驢馬ろば)” の例文
さうしてその紀行文を書いてゐる時の氏は、自由で、快活で、正直で、如何にも青いくさを得た驢馬ろばのやうに、純真無垢な所があつた。
あの頃の自分の事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
ところどころにあるステーションだけにはさすがに樹木の緑があって木陰には牛や驢馬ろばがあまり熱帯らしくない顔をして遊んでいた。
旅日記から (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
市街から離れた田舎道を、なお、山奥へ、樹々が枯色をした深い淋しい林へ、耳の長い驢馬ろばに引かれた長い葬式の列が通っていた。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
何の為に酔狂にも驢馬ろばなんか連れて、南仏蘭西フランスの山の中をうろつかねばならぬか? 何の為に、良家の息子が、よれよれの襟飾ネクタイをつけ
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
さらに下のほうでは、ぱらったキャベツが、驢馬ろばの耳を打ち振り、上気のぼせたねぎが、互いに鉢合せをして、種でふくらんだ丸い実を砕く。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「三の男の物なら、おれのものは、驢馬ろばほどなものはある。どんな商売おんなだろうが、嫌泣いやなきにでも泣き往生させずにはおかないよ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼女がこう言った刹那せつな、その馬は荷を積んだ驢馬ろばを避けようとしたはずみに、ちょうどこっちへ進行して来た人力車と真向かいになった。
驢馬ろばも使えない山野を踏破してやって来たんだ……おい伍長、俺達は茶館で飲んでいるばかりじゃないぞ……学生だって困っているんだ。
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)
それは驢馬ろばのような物で、黒い毛が生えていました。しかも手足は人間のようで、大地に坐ってかの猴を食っているのでした。
まっすぐなほこりっぽいあらわな古い大道の上を、またに毛皮をつけた山羊足やぎあしの牧人たちが、低い驢馬ろばや子驢馬の列を引き連れて黙々と歩いていた。
驢馬ろばに至るまであざやかに浮かびでしが、たちまちみな霧に包まれて消え、夢に見し春の流れの岸に立つ気高けだか少女おとめ現われぬ。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
罵詈ばりもまた奨励の一手段 として畜生、豚、乞食、餓鬼がき驢馬ろば、親の肉喰犬にくくらいいぬというような荒々しい罵詈ばりの言をはなってその子供を教育する。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
何という自分は驢馬ろばだろう。すぐびっくりする。途方にくれる。いきなり悪かったと思う。何という驢馬だろう‼ 自分に腹立たしく思った。
驢馬ろばをすてても、やはりまたおもしろかった。彼らは船でセーヌ河を渡り、パッシーから歩いてエトアール市門まで行った。
のかはり、昨日きのふ下百姓したびやくしやうからをさめました、玄麥くろむぎ五斗ごとござんしたね、驢馬ろば病氣びやうきをしてます、代驢磨麺贖罪ろにかはつてめんをましつみをあがなはしめん」とふ。
麦搗 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ちょうどその頃、先輩の玄洋社連が、大院君を遣付やっつけるべく、烏帽子えぼし直垂ひたたれ驢馬ろばに乗って、京城に乗込んでいるんだぜ。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(そのなかで三人までは驢馬ろばや女と同じやうに選挙権をつてゐない。そしてあとの二三人は釘と同じやうに誰を選挙していゝかを知らない連中だ。)
廣介の声にふと見ると、森の入口の一本の杉の木の根許ねもとに、誰が乗り捨てたのか、毛並艶けなみつややかな二匹の驢馬ろばがつながれて、しきりに草を噛んでいます。
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこで彼は、王様や人々に別れを告げ、多くの旅費を用意して驢馬ろばに乗って、魔法使いを探しに出かけました。
魔法探し (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
地上には無数の長靴と空間には驢馬ろばひしめいていた。新らしく創設された図書館の書棚はプロレタリアの童話とマルクス学の書簡によって占められていた。
恋の一杯売 (新字新仮名) / 吉行エイスケ(著)
丹頂たんちょうつる、たえず鼻を巻く大きな象、遠い国から来たカンガルウ、駱駝らくだだの驢馬ろばだの鹿だの羊だのがべつだん珍らしくもなく歩いて行くかれの眼にうつった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一匹の老いぼれた驢馬ろばを道ばたで見つけて、微笑してそれに打ち乗り、これこそは、「シオンの娘よ、おそるな、視よ、なんじの王は驢馬ろばの子に乗りて来り給う」
駈込み訴え (新字新仮名) / 太宰治(著)
でもそれは初年兵の時だけで、だんだんコケが生えて来ると、驢馬ろばを一頭どこからか持って来て、その背中に袋を振分けにして、薬品を運ばせるようになった。
狂い凧 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
それはキリストの心に重傷いたでを負わせる者だからである。——ここに磨臼と言われたものは、女が手でひく小さい磨臼ではなく、驢馬ろばにひかせる大きな磨臼です。
どんなもんだい? おい驢馬ろば、おぬしゃなかなか理屈こきだな! イワン、こいつはおおかたどこかのエズイタ派のところにいたんだぜ、おい、悪臭い異教徒スメルジャーシイ・エズイタ
