頓馬とんま)” の例文
元三はうーと悲鳴を上げて向きをかえ、てれ臭そうに大きな頓馬とんま笑いを上げた。どこかで稲妻が青く光り雷鳴がごろごろと地を圧した。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
「あれぁとても正直者なんだよ、あのトム・モーガンはね。ただ頓馬とんまなだけでね。ところで、」と彼は声高に再びしゃべり続けて
「けッ、頓馬とんまなやつッていうものは、しかたのねえもんだ。てめえの肩に乗せて、五里も十里も、歩いていながら、気がつかねえのか」
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、結局は、誰でも気がつきそうなものまで忘れた南のその頓馬とんまな失策が、却って逆に検査官の疑いを解いたらしかった。
旅愁 (新字新仮名) / 横光利一(著)
「ざまア見やがれ! やっぱりおいらのもんじゃアねえか。さらわれる小父ちゃんのほうが、頓馬とんまだよねえ、乞食のお侍さん」
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「なんという頓馬とんまだろう」と彼は云った、「このおれはなんという頓馬の、へぼ頭だろう、自分で自分を忘れているとはあきれはてたものだ」
日日平安 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ふと自分の内縁の女房にして居るラサ府の婦人を想い出して阿母さんの方を打棄うっちゃって置いてまた跡戻あともどりをして来たという頓馬とんまな兵隊なんです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
手と足で砂利の上を這うている頓馬とんまで其の癖素早い姿が、木彫か何かの古くさいもののように珍らしかったからである。
とかげ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
二人して僕のことを迂濶うかつな奴、頓馬とんまな奴、助平な奴などあざ笑っているのかも知れないと、僕は非常に不愉快を感じた。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
なんたる寂寥せきりょうぞ! 自分を愛し助言し慰めてくれる彼女がいなくなった今では、彼は頓馬とんまでお坊っちゃんのまま人生に投げ出されたのだった……。
「馬鹿にして居やがる。己は眠って居やしないのだぞ。睾丸を取られても知らずに居るような頓馬とんまでは無いのだぞ。」
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
まれていでくるわかどむかうふより番頭新造ばんとうしんぞのおつまちてはなしながらるをれば、まがひも大黒屋だいこくや美登利みどりなれどもまこと頓馬とんまひつるごと
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
地方人に蹂躙じゅうりんせられた、本来江戸児とは比較にもならない頓馬とんまな地方人などに、江戸を奪われたという敵愾心てきがいしんが、江戸ッ子の考えに瞑々めいめいうちにあったので
江戸か東京か (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
……現代二十億の人類はことごとく、諸君と同様の阿呆である。郵便局に自分の引越し先を尋ねに行く頓馬とんまである。電話口でこちらの番号を怒鳴る慌て者である。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
妖婆ようば按摩あんま頓馬とんまに至るまでを使用して国家有用の材にはんを及ぼしてかえりみざる以上は——猫にも覚悟がある。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お絹は頓馬とんまなたずね方をする御用聞もあるものだなと聞き流しながら、鋏を持って再び庭へ下りて来ると
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
我慢のならぬのは、家柄、門閥——薄のろであろうと、頓馬とんまであろうと、家柄がよく、門閥でさえあれば、吾々微禄者はその前で、土下座、頓首せにゃあならぬ。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
それに何んといふ手落ちな頓馬とんまなことであつたであらう、婚礼の晩の三三九度の儀式に私はわなわなふるへて三つ組の朱塗の大杯を台の上に置く時カチリと音をさせたが
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
鍛冶屋の清七という頓馬とんまが来て、道具番をやったり、下関の彦島から、「ノロ甚」という綽名の、将棋は馬鹿に強いが、さっぱり仕事の出来んおおとぼけが来たり、それから……」
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
頓馬とんまねえ、早くそう云えば何を置いても上ったのに、じゃあ是非これからお目にかかって来るって、あがりましたのよ、本当に田舎の人ったら、気が利きませんね、頭がないったら
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
彼等の仲間だけでは頓馬とんまを極上々と、きめていたところで致し方はないのである。
「畜生ッ、あいつの罠だ。馬鹿野郎。頓馬とんま。アア、俺は何という間抜けだ」
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私は自分の頓馬とんまを恥じた。海苔が無いとは知らなかった。おそるおそる
新郎 (新字新仮名) / 太宰治(著)
よほど頓馬とんま真似まねをしないかぎり、美味うまい料理のできるのが当然である。
味覚馬鹿 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
おれは、お前の肝ッ玉はこんなに小さいと指で丸を書いて見せただけなんだが、あの頓馬とんまのことだから、丸を書いたのを、御本丸のことなのだと早合点したのかも知れない。こいつア、大笑いだ
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
