丁稚でっち)” の例文
丁稚でっちの長六、下女のお咲、仲働きのお春、どれも一期半期の奉公人で、お吉や七兵衛を殺すほどの理由を持つようなのはありません。
丁稚でっち二人登場。角帯をしめ、前だれをあて、白足袋しろたびをはいている。印のはいったつづらを載せた車を一人がひき、一人が押している。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
丁稚でっちから仕上げて、やっと小番頭になったところで、店の金を使い込み、親妹弟きょうだいをすてて、何処かへ逃げてしまったという話だが」
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
士族気質かたぎのマダせない大多数の語学校学生は突然の廃校命令に不平を勃発ぼっぱつして、何の丁稚でっち学校がという勢いで商業学校側を睥睨へいげいした。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
しかし、幼いながら親戚の人に買ってというのは恥ずかしく、ようよう我慢していますと、丁度そこへ私の家の丁稚でっちが来ました。
丁稚でっちを小僧と云い、婦人を罵ってこの尼などというも、みな同じことで、淫売婦にも、和尚とか、比丘尼とか云うものまでが出来て来た。
賤民概説 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
高等小学へ入っても、学校の生活以外は、子守、洋燈掃除、惣菜の買出し、丁稚でっち代りであったが、そろそろ大きくなるにつれ、今度は、父が
死までを語る (新字新仮名) / 直木三十五(著)
突然だしぬけに夜具を引剥ひつぱぐ。夫婦ふうふの間とはいえ男はさすが狼狙うろたえて、女房の笑うに我からも噴飯ふきだしながら衣類きものを着る時、酒屋の丁稚でっち
貧乏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
朝風呂にはさも朝風呂らしい男が大勢来ているし、昼には昼の顔があり、夜は丁稚でっち、小僧、番頭、職人の類が私のいた島之内では多かった。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
金を借りたり女をだましたりすることにかけては定評があります。僕は彼を丁稚でっち時代から知っているので、何も彼も分っています
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
学者と町人とはまるで別途の人間であって、学者が金を予期して学問をするのは、町人が学問を目的にして丁稚でっちに住み込むようなものである
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
商家の手代、商家の丁稚でっち、役者、武士、職人、香具師やし、百姓、手品師、神官、僧侶……あらゆる階級の男達が、狂いあばれているのであった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
町家の内儀ないぎや娘らしいのがそれぞれに着飾って、萠黄もえぎの風呂敷包などを首から下げた丁稚でっちを供にれて三々伍々町を歩いている。長閑のどかな景色だ。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
いや、愛想の尽きた蛆虫うじむしめ、往生際の悪い丁稚でっちだ。そんな、しみったれた奴は盗賊どろぼうだって風上にも置きやしない、酒井の前は恐れ多いよ、帰れ!
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
職人の方は、大怪我おおけがをしたようです。それでも、近所の評判は、その丁稚でっちの方がいと云うのだから、不思議でしょう。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ある日、梅田新道うめだしんみちにある柳吉の店の前を通り掛ると、厚子あつしを着た柳吉が丁稚でっち相手に地方送りの荷造りを監督かんとくしていた。
夫婦善哉 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
お前はなあ、あんまり主人に我儘わがままを云ったり、番頭や丁稚でっちを叱りつけたりするから頭が痛いんだぞ。しかし、その病気はすぐなおるから心配するな。
豚吉とヒョロ子 (新字新仮名) / 夢野久作三鳥山人(著)
この計画のために、抽斎は二階の四室を明けて、宗右衛門夫妻、けいせんの二女、女中一人いちにん丁稚でっち一人をまわせた。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
ところがそれで頭を結いに行ったら、床屋の親爺が「そんな所へ行くのは惜しい。丁度丁稚でっちを頼まれているから」
回想録 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
この二人の姿が消えると、芝居で観る久松のような丁稚でっちが這入って来た。丁稚は大きい風呂敷包をおろしてえんに腰をかけた。どこへか使つかいに行く途中と見える。
二階から (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
隠居はくすくす笑いながらよいから楽寝、召使いの者たちも、将軍内にいらっしゃるとて緊張して、ちょっと叔母のところへと怪しい外出をする丁稚でっちもなく
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
火の見の立っている町の四つ角の、いちじくの葉が黒いかげをおとしているところに、一けん鍛冶屋かじやがあります。ここに新吉しんきちという十一になる丁稚でっちがいます。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
「長松が」の句は、丁稚でっちの長松が新年には親の名代でもっともらしく御年始に来る、というのであります。
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
この最後の説だけには新知故交統括ひっくるめて総起立、薬種屋の丁稚でっちが熱に浮かされたように「そうだ」トいう。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
頭巾ずきんかむり手に数珠じゅずを持ちつえつきながら行く老人としより門跡様もんぜきさまへでもおまいりする有徳うとくな隠居であろう。小猿を背負った猿廻しのあとからはつつみを背負った丁稚でっち小僧が続く。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