そして話はその娯楽場の驢馬ろばの話になりました。それは子供を乗せてさくを回る驢馬で、よく馴れていて、子供が乗るとひとりで一周して帰って来るのだといいます。
橡の花 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
鼻は見あたらず、その代りに絵にかいてある蛸の口吻こうふんそっくりの尖ったものがあごの上につき出ているのだった。その上に顔の両側に驢馬ろばの耳によく似た耳がついていた。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
学校は村の中程にあって、藁葺の屋根をもった平家ひらやだった。教室の一方、腰高障子こしだかしょうじをあけると二、三枚の畑をへだてて市場の人だかりや、驢馬ろばや、牛や、豚などが見えた。
そのなかには太陽の光を模様にしたやうな図案などもあつた。五月十八日の日曜も同じやうに市が立つた。盛な人出で驢馬ろばに児童を乗せるところなどは一ぱいになつてゐた。
イーサル川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
でケティは、もとサーカスの支那驢馬ろば乗りでした。そして白痴なもんで虐待ぎゃくたいをうけていた。すると、その金髪碧眼へきがんに蒙古的な顔という、奇妙な対照が僕の目をひいたのです。
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それはいが、先生自分でむちを持って、ひゅあひゅあしょあしょあとかなんとか云って、ぬかるみ道を前進しようとしたところが、騾馬らばやら、驢馬ろばやら、ちっぽけな牛やらが
鼠坂 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
二人は駱駝らくだのうしろに馬、馬のあとには犬、それから羊、驢馬ろば、牛、獅子、象、熊、羚羊かもしかその他いろんなものをみんな長い行列に仕あげて、それを箱船までとどかしてしまふと
「わたしだれでもないわ。一緒いっしょむこうへ行ってあそびましょう。あなた驢馬ろばっていて。」
種山ヶ原 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
からすきつね問答もんどう驢馬ろばと小犬の問答、雄鶏おんどり雌鶏めんどりの問答などをのこらず知っています。動物どうぶつむかしは口をきいたということをひとからいても、ローズ・ブノワさんはちっともおどろきません。
母の話 (新字新仮名) / アナトール・フランス(著)
「こいつ飛んでもない驢馬ろばになってしまったんで……」と厭世えんせい的な面持を浮べた。
ゼーロン (新字新仮名) / 牧野信一(著)
「この山河大地みな仏性海ぶっしょうかいなり。」山河大地はそのままに「仏性海のかたち」なのである。山河を見るはすなわち仏性を見るのであり、仏性を見るとは驢馬ろばあご、馬の口を見ることである。
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
拙い顔をしている。「驢馬ろば肖像しょうぞう」は耳け人並で全く驢馬がフロックコートを着たようだ。「何という口だろう」君は口が馬鹿におおきい。「珍世界」というのは荒刻あらぼりの仁王のように怖い顔だ。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
昔しだって今だって変りがあるものか。驢馬ろばが銀のどんぶりから無花果いちじゅくを食うのを
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鍛冶屋かじやつちをおき、八百屋の小僧は驢馬ろばをつなぎ、政治家と軍人は盛装し、女房と娘は「牛の光栄」のため古めかしくいでたって、みんなが同じ赤と黄の華やかさにはしゃぎ切って急いでいる。
車挽きて驢馬ろばと行くしづかなる夕かげの野に我も在るなり
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
小崗子せうかうし驢馬ろばに引かれて現れし荷車の外清きもの無し
生員の驢馬ろばが、綱をきってあばれ出したんだ。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
驢馬ろばともなりては、主を乗せまつりし昔思ひ
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
上下にいる驢馬ろばの一群を見るがよい。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
じつと立つたる驢馬ろばの影。
巴里の旅窓より (旧字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
これをの「モロッコ」の冒頭に出て来るアラビア人と驢馬ろばのシーンに比べるとおもしろい。後者のほうがよほどあかが取れた感じがする。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「これですか? これは驢馬ろばの脳髄ですよ。ええ、一度乾燥させてから、ざっと粉末にしただけのものです。時価は一とん二三銭ですがね。」
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
するとついに、父親は声をとがらしてまた怒鳴る、「この驢馬ろばめ、まだ黙らないのか! 待ってろ、耳を引張ってやるぞ!」
彼女と島崎との対照は、ちょうどすねの長いアフリカ種の馬のそばに驢馬ろばが寄り添ったようであるけれど、彼女は、十分な満足を感じ得ている。
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にんじん——(カクシの裏を引き出し、驢馬ろばの耳みたいにれた袋を見つめている)——ああ、そうか。返してよ、かあさん。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)