だま)” の例文
世にも稀な大悪人、天下をだまし取ろうとした大かたり、こんな恐ろしい名が、きっとあの男に永く永くつきまとうに違いございませぬ。
殺された天一坊 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
そこで兵太郎のことというと夢中になる娘のお輝をだました。——お輝は一寸見ちょっとみ幼々ういういしく、いかにも子供らしいが、もう立派な娘だ。
彼をだますためには、かなり骨が折れる。で、もしこっちが返答しなければならないという段にでもなれば、それこそ万事休すである。
おめえは徳行とくぎょうにふじという女がいる、その女はおめえの子を産んだ、とおさいは叫んだ。この恥知らず、よくもおんだらをだましたな。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もっともその娘は、ある女のように坊主だまして還俗げんぞくさせてコケラのすしでも売らしたいというような悪い考えでもなかったでしょう。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
また、あの血の冷たい人間が、どうして、おまえなぞを、わが子と思ったりするもんかね! ……お燕、おまえはだまされているんだよ。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
隅「だからさ疑る心が無ければ、一角さんは何処どこにいると云ったっていじゃないか、どうしてだまして金を取るのか、それをお云いよ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「なあ。くよくよしなさんな。だまされたのは僕たちの不運だが、刑事の方にその方はお任せしてあるから、どうにかなるだろう」
ボロ家の春秋 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
一生だまされていたなどと大変なことを言って嘆いていらっしゃるが、誰がどういう風にだましていたのだか一向わけが分らない。
勉強記 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
それを私は、道を間違えて、その辺で東南にくだるところを、景色のいい回りの山にだまされて西南の方角へ踏み入っていたのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
おれが運命というものが分らないでいると思うのかい。今ちょっと工合ぐあいくなったからといって、己がそれにだまされていると思うのかい。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
だますくせがあると云ひました。私は、ローウッド中の人にあなたがどんな人であるか、私にどんなことをしたか教へてやります。
ふむ——変どすなあ……そやけどお園さんは、ええようにいうてお客さんをだましてお金を取るような悪い知恵のまわる人やない。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
貴女が可厭いやだつたらすぐに帰りますよ、ねえ。それはなかなか好い景色だから、まあ私にだまされたと思つて来て御覧なさいな、ねえ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
船長はポーチにいて、用心深くだまちをやられてもあたらぬところにいるようにしていた。彼は振り向いて私たちに言った。——
……お前は僕をだまそうとするんじゃないだろうね? 近づこうとするとすぐ消えてしまうあの忌々いまいましい幻影まぼろしではないんだろうね?
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
かれなにかにだまされたあとのやうに空洞からりとした周圍しうゐをぐるりと見廻みまはさないわけにはいかなかつた。かれ沿岸えんがん洪水後こうずゐじ變化へんくわ驚愕おどろきみはつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
筋の多いふかしいも、麦飯の結塊むすび、腹のいた時には、富家の子をだまして、銭を盗み出させて、二十銭の銅貨に駄菓子だがしを山ほど買って食った。
ネギ一束 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
何だか時間にだまされたような気がした。それが不安になってきた。私はその嫌な気持ちを追い払うために、ただ静子のことばかりを考えた。
未来の天才 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
主人が箱入りのコンパスを買ってるといって彼をだましたなり何時まで経っても買ってくれなかったのを非常に恨めしく思った事もあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まあ、それでよかった。もし、お祖母さんが、そんな役者にだまされでもしたら、綾子なんかはどうなっていたかも分らない」
ある恋の話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「あのお転婆てんば娘が!」と彼は考えた、「おれを馬鹿にしやがって! 彼奴あいつまでが、俺をだましやがった。二人こっそり芝居をうってたんだな。」
家庭料理は、いわば本当の料理の真心であって、料理屋の料理はこれを美化し、形式化したもので虚飾でだましているからだ。
料理芝居 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
「レオニード・グレゴリウィッチにもお気の毒だから、一先ずお帰り、——これこの通り、だましゃしない、半分だけ兎に角かえして置くから」
(新字新仮名) / 宮本百合子(著)
(同志の間に萩丸様が、まだ捕えられているようなら、同志や萩丸様に邂逅して、もう一度萩丸様をだましすかして、宥免状を書かせたらいい)
猫の蚤とり武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
