鬱憤うっぷん)” の例文
「いけませんよ、とど助さん。空ッ腹の鬱憤うっぷんばらしにあんな恐い声を出しちゃ、とても商売にはなりません、やめてもらいましょう」
夫人は、心の中に抑えに抑えていた女性としての平生の鬱憤うっぷんを、一時に晴してしまうように、烈しくほとばしる火花のようにしゃべり続けた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「いえ、羅刹谷へは、しょせん手が出せませぬ。それに代るべつな女性を、小松谷から奪って、ご鬱憤うっぷんに供えたいと存じますので」
私本太平記:05 世の辻の帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「これは弱った。有閑階級に対する鬱憤うっぷん積怨せきえんというやつだ。なんとか事態をまるくおさめる工夫は無いものか。これは、どうも意外の風雲。」
黄村先生言行録 (新字新仮名) / 太宰治(著)
母や女房への不平がたまって、その鬱憤うっぷんり場がなくなって来るに従い、いつか再び強いあこがれが頭をもたげて、抑えきれなくなったのであった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
至極結構なれども、実はその気焔きえんの一半は、昨夜うちにてさんざんに高利貸アイスクリームいたまいし鬱憤うっぷんと聞いて知れば、ありがた味も半ば減ずるわけなり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
その悲哀や鬱憤うっぷんまじる濃厚な切実な愛情で、逸作とかの女はたった一人の息子を愛して愛して、愛し抜く。これが二人の共同作業となってしまった。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
「清次郎は思うことが言えなかったんです。恐らく三十年間の鬱憤うっぷんが頭の中に溜っているんでしょう。あの繰りごとは皆死んで行く人間の声ですよ」
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
で、居間に入って、ひとりでチビリチビリとやり出した時に、ようやく鬱憤うっぷんが、酒杯の中へ燦爛さんらんと散り、あらゆる貪著どんじゃくがこの酒杯にかぶりつきました。
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「ねえ、先生から申し上げて、あいつを、ぐんぐん責めておやりなさいよ——あたしもその時には、見せていただいて、鬱憤うっぷんが晴らしたいものです——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
あの雨の夜、左膳が片思いの相手をつれだして源十郎のこがれるお艶と、栄三郎を仲に醜い角突き合いを演じさせ、ひそかに鬱憤うっぷんをはらそうとしたものの
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかし個人の鬱憤うっぷんのため、一時にもせよ、原稿のネタを仕入れるべき地元じもと英国を去ったことは、はなはだよくなかったと気がついたので、ついに再び英国入りを決し
沈没男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
二人は狩に出て鬱憤うっぷんを晴し、退屈を凌いだ。兎の趾跡は、次第に少くなった。二人が靴で踏み荒した雪の上へ新しい雪は地ならしをしたように平らかに降った。
雪のシベリア (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
プロレタリア作家には、広告を相手に鬱憤うっぷんを洩らすよりも、もっと重大な仕事があるのではなかろうか。
珠運しゅうん命の有らん限りは及ばぬ力の及ぶケを尽してせめては我がすきの心に満足さすべく、かつ石膏せっこう細工の鼻高き唐人とうじんめに下目しためで見られし鬱憤うっぷんの幾分をらすべしと
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それは一つは、彼女の身分が男の方とは違って、名門であり富有であったから、一種妙な、日頃の鬱憤うっぷんをはらしたような、不思議な反感と侮蔑をもって、嘲弄的だった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
その顔の色で万策の尽きたことを知ったものか、伝六がそばから伝六なみの鬱憤うっぷんを漏らしました。
一面からしおれている児太郎にたいする日頃の鬱憤うっぷんがいくらかずつ晴れてゆくのを快よく感じた。
お小姓児太郎 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
婦人おんなの意地と、はりとのために、勉めて忍びし鬱憤うっぷんの、幾十倍のいきおいをもって今満身の血をあぶるにぞ、おもては蒼ざめくれないの唇白歯しらはにくいしばりて、ほとんどその身を忘るる折から
琵琶伝 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あたら非凡な構想を胸に抱きながら、荏苒じんぜんとして日を送り、怏々おうおうとして楽しまなかったのであるが、遂に一日あるきっかけから、日頃の鬱憤うっぷんを晴らすことが出来たのである。
メフィスト (新字新仮名) / 小山清(著)
庸三はこの場合博士の前で、莫迦ばかげた道化師にされた鬱憤うっぷんを、それでいくらか晴らしたような気もしたが、記者につづいて、博士が辞して行ったあと、一層憤りが募って来た。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
たッたことではございますが、わたくしはそれをきいてこころから難有ありがたいとおもいました。わたくしむねつもつもれる多年たねん鬱憤うっぷんもドウやらその御一言ごいちごんできれいにあらられたようにおもいました。
それのみならず葉子には自分の鬱憤うっぷんをもらすための対象がぜひ一つ必要になって来た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そこで鬱憤うっぷんもあるところへ、再び女房がワッと泣きこんできたから、大いに同情し、行くところがないから泊めて、と言うが、すねカジリの大学生では両親の手前も女は泊められない
オモチャ箱 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
その鬱憤うっぷんをここに洩らすわけではないが、十番の大通りはひどく路の悪い所である。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
