本の伝説が口碑こうひしている特殊な部落。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
また、彼らの口碑こうひに伝うるところによれば、先祖は山上の岩窟がんくつの間より生まれ出でたりとも、あるいは天より降りきたれりとも申しておる。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
土地の口碑こうひ、伝うる処に因れば、総曲輪のかのえのきは、稗史はいしが語る、佐々成政さっさなりまさがその愛妾あいしょう、早百合を枝に懸けて惨殺した、三百年の老樹おいきの由。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
共に祖先の口碑こうひをともにして、旧藩社会、別に一種の好情帯を生じ、その功能こうのうは学校教育の成跡せいせきにも万々ばんばんおとることなかるべし。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
芸術の世界では、悪徳者ほど、はばをきかせているものだ、と誰がそんな口碑こうひを教えたものか、たしかにそれを信じていた。
春の盗賊 (新字新仮名) / 太宰治(著)
次は因伯いんぱく昔話に採録せられている羽衣石山うえしやま口碑こうひ、これは半分伝説のようになっているが、話の筋には共通の点がなお多い。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そのさい小櫻姫こざくらひめがいかなる行動こうどうたかは、歴史れきし口碑こうひうえではあまりあきららかでないが、彼女自身かのじょじしん通信つうしんによれば、落城後らくじょうごもなくやまいにかかり、油壺あぶらつぼ南岸なんがん
是等の竪穴じゆけつがコロボックルのものたる事、即ち石噐時代人民せききじだいじんみんのものたる事は口碑こうひのみに由つて推測すゐそくするに非ず、土中の發見物はつけんぶつに由つて確知するをるなり
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
もっとも、確かな史実が残っているわけではないが、各地方のいろいろな伝説や口碑こうひで、事実、人ばしらのことがおこなわれたと信ずべき節があるのです。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
山霊さんれいたたりにやあらんたちまち暴風雨をおこしてすすむを得ざらしむ、ただ口碑こうひの伝ふる所にれは、百二十年以前に於て利根水源とねすゐげんたる文珠もんじゆ菩薩の乳頭にうたうより混々こん/\として出できた
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
平家落のことはただに八重山や与那国の口碑こうひにあるのみならず、二百年前に出来た『遺老説伝』にもあるから、よほど古くからあった口碑と思われる。まだ信ずる余地がある。
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
ここらでかなりに激しい戦闘が行なわれたのは事実であると、故老の口碑こうひに残っている。
こま犬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかして現今の医学の主要なる部分をむる薬物療法なるものは、実に原始人類から伝へられて来た種々の毒に関する口碑こうひもととなつて発達して来たものであつて、この意味に於て
毒と迷信 (新字旧仮名) / 小酒井不木(著)
川上の荘の口碑こうひを集めたある書物によると、南朝の遺臣等は一時北朝方の襲撃しゅうげきおそれて、今の大台ヶ原山のふもとしおから、伊勢の国境大杉谷の方へ這入はいった人跡稀じんせきまれな行き留まりの山奥
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
... へてつもりしこしみづうみ五月雨山さみだれやまの森のしづくか」▲柿崎かきざき(頸城郡にある駅也) 親鸞聖人しんらんしやうにんよみ玉ひしとて口碑こうひつたへし哥に「柿崎にしぶ/\宿やどをもとめしにあるじの心じゆくしなりけり」あんずるに
伝えらるる口碑こうひを聞きらさじと私は書き取りました。上人は漸次その姿を私の前に現してきました。かつてうわさに聞いた堂の有無が気がかりでした。私はそれが建てられていた場所を訪うたのです。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
最後には、家臣をほしいままに手刃しゅじんするばかりでなく、無辜むこの良民を捕えて、これに凶刃を加えるに至った。ことに口碑こうひに残る「石のまないた」の言い伝えは、百世の後なお人におもてを背けさせるものである。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ある時は旅行で得た直覚、またある時は方言や口碑こうひの比較の間からも暗示を得、中にはまた文庫のちりの香の紛々と鼻をつものもなしとしない。
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こんな口碑こうひが伝わったのは、この戦後、春日山へ帰るとすぐ、和田喜兵衛が変死したところから起ったものと思われる。
上杉謙信 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さかんに人間をとって食べたという口碑こうひがありまして、それは作陽誌という書物にも出ているようでございます。
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
日本本州に於けるコロボックルの住居ぢうきよは如何。口碑こうひ遺跡ゐせき共に存せず、固より明言めいげんするの限にあらざれど、常陸風土記所載ひたちふうどきしよさいの一項は稍推考すいこう手掛てがかりとするを得ん。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
