額縁がくぶち)” の例文
何かごとごと言わせて戸棚とだなを片づける音、画架や額縁がくぶちを荷造りする音、二階の部屋を歩き回る音なぞが、毎日のように私の頭の上でした。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
目はその間も額縁がくぶちに入れた机の上の玉葱たまねぎだの、繃帯ほうたいをした少女の顔だの、芋畑いもばたけの向うにつらなった監獄かんごくの壁だのを眺めながら。……
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
そこで、しずかに、持ちかえるをさがすと、蔦之助つたのすけの矢は見あたらないで、大鳥居の額縁がくぶちさっている加賀爪伝内かがづめでんないの矢が目にとまった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……土蔵の額縁がくぶち黒壁くろかべにもやはり同じことが書いてあったんだが、このほうは暗くて気がつかなかった。……おもんもなかなか抜け目がない。
顎十郎捕物帳:18 永代経 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
言はばそれらが緑の枠をつくつて居た。額縁がくぶちであつた。さうしてその額縁の空間のずつと底から、その丘は、程遠くの方に見えるのであつた。
絵画修復師ピクチュア・レストアラアという職業になっているが、額縁がくぶちの入れ換え修繕をしたり、絵の手入れや掃除をする、一種の骨董屋こっとうやの下廻りみたいなものであろう。
浴槽の花嫁 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
それでその押絵を立派なビイドロ張りの額縁がくぶちに納めて、その上から今一つ金網で包んだ丈夫なものにして、櫛田神社の絵馬堂に上げられました。
押絵の奇蹟 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
聞いて見ると一円と云うのに、少し首をひねったが、硝子ガラスも割れていないし、額縁がくぶちもたしかだから、爺さんに談判して、八十銭までに負けさせた。
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
窓枠まどわくを丁度いい額縁がくぶちにして、ねずみがかった背景の奥からくっきりとその白い顔の浮び出ているのが非常に美しく見えたので、私はおもわず眼を伏せた。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
よめ姿すがた彩色さいしきしては、前後左右ぜんごさいう額縁がくぶちのやうなかたちで、附添つきそつて、きざんでこしらへたものが、くものか、とみづから彫刻家てうこくかであるのをあざける了見れうけん
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
がらす砕け失せし鏡の、額縁がくぶちめきたるを拾いて、これを焼くは惜しき心地すというの丸顔、色黒けれど愛らし。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
余は奥書院おくしょいんの戸をあけた。西南を一目に見晴みはらす此処ここの座敷は、今雪の田園でんえん額縁がくぶちなしのにして見せて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それが明白に異なった様式をもって石垣と門とに対立したとき、石垣や門はいわば額縁がくぶちの中に入れられた。すなわちそれらは für sich になった。
(新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
そして何か探しているらしかったが、すると突然、裸体画のはいった大きな額縁がくぶちが、ぐうっと上にあがったと思うと、そのあとにぽっかりと四角い穴が開いた。
鞄らしくない鞄 (新字新仮名) / 海野十三(著)
仏壇にはあかりがついていて、はすの葉の上にそなえた団子だの、茄子なすや白瓜でつくった牛馬だの、真鍮しんちゅうの花立てにさしたみそ萩などが額縁がくぶちに入れた絵のように見える。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
叔父は書棚にぎっしりつまった洋書や和書を見廻わして、それから壁に懸っている二三の額縁がくぶちを見守った。その一つにダヴィンチの「最後の晩餐」の大きな模写があった。
恩人 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ちらりと磯吉を見て、マスノもやはりあとをいわずにとこを指した。そこにはハガキ型の小さな額縁がくぶちにいれた一本松の下の写真が、木彫きぼりの牛の置物おきものにもたせかけてあった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
何処どこの家で、今年は素晴らしい切り組みが出来たとうわさされるほどなので、なかなか手を尽して、横長角よこながかくな遠見を、深くせまくした、丁度舞台の額縁がくぶちの通りなのが、三面ある家も
二人の会話は真面目まじめな色合を帯びていた。無窮だの生だの死だのについて話していた。彼らの小さな熱情をはめこむには、あまりに大きすぎる額縁がくぶちだった。ミンナは自分の孤独を嘆いた。
控所ひかへじよは、かべおほきい額縁がくぶちはまつた聖像せいざうかゝつてゐて、おも燈明とうみようげてある。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
私は適度の距離から寺の門を見る眺望と共にまた近寄って扉の開かれた寺の門をそのままの額縁がくぶちにして境内をうかがい、あるいはまた進み入って境内よりその門外をかえりみる光景に一段の画趣を覚える。
小さな旗と大砲の図柄ずがらを下につけたのが、至って細い額縁がくぶちに入れてある。
額縁がくぶちの横幅約二尺八寸、縦幅一尺八寸はあろうと思われる。
竹模様に縁取られた額縁がくぶち舞台。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
彼方河岸の窓の額縁がくぶち
