ひれ)” の例文
「来てよ、鯨狼がとび出ちゃったよオ」と、おのぶサンがあわててどなる間に、ひれでヨチヨチとゆきながら大分な距離になっている。
人外魔境:08 遊魂境 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
カイヅのひれ打ち、強い横馳けなどといふものは、一寸ちょっと文字では表現しにくい、実際にその人の感覚に訴へないでは肯けるものではない。
釣心魚心 (新字旧仮名) / 佐藤惣之助(著)
しかも、もりで撃った生々しい裂傷さききずの、肉のはぜて、真向まっこうあごひれの下から、たらたらと流るる鮮血なまちが、雨路あまみちに滴って、草に赤い。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ゆたかにまろらかな立唄たてうたの声と、両花道からしずしずとひれをふりながらあらわれる踊り子の緋鯉ひごいの列と……とりわけあざやかに幻に残ってるのは
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
そしてもとの群れに帰ろうとして水に抵抗して溯るときの魚の努力は、ぴたりとひれをつけて棒のように突張った体の動作から窺われる。
渓三題 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
ちょっとかれいを——縦におこして泳がせたような恰好かっこうだ。それに、その胴体と殆ど同じ位の大きさの三角帆のようなひれ如何いかにも見事だ。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
魚は尾やひれを震わせながら、死んでしまう。俊寛は、その二十貫を越える大魚の腹に足をかけながら、初めて会心の微笑をもらす。
俊寛 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
おのずから家代々のひれを一人の身につけて、金使いも覚え、汽車が開通したときは、米を運ぶより頻繁に白足袋をはいた順平が
猫車 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
お前の見る外界は、お前がひれを動かして前へ進むときには、同じように前へ進み、お前が脊後へ退くときには、同じように背後へ退いた。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
水底の岩の間に、ひれを休めている魚たち、うぐいやあゆや、山女魚やまめなど、六七寸もあるのを、びっくりするほど巧みに掴んで来る。
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
なみ/\といれた水の面へ、かあいらしい金めだかが、四つ頭をならべて、せわしそうにひれをうごかしながら、光りを吸おうとしています。
金めだか (新字新仮名) / 小川未明(著)
曳網を引き廻している最中に、舟から遠からぬ場所に、大きな魚が、長くて黒いひれを僅か水面に出して、さっと過ぎて行った。
「あたいだっていまに尾もひれも、擦り切れちゃって、おしまいには、眼ん眼も見えなくなるでしょうね、それでも、生きていられるかしら。」
蜜のあわれ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その老人が樺炬火かんばたいまつをかざして、その握り方で光力を加減しながら、川の上に半身を乗りだすような身構えで、ひれや尾を水から上に出しながら
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
水はかなりはげしく流れているのに、小さな魚は流れにさからって、間断なくひれをうごかしながら、ほとんど停止している。すこしずつ、進む。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
とりわけ、きょうは陽ざしが熱く、湖のおもてはガラスのようにきらめいて、深い水底みずそこでときどきキラリと魚のひれが光った。
キャラコさん:03 蘆と木笛 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
へさきはうんと長く前へつきだしていて、蛇の腹のようである。ふとい胴中は、鼠のようにふくれ、背中と両脇とに、三角形の大きなひれがついている。
太平洋魔城 (新字新仮名) / 海野十三(著)
町木戸まちきど大番屋おおばんや召捕めしとられた売女の窮命されている有様が尾にひれ添えていかにもむごたらしく言伝えられている最中さいちゅうである。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
燕の巣、さめひれした卵、いぶした鯉、豚の丸煮、海参なまこあつもの、——料理はいくら数へても、到底数へ尽されなかつた。
南京の基督 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
二歳の田舎武士にすこしひれがついて世間へ泳ぎ出した程度にしか見えない武蔵に対して、はらからかぶとを脱いではいない。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ひれの動くのさええらのひらくのさえ見える。この水の上に、小さな虫が落ちると、今まで下の方ですましていた奴が、いきなり上を向いて突進してくる。
山と雪の日記 (新字新仮名) / 板倉勝宣(著)
するとその無数の群衆は海底に沈もうとしておのおのが違ったすがたにひれを振り尾を振り一つの声にくりかえした。
魚と蠅の祝日 (新字新仮名) / フィオナ・マクラウド(著)
手に持った鉄鎚てっついで打ち落し、雨晴れてこれを見るに長四尺ばかりの蛇、左右の脇に肉翅を生じてその長四、五寸ばかり、飛魚のひれのようだったと載す。
なかなか手におえぬところに次の機会が期待される。車やんまというのは虎やんまに似ていたが尾の先に車の半輪のような格好をしたひれがついている。
その他なんといっても天然産のものは二、三寸のものにして、すでに、海から十何里急流を登って来ているものであるから、ひれの発達がちがって大きい。
若鮎の塩焼き (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
一気に、子鯨のつながれてあるところへのして来た親鯨はひれでもってハッタとその綱を打ちきってしまった。
大菩薩峠:28 Oceanの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
私は、ひれ一枚の動きすら見逃さない老博士の観察の精細さと、尽きることをしらない深遠な知識、さらにその独自な理論展開のあざやかさに、心から感嘆した。