淀屋橋筋は、全市のストライキがあっても相変らず丁稚でっちらは急がしそうに店先をウロウロしている。
空中征服 (新字新仮名) / 賀川豊彦(著)
おのおの丁稚でっちと子もりらしいのをいっしょに引き従えて、どやどやと自身番小屋へ駆け込んできたのは、ひと目にそれとわかる裕福そうな町家のご新造連れ二組みでした。
一斎の前へ出てごらん、山陽なんぞは後学のまた後学の丁稚でっちさ、品物でいえば錦と雑巾ぞうきんだね。
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
玄関番コンシェルジュとの口論の調停、物もらいとの応待、蓄音器のゼンマイ巻き、小鳥に対するの配給、通信事務の遂行、と、丁稚でっち輩下のごとく追い使われ、相勤めまする一日十余時間
四郎は小さいとき長崎の支那の小間物を商う店に丁稚でっち奉公して神童とうたわれたという説もあるし、父とともに支那の小間物をかついで江戸大阪へ行商していたという説もある。
安吾史譚:01 天草四郎 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
橘屋たちばなや若旦那わかだんなは、八百ぞううつしだなんて、つまらねえお世辞せじをいわれるもんだから、当人とうにんもすっかりいいンなってるんだろうが、八百ぞうはおろか、八百丁稚でっちにだって
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
彼らの細君らは家政の知識を誇っていた。娘らには少しも嫁入り財産を与えなかった。富者らは昔自分がやってきたとおりのつら丁稚でっち修業を、そのまま子供たちにやらしていた。
その筆頭は橋の欄干渡り、丁稚でっち小僧が先立ちであぶない芸当、全くひやひやさせる。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
この風習も近年まで残っておったが、大阪のごとき大都市でも、商家で丁稚でっち手代てだいを採用するに、比較的生活の相似たる市民の子弟を採らずして、なるべく粗樸そぼくの田舎者に目を付けた。
家の話 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
長二にさせようと、店の三吉さんきちという丁稚でっちに言付けて、長二を呼びにやりました。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
音楽を専門にやっているぼくらがあの金沓鍛冶かなぐつかじだの砂糖屋の丁稚でっちなんかの寄り集りに負けてしまったらいったいわれわれの面目めんもくはどうなるんだ。おいゴーシュ君。君には困るんだがなあ。
セロ弾きのゴーシュ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
十五の年から家を出て丁稚でっちからたたきあげた房次は、茂緒の心の歩みなど全然関心がない様子だった。ただ、この病気の妹が、結婚からとりのこされている哀れさだけを感じているらしい。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
料理人のを下働したばたらきと言い、パン屋のを丁稚でっちと言い、従僕のを小使いと言い、水夫のを見習いと言い、兵士のを鼓手と言い、画家のを弟子でしと言い、商人のを小僧と言い、廷臣のを扈従こじゅうと言い
もう高等小学校へは出さないで何処どこか旅へ丁稚でっちにやるということにめた。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
独立心というような、個人主義というような、妙なかたよった一種の考えが、丁稚でっち奉公をしてからこのかた彼の頭脳あたまに強くみ込んでいた。小野の干渉は、彼にとっては、あまり心持よくなかった。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ただにこれを一掃するのみならず、順良の極度より詭激の極度に移るその有様は、かの仏蘭西北部の人が葡萄酒に酔い、菓子屋の丁稚でっちかんふけるが如く、底止ていしするところを知らざるにいたるべし。
経世の学、また講究すべし (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
僕もまた幾ぶんかそう思うけれども、二十歳の者なら二十歳の一人前並みであるか、丁稚奉公でっちぼうこうの職にあるものならば丁稚でっちの一人前のことをなしたか、一国の宰相さいしょうなら宰相として一人前の仕事をしたか。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
「ほんとに貴様らはばかだ! 奴隷どれいでもそれほど卑屈じゃないぞ! 水夫らからは月二割もしぼりやがって、豚め! チーフメーツの野郎、なにかおれにいって見ろ! 思い知らしてやるから、高利貸の丁稚でっちめ!」
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
昔なら越後屋えちごや丁稚でっちよしどんというところです
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
丁稚でっちをツイ近所の平次のところまで使いに出し、平次が店から入って来ると同時に、裏口から抜出して姿を隠してしまいました。
それに何処のなんという女子おなごやら、誰も知った人もない名もない頃の私なのですから「アッ又来やはった」などと小僧さんや丁稚でっちさん達が
座右第一品 (新字新仮名) / 上村松園(著)
そして、太鼓まんじゅうと、きつねまんじゅうと、どら焼きを買って帰る、丁稚でっち小僧と花合せをして遊ぶ、時々父は私を彼が妾宅しょうたくへ連れて行く。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
と、湯呑み茶碗を持ったまま、おやじは、店頭みせさきまで出て来て道を指さしたが、折ふし、外から帰って来たとんぼ頭の丁稚でっちの顔を見かけると
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
妾が佐助に技を授くるはもとより一時の児戯じぎにあらず、佐助は生来音曲を好めども丁稚でっちの身として立派なる検校にもあたわず独習するが不憫ふびんさに
春琴抄 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
すると、米屋の丁稚でっちが一人、それを遺恨に思って、暮方くれがたその職人の外へ出る所を待伏せて、いきなりかぎを向うの肩へ打ちこんだと云うじゃありませんか。
或日の大石内蔵助 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)