原爆詩集 (新字新仮名) / 峠三吉(著)
往来に面した客間のすみには小さいピアノが一台あり、それからまた壁には額縁がくぶちへ入れたエッティングなどもかかっていました。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
かべに掛けたのばかりでも大小あはせると余程になる。額縁がくぶちけない下画したゑといふ様なものは、かさねていたはじが、くづれて、小口こぐちをしだらなくあらはした。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
京橋際に近いとある洋品店と額縁がくぶち屋の間に在る狭い横路地の前を通ると、その奥に何か在りそうな気がしたので、肩を横にして一町ばかり進入してみた。
冥土行進曲 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
同じように黒ずんだかべ、同じような窓枠まどわく、その古い額縁がくぶちの中にはいって来る同じような庭、同じような植込み
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ところが、かれのはなのさきへ、上から額縁がくぶちけて、ポーンと落ちてきたので、ひとみをこめて見なおすと、その灰色のかげが鳥ではないのがはじめてわかった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ほうりこまれた部屋の一方の壁がするすると上にあがって、そのむこうにあらわれたのは、ほこりの積った古風な実験室みたいな部屋であり、そこに一つ額縁がくぶちが曲ってかかっていたが
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
控所ひかえじょは、かべおおきい額縁がくぶちはまった聖像せいぞうかかっていて、おも灯明とうみょうげてある。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
此処から来路らいろを見かえると、額縁がくぶちめいた洞門どうもんしきられた宇治川の流れの断片が見える。金剛不動の梵山ほんざん趺座ふざして、下界流転るてんの消息は唯一片、洞門をひらめき過ぐる川水の影に見ると云う趣。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
薄暗いこちらの廊下ろうかにいると、出窓はこの家を背景にした、大きい一枚ののように見える。巌乗がんじょうかし窓枠まどわくが、ちょうど額縁がくぶちめたように見える。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼のへやは例のごとく絵だのスケッチだので鼻を突きそうであった。中には額縁がくぶちにもない裸のままを、ピンで壁の上へじかにり付けたのもあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
が、それらの事物は、或る一焦点を、あきらかにさせる巨大な額縁がくぶちとしてあるにすぎない。
私本太平記:12 湊川帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「また雨らしいな……」と溜息ためいきをつきながら私が雨戸を繰ろうとした途端に、その節穴ふしあなから明るい外光がれて来ながら、障子しょうじの上にくっきりした小さな楕円形だえんけい額縁がくぶちをつくり
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
しぶいつたの模様の壁紙、牧場の朝を画いてあるうつくしい油絵の大きな額縁がくぶち暖炉だんろの上の大理石の棚の上には、黄金の台の上に、奈良朝時代のものらしい木彫の観世音菩薩かんぜおんぼさつが立っている。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
これほど手垢てあかさえつかずにいたらば、このまま額縁がくぶちの中へ入れても——いや、手垢てあかばかりではない。何か大きい10の上に細かいインクの楽書らくがきもある。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
壁にかけたのばかりでも大小合わせるとよほどになる。額縁がくぶちをつけない下絵というようなものは、重ねて巻いたはしが、巻きくずれて、小口こぐちをしだらなくあらわした。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
上の額縁がくぶちさっている矢は、さいぜん、徳川家とくがわけ射手いて加賀爪伝内かがづめでんないがはなした遠矢とおやで、かれも徳川方とくがわがたのひとりである以上いじょう、とうぜんそのをぬいて、持ちかえるのがほんとなのだが
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
雪子学士の研究室の場合は、その隙間がなかったのだ。すなわち扉は外側から額縁がくぶちみたいな壁体によってぴしゃりと接し、扉の上下左右にはまっすぐな隙間ができないから駄目であると分った。
四次元漂流 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たとえどんなに平凡へいぼんなものでもいいから、これから私の暮らそうとしているようなこんな季節はずれの田舎の、人っ子ひとりいない、しかし花だらけの額縁がくぶちの中へすっぽりとまり込むような
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
男女なんにょの写真が何枚もそれぞれ額縁がくぶちにはいってかかっている。が、それ等の男女の顔もいつか老人に変ってしまう。
浅草公園:或シナリオ (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
壁に、額縁がくぶちが一つ、ひんまがって掛っているが、その中には、かんじんの絵がはいっていなかった。いや、はいっていないわけではない。そこにはいっていた油絵らしいものが、切りとってあった。
時計屋敷の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)