ところが不幸にもその養子になった男がすこぶ放蕩無頼ほうとうぶらいの徒で、今まで老婆が虎の子の様な溜めておいた金を、何時いつしか老婆をだまだまし浪費して
暗夜の白髪 (新字新仮名) / 沼田一雅(著)
「あなたは、妖道士ようどうしだまされて、私をお疑いになっておりますが、それはあんまりじゃありませんか、真箇にあなたは、薄情じゃありませんか」
牡丹灯籠 牡丹灯記 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
「おまえさんも、もう十八だろ。ちゃんとしたお嫁さんになるまでは、誰にもだまされちゃならないことぐらい心得てるね」
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして楽器を手に取り直したと思ふと、やけに椅子の背に叩きつけた。楽器は女にだまされた男の心の臓のやうにこなこなになつて砕けてしまつた。
人にだまされて海鳥の羽毛をりに行ったのだったが、食料のためにいもえてみたけれども、たちまち鼠にい尽されて絶望したという話である。
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
と与えられているのに、トーキーで彼女が実際に喋った台辞の方は、「あらまそーお、マダム居ないの、だましたのね。外は寒いわ、正に。おお寒む」
獏鸚 (新字新仮名) / 海野十三(著)
俗にいう「足の音にだまされる」「風の音に騙される」等は、みなこれと同一理なり。しかしてこの理また、コックリの説明を与うることを得るなり。
妖怪玄談 (新字新仮名) / 井上円了(著)
あいつは名もない馬の骨だ、ゼロだ! シャボンのあわだ! おれはまんまとだまされたんだ……今こそわかった——きれいさっぱり騙されたんだ。……
嘘をついて、マンをだますつもりはすこしもないのに、結果においては、そういうことになっている。夫婦間の秘密とは、いったい、なんであろうか。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
お前はきりしたん伴天連にだまされて居るんではあんまいな。これを見さつしやい。お天道てんたうさまも、ほれから囲炉裏のおきも、同じに見えるのがどうか。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
そんなことでだれがだまされるものかと彼女は思った。これまで、工場のほうから夜業をするから帰れないという通知を受けたことは一度だってなかった。
猟奇の街 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
思想の価値は、表現方法を舞台とする巧妙なかけ引きと、だまし合いと、を経た後に、一つの契約として登場する。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
「それが間違って、飛騨の高山へ来てしまいましたのよ、悪いおさむらいにだまされて、さんざんからかわれた揚句に、この高山へ納められてしまいました」
大菩薩峠:31 勿来の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「世間は広いから一生だましても、騙し切れるものではない」と云って、商売をなさる方も少なくありません。
私の小売商道 (新字新仮名) / 相馬愛蔵(著)
それはだまされて飲むのではなく、インチキと承知の上のことで、だから泡盛のほんもの、うそなどということの舌での鑑定にかけては、商売人はだしである。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
なかなかのしっかりした人でだまそうとしても引き返さなければならない程の、愉快な手応えを見せていた。
蟹はおもむろに穴に入っておれの眷属が到る処充満しいるから鶴はそれを己一人とおもうてだまされる事と笑いいる、鶴が飛んでいる中何処どこへ往っても蟹の穴があるのを見て
賄代まかないだい抵当かたに着物があるじゃないか。このお方はお侍じゃ、貴様達をだま所存つもりではないように見受ける。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
初め剃刀かみそりいぢつてゐたのを看護婦がだまして取り上げたんやが、其の次ぎにまた匕首あひくちを弄つてたのを見付けたんで、取り上げて了ふと、それからあばれ出したんだすな。
天満宮 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
「男の方でだまさうとしてかゝるとどんなことでもするらしいから、油斷も隙もありやしないよ。」
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
「あれは、横浜ハマで、船乗マドロスたちにだまされたのだよ。もう、北洋へなぞ往かずに、うんと勉強するよ」
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
何故なぜ被言おッしゃりませ、ひいさまはまだとしがゆかッしゃらぬによって、だまさッしゃるやうであれば、ほんにそれはわるいこっちゃ、御婦人ごふじんだまさッしゃるは卑怯ひけふぢゃ、非道ひだうぢゃ。
かつ自分じぶん一人ひとり毬投まりなげをしてて、れとれをだましたといふので、自分じぶんみゝたゝかうとしたことを思出おもひだしました、それといふのもこの不思議ふしぎ子供こどもが、一人ひとりでありながら
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
お上さんの頭は霧が掛かったように、ぼうっとしているが、もしやだまされるのではあるまいかと云う猜疑さいぎだけはめている。それでも熱心に末造の顔を見て謹聴している。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
あたい達は屋根のない火車かしゃに乗って、山の天辺てっぺんや、谷底や、猿の沢山いる所を通って、随分遠くまでやって来たんだ……だまされたんだ……騙されたんだ……兄さん、口惜くやしい
雲南守備兵 (新字新仮名) / 木村荘十(著)