小伝馬町の三州屋さんしゅうやの階上で、荷風、有明両氏をはじめ私たち「パンの会」の一連が集って盛んに鬱憤うっぷんを晴らしていると、その席へ有島生馬ありしまいくま君の携えて来たのが『白樺』の創刊号であった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そこでこの土地にいる間は、近在近郷へ出かけて行って、鬱憤うっぷんばらしの乱暴をやったり今度のように他国へ走って、羽根をのして一月でも二月でも、遊びほうけて帰らなかったりするのさ。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
兵士らは退屈でたまらないので、百姓らに向かってその鬱憤うっぷんを晴らしていた。百姓らを無遠慮に嘲笑し、ひどくいじめつけ、その娘らにたいしては、征服地におけると同様の振舞いをしていた。
小僧は鬱憤うっぷんのあまり刀をもって寺の本尊なる木製の仏像を切ったところが、仏像の眼に涙が出たとの噂が広まって、そのため日々数千人の参詣者があって、寺は大繁昌であるとの記事があったが
教育と迷信 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
彼らはイエス様から、その虚偽と偽善とを民衆の前でこっぴどく糾弾きゅうだんせられた鬱憤うっぷんをば、こうした卑劣な方法で晴らしたのです。悪人に憎まれることは、その人が義しき人であることの証拠です。
お政はまた人の幸福しあわせをいいだして羨やむので、お勢はもはや勘弁がならず、胸に積る昼間からの鬱憤うっぷんを一時にはらそうという意気込で、言葉鋭く云いまくッてみると、母の方にも存外な道理が有ッて
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
たとえば我が王朝の歌人在原業平ありわらのなりひらは、日本無比な情熱的な恋愛詩人で、かつ藤原氏の専横に鬱憤うっぷんしつつ、常に燃ゆる反感をいだいていた志士であり、あたかも独逸ドイツの詩人ハイネに比すべき人であったが
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
ひそかに鬱憤うっぷんを晴らせし由、包まず白状に及びたるにぞ。
おばけの正体 (新字新仮名) / 井上円了(著)
村田は、一寸鬱憤うっぷんをはらして
睡魔 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
やり場のない鬱憤うっぷんも、気のゆるせる内輪うちわの家臣を前に、酒気を加えて洩れ始めると、口ぎたない悪罵あくばにまでなって、止まるなき有様だ。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、井谷はいくらか自分自身の鬱憤うっぷんを丹生夫人にたくしてらす気味もあって、相当手厳しい口吻こうふんであったが、何と云われても幸子は返す言葉もなかった。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
さればこそ、寝入りながら、「つまらねえなあ」と嘆息したのも、この監視つきに対してのやる瀬なき鬱憤うっぷんを漏らしたものと見れば、見られないこともないのです。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
合弟子の、山河内やまこうちという華族の娘のせなを、団扇うちわあおがせた。婦人おんなじゃ不可いけない! その鬱憤うっぷんを、なり替って晴そうという、愛吉の火に油をそそいで、大の字なりに寝込ませた。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
病院の門を出ると、こらえこらえた鬱憤うっぷんをアスファルトの路面にたたきつけた月田半平つきだはんぺいだった。
幸運の黒子 (新字新仮名) / 海野十三(著)
兎角とかくのふるまいをもとより快からず思って、両人力をあわせ一勝負して亡師の鬱憤うっぷんをはらそうとはかり、ついに北条家の検使を受け、江戸両国橋で小熊と兎角立ち会い、小熊
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あまりにも口汚く罵倒ばとうせられ、さすがに口惜しく、その鬱憤うっぷんが恋人のほうに向き、その翌日、おかみが僕の社におどおど訪ねて来たのを冷たくあしらい、前夜の屈辱を洗いざらい
女類 (新字新仮名) / 太宰治(著)
みくしゃにでもしてしまわなければ鬱憤うっぷんが晴れないように、ヒステリックにってかかられる場合には、その二つの腕を抑えて、じりじり壁に押しつけるくらいのことは仕方がなかったし
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
酒と女のちまたへ、やりどころのない我儘わがままと、頭のめぐらしようのない鬱憤うっぷんを、放埒ほうらつな心に育てて派手な場処へと、豪華を競いにいったが、家にかえれば道徳の人情責めと、いわゆる世間の義理とが
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「晩にはまた、坂本へ抜け出して、鬱憤うっぷんを晴らせ」まきかついで、人々は立ち上がった。いつもの薪よりは重い気がするのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
仕方がないとは思ったけれども、多年の鬱憤うっぷんと苦心とを、こんなに露骨に冷笑されてしまったのは初めてのことでありました。それだから、その心中は決して平らかではありません。
大菩薩峠:15 慢心和尚の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「それは貴殿の無学のせいだ。」と日頃の百右衛門の思い上った横着振りに対する鬱憤うっぷんもあり、みつくような口調で言って、「とかく生半可なまはんか物識ものしりに限って世に不思議なし、化物なし、 ...
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「仲のいいところを見せつけられたから、いささ鬱憤うっぷんを晴らしに来たのさ」
蓼喰う虫 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
敗軍まけいくさ鬱憤うっぷんばらしに、そのくらいな事は言っても可いのね。」
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鬱憤うっぷんが爆発してしまった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「この男です。この男が足下のことをあまり讒言するので、つい口に乗ったわけで——。どうかこれをもって、鬱憤うっぷんをなぐさめてくれ給え」
三国志:03 群星の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)