この時婦人おんなは一息つきたり。可哀あわれなるこの物語は、土地の人口碑こうひに伝えて、孫子まごこに語り聞かす、一種のお伽譚とぎばなしなりけるが、ここをば語るには、誰もかくすなりとぞ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
毎年正月元日には、その松の枝上に灯明が自然に点ぜらるるとの口碑こうひなるも、古来高徳の人にあらざれば、その光を見ることができぬとの説を伝えてあるもおもしろい。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
所々に秋草の花が咲き、赫土あかつちはだが光り、られた樹木が横たわっていた。私は空に浮んだ雲を見ながら、この地方の山中に伝説している、古い口碑こうひのことを考えていた。
猫町:散文詩風な小説 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
しかるに今日、こころみに士族の系図をひらきてこれを見れば、古来上下の両等が父祖を共にしたる者なし、祖先の口碑こうひを共にしたる者なし。あたかも一藩中に人種のことなる者というもなり。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
... へてつもりしこしみづうみ五月雨山さみだれやまの森のしづくか」▲柿崎かきざき(頸城郡にある駅也) 親鸞聖人しんらんしやうにんよみ玉ひしとて口碑こうひつたへし哥に「柿崎にしぶ/\宿やどをもとめしにあるじの心じゆくしなりけり」あんずるに
オットーンと啼きあるくという口碑こうひを載せ、薄暮に深山の中でこの声を聴くと、限りもない哀愁を催すと記している。
室内しつないの有樣に付きては口碑こうひ存せず。火をきしあとの他、實地じつちに就いての調査てうさも何の證をも引き出さず。余は茲に想像そうぞうを述べて此點に關する事實じじつ缺乏けつばうおぎなはんとす。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
開闢かいびゃく以来今日に至るまで世界中の事相じそうるに、各種の人民相分あいわかれて一群を成し、その一群中に言語文字を共にし、歴史口碑こうひを共にし、婚姻こんいん相通じ、交際相親しみ、飲食衣服の物
瘠我慢の説:02 瘠我慢の説 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
辞世じせいとて口碑こうひにつたふる哥に「岩坂のぬしたれぞとひととは墨絵すみゑかきし松風の音」遺言ゐげんなりとて死骸なきから不埋うづめず、今天保九をさる事四百七十七年にいたりて枯骸こがいいけるが如し。是を越後廿四奇の一にかぞふ。
いまだ伝説にも口碑こうひにもこれを聞かぬが、その発作する動機の多くは耳目の欲にひかさるるので、他人の衣服もしくは食物に一念動けば、たちまちその一念、われとも知らず先方に通ずるのである。
迷信と宗教 (新字新仮名) / 井上円了(著)
例に洩れず、家系、史蹟、口碑こうひが多い。
随筆 私本太平記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
熊野・高野を始めとして霊山開基の口碑こうひには猟師が案内をしたといい、または地を献上したという例少なからず、それを目して異人仙人と称していて
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
或は市中公会等の席にて旧套きゅうとう門閥流もんばつりゅうを通用せしめざるは無論なれども、家に帰れば老人の口碑こうひも聞き細君さいくん愚痴ぐちかまびすしきがために、残夢ざんむまさにめんとしてまた間眠かんみんするの状なきにあらず。
旧藩情 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
辞世じせいとて口碑こうひにつたふる哥に「岩坂のぬしたれぞとひととは墨絵すみゑかきし松風の音」遺言ゐげんなりとて死骸なきから不埋うづめず、今天保九をさる事四百七十七年にいたりて枯骸こがいいけるが如し。是を越後廿四奇の一にかぞふ。
たとえば九州もずっと南、薩摩さつま甑島こしきじまという離れ島などにも、この夜の月が三体に分れて出たという口碑こうひがある。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
かゝるめでたき御哥もありて人の口碑こうひにもつたふ。
誤って一方を殺して悔い嘆いて鳥になったという類の口碑こうひが、少なくとも国半分に拡がっているのである。
かゝるめでたき御哥もありて人の口碑こうひにもつたふ。
はやく南海の外の荒浜から、中華の文化地帯にもたらされた、やや不精確なる口碑こうひがまず伝わって、ヤシという言葉がさき廻りをして、待ち受けていたなどは奇遇であった。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
そうして一方沖縄の島および宮古島みやこじまなどに伝わっていた同系の口碑こうひには、単に海辺に出て非常に長い髪の毛を見つけ、その不思議に感動していると、美しい女性が現われて
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
今では殻ばかりになった村々の口碑こうひの類が、かつては美しい辞句と旋律とを以て彩色せられ、深い感動を傾聴者に与えていたらしいことは、たとえ無意識の片言まじりにもせよ
近世の口碑こうひにおいては筑紫つくしの人旅に死し、その霊化して蝉となってツクシコイシと啼くと、也有やゆうの「百虫賦ひゃくちゅうふ」にはあるそうな。その筑紫方面の聴き様もそれと近く、いずれも寒蝉を
箒や熊手に関する俗信や口碑こうひにも、これを暗示する幾らかの残留があるようであるが、それ迄述べていると余り長くなる。この分は各地の同志者の第二次の観察にゆだねたいと思う。
年中行事覚書 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
口碑こうひや技芸の中に伝わったものに、偶然とは思われない東西の一致がある。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)