前屈まえかが)” の例文
そこへ何も知らない老爺が、鼻緒を引締めるために、力を入れながら前屈まえかがみになる。テカテカ頭を電燈の下にニューと突き出す。
山羊髯編輯長 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし博士は、大隅学士などに用はないといった様子で、光線器械の横にすこし前屈まえかがみになって、しきりと調整に取りかかったのだった。
地球盗難 (新字新仮名) / 海野十三(著)
自分が先へかけると、今度は、青年を自分の傍に掛けさせた。青年はせていて、前屈まえかがみの身体に、よい布地の洋服を大事そうに着込んでいた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は耳をおおうように深く外套の襟を立てて、前屈まえかがみに蹌踉あるいて行った。眼筋が働きを止めてしまった視界の中に、重なり合った男の足跡、女の足跡。
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
戸惑った表情のまま前屈まえかがみの姿勢でせかせかと歩いている姿は、かえって何か影のように稀薄きはくなものに想われて来る。
冬日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
津の茅原はそのとき胸板むないたのところに、があっと重いものを打ちあてられ、前屈まえかがみにからだを真二つにげてしまった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
蒲団ふとんのうえをずらすようにそろそろと私のほうへのばす手をとって前屈まえかがみに顔をよせる。母は顔をしかめながら苦痛と衰弱にもつれる舌をようやく働かせて
母の死 (新字新仮名) / 中勘助(著)
タカを括り過ぎて依怙地えこじになられては厄介なので、是非なく庄造は膝頭を揃へ、キチンと畏まつてすわり直すと、前屈まえかがみに、その膝の上へ両手をつきながら
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、前屈まえかがみの姿勢を採って、私達二人を聴衆に、こういう驚くべき秘密結社の暴露に着手したのである。
踊る地平線:10 長靴の春 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「きょうの天気予報てんきよほうたった。あのいい天気てんきが、きゅうにこんなにわったからな。」と、年上としうえ職工しょっこうは、仕事台しごとだいうえ前屈まえかがみになって、朋輩ほうばいはなしをしました。
風雨の晩の小僧さん (新字新仮名) / 小川未明(著)
踏み抜いた草鞋わらじとばして、大野順平は前屈まえかがみになって急ぎだした。なるほど、ひとつの定めた目標は好ましいが、今はそれだけに執着しなくてもいのだ。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
男は前屈まえかがみになって小声でった。「もう時間が切迫して来るから、お前の覚悟は好いかと問うのだ。」
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
不断は前屈まえかがみになっていますのに、弓を取ってひじを張った姿はしゃんとして、全く見違えるようです。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
荷は軽そうなが前屈まえかがみに、てくてく帰る……お千世がじいの植木屋甚平じんべい、名と顱巻はちまき娑婆気しゃばけがある。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
色のあおい、長い顔で、髪は刈ってからだいぶ日が立っているらしい。地味なしまの、鈍い、薄青い色の勝った何やらの単物に袴を着けて、少し前屈まえかがみになって据わっている。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すると梯子のあがぐちには、もう眼の悪い浅川の叔母おばが、前屈まえかがみの上半身を現わしていた。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かれも、床几に片胡坐かたあぐらをかきこんで、前屈まえかがみの小声になり、半分口を抑えながら語った。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
少し前屈まえかがみに、ピアノへかじり付くようにして、本当に心から打ち込んだ様子で、少し無器用にぼっとりぼっとり弾いて行く姿は、どう考えても冷たいヴァーチュオーソではなかった。
西洋の狩猟の絵に見るような黒い鳥打とりうち帽子をかぶり、霜降しもふりの乗馬服に足ごしらえもすっかり本式なのが、むち手綱たづなと共に手に持って、心持前屈まえかがみの姿勢をくずさず、振向きもせずに通り過ぎた。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
新吉はその前を通って、一またぎぐらいしか無いその橋を渡り終り、すこし右に折れ曲って右側の茶店ちゃみせの傍へ往った。わかい女学生風の女が何か考えてでもいるように前屈まえかがみになって歩いていた。
女の首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
汽車はしずかにプラットフォームを離れ出した。その跡に、つとめて何気なさそうにしながら、ただ背中だけ少し前屈まえかがみにして、急に年とったような様子をして立っている父だけを一人残して。——
風立ちぬ (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
フランクリン・ホールの源蔵は、努めて日本人の癖を学ぼうとして前屈まえかがみになり過ぎるのが眼障めざわりでしたが、小太郎を見て「オオ、グード、ボーイ」とじっとその顔を眺めるあたりは大芝居でした。
米国の松王劇 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