博士の目 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
彼女も無論それを意識してやっているので、わざとその足をひれのようにくねくねさせながら、時々探りを入れるように、私の眼つきにそっと注意を配りました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
姫鱒——軽井沢上水の、清冽な流れのなかで、嬋娟すんなりと、ひれや尾を研いでゐる。ときどき流されたふりをして、また元の位置へ戻る。ひどく億劫がり屋の、姫御前。
独楽 (新字旧仮名) / 高祖保(著)
朦朧とした写真の乾板かんぱん色の意識の板面に、真佐子の白い顔が大きく煙る眼だけをつけてぽっかり現れたり、金魚のひれだけが嬌艶きょうえんな黒斑を振り乱して宙に舞ったり
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
私はいつか映画でオットセイの群棲ぐんせいを見たことがある。ひれのような手足でバタバタはねる恰好かっこうや、病牛の遠吠とおぼえのような声を思い出すうちに本当に嘔吐おうとをもよおして来た。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
出来のよいことと産額の多いこととではこれらの町のが全国第一でありましょう。眼でもうろこでもひれでも皆手描てがきでありまして、割筆わりふでの用い方など妙を得たものであります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
天使魚エンゼルフィッシュという長いひれをつけた美しい魚がある、これは他の魚に比べて大きいので容器が狭すぎて窮屈そうで気の毒である。とらわれた天使は悲しそうにじっとして動かない。
柿の種 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
大きな島がにわかに沖にいくつも出来たみたいで、これは、おきなの背中やひれが少しずつ見えたのでして、全体の大きさは、とてもとても、そんなもんじゃありやしねえ。
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
またそのガスの中から光を慕って蝟集いしゅうするおびただしい渡り鳥の大群などによって、偶然にも作られた明暗であり、それがまた尾をつけひれをつけて疑心暗鬼を生むのであろう
灯台鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
人もそれと同様に、やはり自分の羽で飛び、自分のひれまたはあしで水をいて、行きたい方角に進み、こいつは行けないと思えば、ともかくも引き返しまたは転回しようとする。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と云って両手をひれのように動かしながら反り身になって氏の背後からいて行って、氏が振返ると逃げて来た。現教授佐藤文次郎君などもその真似上手の一人であったという。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
ひれ一つ動かすときは、おそらく、水紋が一つ描かれ、水楊みずやなぎの葉が一枚散り、谷の中には大入道のような雲がぬうっと立ち昇って、私たちを包んで、白くしてしまうときであろう。
白峰山脈縦断記 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
話しますを聞いた奴は、すぐにそれを泥坊だと云い伝え、又それから聞いた奴は尾にひれをつけて、れは大泥坊で手下が三百人もあるなどと云うと、それから探索掛たんさくがゝりの耳になって
その途端に、ひれで撲たれたのか、尾で殴られたのか、大原は脾腹を強く打たれて、ほとんど気が遠くなるかと思う間に、魚は素早く水をくぐって藻の深いなかへ姿を隠してしまった。
鐘ヶ淵 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「ただの、細長い、魚のひれのようなものでな、ま、こんな、こちこちの乾物ひものじゃ。」
相変らず、小さな凄い目で、こちらを睨んでゐるつきりです。けれども、よく/\見てゐると、その大きなひれがほんのわづかづつ動いて、猛悪な魚の形はだん/\明瞭になつて来ます。
動く海底 (新字旧仮名) / 宮原晃一郎(著)
ひれと尻尾とは薄い金の板となり、フォークで突ついたあとまでついていて、上手に揚がった魚の、こまかい、つぶつぶした外観までが、すべてそっくりそのまま金で出来ているのでした。
アシカのひれや、獣の前足などはすべて同じ骨骼こっかくをもっていることを示し、ただ空中を飛んだり、水中を泳いだり、地面を歩いたりすることにより形がちがって来るのだと説いたのでした。
チャールズ・ダーウィン (新字新仮名) / 石原純(著)
何處いづこ野山のやま如何いかにひろく、それうみにはのつけやうもなき大魚たいぎよありて、ひれうごかせばなみのあがること幾千丈いくせんぢやうれがまたとりしてと、めづらしきことあやしきこととりとめなくつまらなきことを
暁月夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
それでも仕方なしに草鞋わらじの裏を着けるとぴちゃりと云うが早いか、水際から、魚のひれのような波が立つ。その片側がカンテラの灯できらきらと光るかと思うと、すぐ落ちついてもとに帰る。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ごろりと仰向きに臥ているおす、右の前ひれで、はたりはたりと煽いでいるもの
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
頭は西洋かぶとのような形をし、胸及び腹のひれは、赤児の腕の先に羽がついたような怪異な恰好かっこうになっている。更に著しい特徴は、脊柱せきちゅうがずっと尾鰭おびれの真中をつき抜けて伸び出ていることである。
二行に分けたびっくりという字を入れた赤いネオンを掲げ、片方の「大善」は、その二重丸の方へ泳いで行く恰好の、ひれのヤケに大きい、赤い線画のまぐろのネオンを掲げ、上に大善と青いネオン
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
湯気を立てて、とろりとしているふかひれが、無表情なボーイの捧げている皿の上で跳ね上ったまま、薄暗い糞壺モードを廻って運ばれて来た。参木は立ち上ると、欄干をつかんで下の通りを見降ろした。
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)