齷齪あくせく)” の例文
この話は、けだし僧正が衆弟子の出家たる本分を忘れて、貨財の末に齷齪あくせくたるをあわれんで、いささか頂門の一針を加えられたものであろう。
法窓夜話:02 法窓夜話 (新字新仮名) / 穂積陳重(著)
米国の大統領リンカンがまだ田舎弁護士で齷齪あくせくしてゐた頃、ある時訴訟用で小さな田舎町に旅立をしなければならぬ事になつた。
長いこと沈鬱な心境を辿り、懊悩と煩悶はんもんとの月日を送って来た捨吉には、齷齪あくせくとした自分を嘲り笑いたいような心が起って来た。
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ファラデーに「俗人の浅墓あさはかな生活や日日の事に齷齪あくせくするのとは全くの別天地で、こんな所で研究をしておられたら、どんなに幸福でしょう」
空嘯そらうそぶける侯爵「金儲かねまうけのことなら、我輩わがはいの所では、山木、チト方角が違ふ様ぢヤ——新年早々から齷齪あくせくとして、金儲かねまうけも骨の折れたものぢやの」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
だが其許そこもとのような人間を、そう齷齪あくせくと、功利に疲らせて、御自身勿体ないと思わぬかな。——山中人の人生にも、なかなか深い意義もある。
新書太閤記:03 第三分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
家庭の事にのみ齷齪あくせくとして、その長所を発揮する機会なからしむるが如きは、一面国家の人物経済の上から見てもまた惜しむべきことである。
夫婦共稼ぎと女子の学問 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
そして齷齪あくせくと生活してる人々の悪口を言いながら、自分の懶惰らんだを慰めていた。その多少重々しい皮肉な冗談は、人を笑わせずにはおかなかった。
ものの五町ともへだたらぬのだが、齷齪あくせくかてを爭ふ十萬の市民の、我を忘れた血聲の喧囂さへ、浪の響に消されてか、敢て此處までは傳はつて來ぬ。
漂泊 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
私はその頃心の中に色々な問題をあり余るほど持っていた。そして始終齷齪あくせくしながら何一つ自分を「満足」に近づけるような仕事をしていなかった。
小さき者へ (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かく考えると齷齪あくせくとして、あるものを無しと言い、無いものを有ると見ても、とうてい永続せぬものである。早晩その真相は暴露ばくろされるものである。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
齷齪あくせくとこせつく必要なく鷹揚自若おうようじじゃくと衆人環視のうちに立って世に処する事の出来るのは全く祖先が骨を折って置いてくれた結果といわなければならない。
『東洋美術図譜』 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
事業本位で齷齪あくせく膏汗あぶらあせを流して生き、且つ死ぬる事が、与へられた束の間の生のうちに次から次と美しき幻を追ひ
お前はよかろうがわたしゃ詰らないよ、本当にお前の為に寝ないで齷齪あくせくと稼いでいる女房の前も構わず、女なんぞを
あの風流の人が営々として花作の爺さんのやうに齷齪あくせくしたらうとも思はれないから、自然づくり、お手数かけずのヒョロケ菊かモジャモジャ菊かバサケ菊で
菊 食物としての (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
自分等の母の為した如く終日台所に齷齪あくせくとして居る事は自分等に取つて苦痛であるけれども、ある程度にこれに時間を費すのは読書に費すのと等しく快楽である。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
中等下等の婦女子に至っては、いずれも小商人根性があって些細ささいな事に齷齪あくせくする心がその品格までに現われて、何となくこせこせしたような様子が見えて居る。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
下品な鳶だと人が軽蔑していたのは、形ばかり鷹のように堂々としていながら、腐ったきたない食物をも念掛けて、齷齪あくせくとしてこれを拾ってあるくためであった。
あるいはまた成功して虚栄の念に齷齪あくせくするよりも、溝川どぶがわを流れるあくたのような、無知放埒むちほうらつな生活を送っている方が、かえってその人には幸福であるのかも知れない。
ひかげの花 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
かみ女中、おしも女中、三十人からの女中が一日、齷齪あくせくとすわる暇もなく、ざわざわしていた家である。
明治美人伝 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
如何どうすれば旨い物をい着物を着られるだろうかと云うような事にばかり心を引かれて、齷齪あくせく勉強すると云うことでは決して真の勉強は出来ないだろうと思う。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
雖然けれども學士の篤學なことは、單に此の小ツぽけな醫學校内ばかりで無く、廣く醫學社會に知れ渡ツた事柄で、學士に少しのやま氣と名聞みやうもん齷齪あくせくするといふ風があツたならば
解剖室 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
軍服をて、役所の帰りに女にいには行かれません。それにくらべると主人は気楽ですから、千住ではたよりにして、しきりにすがられます。父は性質として齷齪あくせくなさいません。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
「斯うやって齷齪あくせくしている中に白髪が生えて、あたら一生を終るのだろう。可哀そうな連中だ」
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
他の用いを望んで齷齪あくせく、白馬青雲を期することは本当の「道」を尋ねるものの道途をかえって妨げる=だが、この考はまだ何となく彼の頭のなかにすわりが悪いところもあった。
荘子 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
今度も「文藝日本」の依頼を、今日中に果たさうとして、朝から齷齪あくせくしてゐるのだが、材料に迷ふばかりで、題目とペンネームとだけを書いては棄て/\して時を過してゐた。
素材 (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
むしろ早く思い棄ててさらに良縁を求むるこそけれ、世間おのずから有為の男子に乏しからざるを、彼一人のために齷齪あくせくする事のおろかしさよと、思いも寄らぬ勧告の腹立たしく