タカをくくぎて依怙地えこじになられては厄介なので、是非なく庄造は膝頭ひざがしらを揃へ、キチンとかしこまつてすわり直すと、前屈まえかがみに、その膝の上へ両手をつきながら
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
先頭に立ったガルスワーシーが其のいくらか前屈まえかがみの長身を横にそらすと景子達は庭の芝生の緑の強い反射にくらまされて眼をまたたきながらサンルームに出た。
ガルスワーシーの家 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
解剖台の上に、半身を前屈まえかがみにして、屍体をいじりまわしていた夫は、ハッとおもてをあげた。白い手術帽と、大きいマスクの間から、ギョロとした眼だけが見える。
俘囚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうして四十を越してから妻を亡くした見窄みすぼらしい自分自身の姿が、こころもち前屈まえかがみになって歩いて行く姿を、二三十けん向うの線路の上に、幻覚的に描き出しながらも……。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ももの上にひじをのせて幾らか前屈まえかがみになった彼は、旅支度たびじたくの男の眼をのぞき込むようにした。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
何故なぜかは知らぬが、この船にでも乗って助かろうと、片手を舷に添えて、あわただしく擦上すりあがろうとする、足が砂を離れてくうにかかり、胸が前屈まえかがみになって、がっくり俯向うつむいた目に
星あかり (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かんをした葡萄酒ぶどうしゅを出させて、己がそれを飲むのをじっと見ていながら、それまで前屈まえかがみになって掛けていられた長椅子に、背を十分に持たせて白足袋を穿いた両足をずっと前へ伸ばされた。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
列車は速度をゆるめている。女は窓を開けて、体を前屈まえかがみにして外を見ている。車がホオルに這入った。女は手招きをした。そして男の方へ向いて、「来ていらっしゃいますわ」と云った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
何でも牛込見附うしごめみつけからかなり行って、四谷よつや見附の辺のお堀端ほりばたから松の枝が往来へ差し出ているのが目につくあたりにお住いだったと思います。痩形で、少し前屈まえかがみの恰好かっこうの静かなお年寄でした。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
タカをくくり過ぎて依怙地えこじになられては厄介やっかいなので、是非なく庄造は膝頭ひざがしらそろえ、キチンとかしこまってすわり直すと、前屈まえかがみに、その膝の上へ両手をつきながら
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして、これが最後の山の手の区域とわかれる一番高い坂へ来て、がくりと車体が前屈まえかがみになると、東京の中央部から下町へかけての一面の灯火の海が窓から見下ろせる。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と考えこんでいたとき、不意に私の肩を突付つっつく者があった。私はびっくりして目を開いた。すると目の前に、たくましい顔の青年が、前屈まえかがみになって、私の顔をのぞきこんでいた。
銀杏返いちょうがえしのほつれながら、きりりとした蒼白あおじろい顔を見せた、が、少し前屈まえかがみになった両手で、黒繻子くろじゅすと何か腹合せの帯の端を、ぐい、と取って、腰を斜めに、しめかけのままかまちへ出た。
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
月の光が編笠を滑り落ちて寒そうに照らしている襟足から、前屈まえかがみに屈んでいる背筋の方へかけて、きゃしゃな背骨の隆起しているのまでがありありと分る。
母を恋うる記 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
雨上りの夜の天地は墨色すみいろの中にたっぷり水気をとかして、つやっぽい涼味りょうみ潤沢じゅんたくだった。しおになった前屈まえかがみの櫓台の周囲にときどき右往左往する若鰡わかいなの背が星明りにひらめく。
渾沌未分 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
引掻ひっかくようにもぞもぞと肩をゆすると、一眼ひたといた、めっかちの青ぶくれのかおを向けて、こう、引傾ひっかたがって、じっと紫玉のそのさまを視ると、肩をいたつえさきが、一度胸へ引込ひっこんで、前屈まえかがみに
伯爵の釵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
杜先生は前屈まえかがみになって素早くミチミの頭の下に手を入れた。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
わかい女を真中まんなかに、おのこが二人要こそあれと、総曲輪の方から来かかってあゆみとどめ、あわいを置いて前屈まえかがみになって透かしたが、繻子しゅすの帯をぎゅうと押えて呑込んだという風で、立直って片蔭に忍んだのは
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、イベットは前屈まえかがみになり、小声をぐっと小田島へ寄せた。
ドーヴィル物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一度胸へ引込ひっこんで、前屈まえかがみに、よたりと立つた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
五助は前屈まえかがみに目金を寄せ
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)