彼は頓馬とんまで、哀れで、笑止千万な奴ではあるが、それでも少くとも雀威すずめおどしの用には立つ。私には自分がなんによらず物の役に立とうなどとは思えなかった。私は自分を一本の焼木杙やけぼっくいだと思っていた。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
その横っ広い頭や、頓馬とんまな大きな眼や、二本のひげがよく見える。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
と云って来たが醍醐弦四郎は、自分が頓馬とんまに思われて来た。
生死卍巴 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
さればさの、頓馬とんまで間の抜けたというのはあのことかい。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どうも子供を無闇に馬鹿だの頓馬とんまだのと罵り、あるいはその記憶力の足らぬ事判断力の足らぬ事をば無碍むげいやしめてその自信力を奪うという教育法は
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「それともおめえ達、人相書にてらして、訴える気なら何も遠慮はいらねえぜ、おれはここで日向ぼッこをしているから、今出て行った頓馬とんまな役人に教えてやんねえ」
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
己れは来年から際物屋きわものやに成つてお金をこしらへるがね、それを持つて買ひに行くのだと頓馬とんまを現はすに、洒落しやらくさい事を言つてゐらあそうすればお前はきつと振られるよ。
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
彼の知的な古い民族の貴族性は、クリストフの、強健ではあるが鈍重で融通がきかず、自己分析ができず、他人からも自分からも欺かれてる精神の、頓馬とんまさ加減を笑っていた。
「言うもんかね。大丈夫言いはしないよ。そんな頓馬とんまなことを言ったらあべこべにお母さんに叱られるばかりだよ。ほらこっちを向いたろう。手紙を読みたくてしようがないんだよ。」
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
「何が、へ、へ、へ、だい、大きなずうたいをしやがって、頓馬とんまだねえ」
大菩薩峠:30 畜生谷の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そんなことを云われる柄じゃあねえ、おらあいまでも頓馬とんまでぐずで能なしなんだ、けれども」とさぶはきっと眼をあげて云った、「もし栄ちゃんの役に立つんなら、おらどんなことでもするよ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
ればさの、頓馬とんまけたといふのはのことかい。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
れは來年らいねんから際物屋きわものやつておかねをこしらへるがね、れをつてひにくのだと頓馬とんまあらはすに、洒落しやらくさいことつてらあうすればおまへはきつとられるよ。
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
と、頓馬とんまな声を出して、初めてうしろに気がつくと、笠を縁がわへ押ッぽり出し、紺合羽こんがっぱの片袖を撥ねて、きせるのがん首で無断に座敷の煙草盆たばこぼんを引きよせている自称じしょう珍客様。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そして世間では彼らのことをあまりよく言わない。彼らのひどい剛直さは、身体と魂との不治の頓馬とんまさ加減に由来することが多いけれども、世間ではそれを傲慢ごうまんゆえだとしている。
間拔まぬけのたかい大人おとなのやうなつらをして團子屋だんごや頓馬とんまが、かしらもあるものか尻尾しつぽ尻尾しつぽだ、ぶた尻尾しつぽだなんて惡口あくこうつたとさ、らあ其時そのとき束樣ぞくさまへねりんでたもんだから
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
クリストフがはいって来るのを見ると、その男は駆け寄ってきた。彼はクリストフの下手へたな言葉が少しもわからなかった。しかし一目見て、頓馬とんまな世慣れないドイツ人だと判断した。
その背なかへ、まだ先刻さっき頓馬とんまなスパイの眼がこびりついているのを感じながら——
かんかん虫は唄う (新字新仮名) / 吉川英治(著)
間抜に背のたかい大人のやうな面をしてゐる団子屋の頓馬とんまが、かしらもあるものか尻尾しつぽだ尻尾だ、豚の尻尾だなんて悪口あくこうを言つたとさ、己らあその時千束様せんぞくさまへねり込んでゐたもんだから
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
マンハイムも、その詩には常識が欠けてることや、ヘルムートが「頓馬とんま」であることは、容易に認めていた。しかし彼はヘルムートにたいしてなんらの不安もいだいてはいなかった。
婆は彼女の背を一つ叩いて「これからは、がな隙がな、可愛がっていただきなよ。……だけど、いくら頓馬とんま武大ぶだでも、勘づかれた日には事だからね。さ、今日はもう帰っておいで」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしこの不幸な娘は自分を欺こうとつとめた。自分の心をごまかそうとするのは、最もいけないことだとは気づかなかった。そしていつもの頓馬とんまさで、その後毎日同じことをやった。
あつと魂消たまげて逃入る襟がみを、つかんで引出す横町の一むれ、それ三五郎をたたき殺せ、正太を引出してやつてしまへ、弱虫にげるな、団子屋の頓馬とんまも唯は置かぬとうしほのやうに沸かへる騒ぎ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「この頓馬とんまが……」と自分の頭をたたきました。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし、頓馬とんまな生徒が二度も一つところを間違えたり、あるいは次の音楽会のために、無趣味な合唱を自分の級に教え込まなければならない場合には、自分の考えを隠すすべがなかった。