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
建築、道路、料理、娯楽、——いずれも日本は上海にかない。上海は西洋も同然である。日本なぞに齷齪あくせくしているより、一日も早く上海に来給え。——そう客を促しさえした。
上海游記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
眼前の小利害にのみ齷齪あくせくせず、真に殖産工業の発達を計り、世界の進歩に後れぬようにしようと志す人は、もう少し基礎的科学の研究を重んじ、またこれを応用しようという場合には
物理学の応用について (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
そうです、一度もお目にかかりませんでした。あなたはそれ以来ずっとテルソン商社の被後見人ですのに、わたしはそれ以来ずっとテルソン商社のほかの事務にばかり齷齪あくせくしていたのです。
私自身にとっても、この女のために……まさしくこの女のためのみに齷齪あくせく思っている間に、五年という歳月は昨日今日きのうきょうと流れるごとく過ぎてしまって、彼女は今年もう二十七になるのである。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
近頃出来の頭の小さい軽薄な地蔵に比すれば、頭が余程大きく、曲眉豊頬きょくびほうきょうゆったりとした柔和の相好、少しも近代生活の齷齪あくせくしたさまがなく、大分ふるいものと見えて日苔が真白について居る。
地蔵尊 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
始終何物かにむちうたれ駆られてゐるやうに学問といふことに齷齪あくせくしてゐる。これは自分に或る働きが出来るやうに、自分を為上しあげるのだと思つてゐる。其目的は幾分か達せられるかも知れない。
妄想 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
近頃出来の頭の小さい軽薄な地蔵に比すれば、頭が余程大きく、曲眉きょくび豊頬ほうきょうゆったりとした柔和にゅうわ相好そうごう、少しも近代生活の齷齪あくせくしたさまがなく、大分ふるいものと見えて日苔ひごけが真白について居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ト僕ガ言つてはヤツパリ広目屋臭ひろめやくさい、おい悪言あくげんていするこれは前駆ぜんくさ、齷齪あくせくするばかりが平民へいみんの能でもないから、今一段の風流ふうりう加味かみしたまへたゞ風流ふうりうとは墨斗やたて短冊たんざく瓢箪へうたんいひにあらず(十五日)
もゝはがき (新字旧仮名) / 斎藤緑雨(著)
私は家を興そうとして、物質ばかりに齷齪あくせくした。そうしてそのため二人の人をさえ殺した。一人は大金を持っていたからだ。一人は私の犯罪を知って、恐喝をしに来たからだ。自責のために私は死ぬ。
十二神貝十郎手柄話 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
余り齷齪あくせくと勉強して上手になり過ぎ給ふな。(六月二十九日)
墨汁一滴 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
そんなに齷齪あくせく働かなくっても好いではないか。
青蛙神 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ほんに一日いちにち齷齪あくせく
東京景物詩及其他 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
ものの五町とも距たらぬのだが、齷齪あくせくと糧を争ふ十万の市民の、我を忘れた血声の喧囂さけびさへ、浪の響に消されてか、敢て此処までは伝はツて来ぬ。
漂泊 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
何処どこへ行くのだ。何故お前の眼はそんなに光るのだ。何故お前はそんなに物を捜してばかりいるのだ。何故お前はそんなに齷齪あくせくとして歩いているのだ。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
過去はこれ程馬鹿気て、愉快で、変てこに滑稽こっけいに通過されたのだと教えてれるのです。我々は落付いた眼に笑をたたえて又齷齪あくせくと先へ進む事が出来ます。
ただ徳川内府のお覚えのみを気がねして齷齪あくせくと、夜半まで駈ける小心な大名どもの肚の底がいてあわれが深い……。あはははは、思うても暑いことだな
大谷刑部 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そんなことでは縦令たといお前がどれ程齷齪あくせくして進んで行こうとも、急流をさかのぼろうとする下手へたな泳手のように、無益に藻掻もがいてしかも一歩も進んではいないのだ。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
それから中年後になって活動を開始したという人は、そのときはじめて何らかの信念を握った人で、それまでは自分の力だけで、自分の工夫だけで齷齪あくせくしていたのであります。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それは論理的というよりもいっそう詩的であり、自然にたいして寛容であり、愛するか愛しないかが主眼であって、説明したり理解したりすることにそれほど齷齪あくせくしなかった。
子供のために、げて来り給えなどいとめて勧めけるに、良人りょうじんとの愛に引かれて、覚束おぼつかなくも、舅姑きゅうこ機嫌きげんを取り、裁縫やら子供の世話やらに齷齪あくせくすることとなりたるぞ
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
実にひどい有様です。それからまた小利しょうり齷齪あくせくする心がごく鋭い。こうすれば将来どういう事が起るとかあるいは一村一国にこういう関係が起ろうなどということは夢にも思わない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
欲をかわくな齷齪あくせくするなと常々妾にさとされた自分の言葉に対しても恥かしゅうはおもわれぬか、どうぞ柔順すなおに親方様の御異見について下さりませ、天にそびゆる生雲塔しょううんとうは誰々二人で作ったと
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
半日に一枚の浴衣ゆかたを縫いあげるのはさして苦でもなかったらしいが、創作の気分のみなぎってくるおりでも、米の代、小遣こづかい銭のために齷齪あくせくと針をはこばなくてはならなかったことを想像すると
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)