面持おももち)” の例文
中尉はハッとした面持おももちで、露子の顔を見た。露子もハッとしたが、武人の妻だ取乱しもせず奥にかけこんで、軍服の用意にかかった。
空襲警報 (新字新仮名) / 海野十三(著)
石舟斎はそう云うと、胸のいたむような面持おももちであったが、実はと——その夜まで公表されていなかった四男五郎右衛門の所在をうち明けた。
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じいやのほうでは一そうったもので、ただもううれしくてたまらぬとった面持おももちで、だまって私達わたくしたち様子ようすまもっているのでした。
ふくみ二下り讀では莞爾々々にこ/\彷彿さもうれなる面持おももちの樣子をとくと見留て長庵は心に點頭うなづきつゝやがて返書を請取千太郎よりも小遣こづかひとて金百ぴき
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二人の青年にひょっとすると、これは二百年位前のものかも知れないよというと、二人はに落ちぬという面持おももちをしていた。
土塊石片録 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
「火夫がお前の心に魅入ったらしいね」と、伯父はいって、意味ありげな面持おももちでカルルの頭越しに船長のほうを見やった。
火夫 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
然るに、その八ツ橋太夫が、どうしたことか浮かぬげな面持おももちで、明け放たれた窓べりにより添いながら、しきりに往来を見すかしているのです。
母の言葉を果してその通りに受け取ったかどうか、貞之助と幸子が何とか紛らそうとして別のことを話しかけても、浮かぬ面持おももちで生返事をして
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
「さうさね、巡査じゆんさだつて無闇むやみにどうかするといふこともないんだらうとおもふやうだがね」内儀かみさんは意外いぐわい面持おももちでいつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
その頃の岡倉先生宅は根岸ねぎしであった。夜分の来訪、何事かと岡倉さんは思ってお出でのような面持おももちで私を迎えました。
女はに落ちぬ不快の面持おももちで男の顔を見た。小野さんは「クレオパトラ」の行為に対して責任を持たねばならぬ。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
籐椅子とういすの三、四脚が取り囲んだ向うに、五十七、八とも思われる洋服のデップリとした紳士が、怪訝けげんそうな面持おももちでじっとこちらに、眼を留めているのです。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
名犬シャーロックは少しも騒がず、何かの予感に緊張の面持おももちで、主人恒川警部の両膝りょうひざのあいだにうずくまった。
人間豹 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
もっとも、そういう正直な所をさらけ出して見せたあとでは、必ず、直ぐに今の行為を後悔したような面持おももちで、又もとの冷笑的な表情にかえるのではあったが。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
花を手向たむけたい様な気もした。けれどその廻りを取巻いた人達は何も皆悄然として居るのではない。未来に燃える様な希望を持つ人らしい面持おももちが多いのであつた。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
次郎は今さらのように、くなった母さんをさがすかの面持おももちで、しきりに私たちの話に耳を傾けていた。
分配 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
醫師驚きたる面持おももちして、さてはかの謳者うたひては此人なりしか、公衆の稱歎は尋常よのつねならざりき、重ねてわざを演じ給はゞ、世に名高き人ともなり給はんものをなどいへり。
その広々とした淵はいつもくろずんだ青い水をたたへて幾何いくばく深いか分からぬやうな面持おももちをして居つた。
念珠集 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
戯れに棒振りあげて彼の頭上にかざせば、笑うごとき面持おももちしてゆるやかに歩みを運ぶさまは主人に叱られし犬の尾振りつつ逃ぐるに似て異なり、彼はけっしてこびを人にささげず。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
文麻呂、何やらつかみ難い不安にとらわれたような面持おももちで、彼女の去った方向を見送っている。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
と、自分の物語を終つたHは、煙草の烟の輪を吹きながら興奮した面持おももちでせき立てました。
S中尉の話 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
チチコフはまんざら悪くもなさそうな面持おももちで、彼女の差し出した小さい手に口を近づけた。
そこで勇仙がくんで読むことを教えたが、壮士には呑込めたような、呑込めないような面持おももち
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
さりとて決して容赦ようしゃはせず、時々、一種特別な、さも小気味よげな満足の面持おももちで、彼だってやはり自分の手中にあるのだということを、彼に感づかせるように仕向けるのだった。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
第三の見慣れぬ旅人 (得意な面持おももちにて)詩も作れば、楽器に合せて歌もうたいます。
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
ばうさんは一かう心当こゝろあたりがないとふやうな面持おももちをしながら、それでも笑顔ゑがほをつくり
吾妻橋 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
かくてある日の事でした、父は私をちよつとと、居間へ呼びますから、何の用かと行つて見ますれば、父は私の座につきますのをまちかねたといふ面持おももちにて、断然と結婚の事を申し渡しました。
こわれ指環 (新字旧仮名) / 清水紫琴(著)
打てば金属かねのように響くかと思われるほどに緊張しきっていたが、法水のりみずは何か成算のあるらしい面持おももちで、ゆったりと眼をじ黙想にふけりながらも、絶えず微笑をうかべ独算気なうなずきを続けていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
長いおしゃべりを終えた青年は、いささか得意の面持おももちだった。
浴槽 (新字新仮名) / 大坪砂男(著)
「あいあい、」と女房は春風駘蕩しゅんぷうたいとうたる面持おももち
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
愛の一夜の明け方に、いとも悲痛な面持おももちで。
陳君は、不安の面持おももちでいうと、怪老人は
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
宗方博士は不審な面持おももちで新田をみつめた。
廃灯台の怪鳥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何か佗しそうな切なそうな面持おももちである。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
友之助は怪訝けゞん面持おももちにて
後の業平文治 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
すると彼は意外な面持おももち
彼は、裏口へげようとしては、不審の面持おももちで耳を澄した。だが、彼の予期するような爆弾投下の爆音は、一向に、響いてこなかった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
秀吉はほっと安堵あんどしたような眉を見せた。これで初めて全力を一方へ注ぐことができると確信を得たような面持おももちでもある。
新書太閤記:08 第八分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
じいさんはあたかも寺子屋てらこやのお師匠ししょうさんとった面持おももちで、いろいろ講釈こうしゃくをしてくださいました。おじいさまはんなふうされました。——
と解せぬ面持おももちかぶりを振り振り、未亡人は出て行ったが、そうそうわたくし、申し上げるのを忘れていましたと、ロヴィーサがまた重大なことを付け加えた。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
スタンドの上には、彼の二人の助手が、少し寝不足で疲れてはいるがはればれした面持おももちで坐っていた。義務を忠実に果たしたことが生み出す明るい顔つきであった。
(新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
それよりも、あの娘をここへ呼んで、皆におしゃくでもさせた方がいい。と云いたげな面持おももちである。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「さうです、さうです……」みんなは咽喉のどに詰つたやうな聲で、雷同した。先生は、若々しい血の思慮もなく劇しい語調で喋舌る私を、呆氣あつけに取られたやうな面持おももちで見てゐた。
猫又先生 (旧字旧仮名) / 南部修太郎(著)
その面持おももちの優しさには、こゝのごとの大さ、美しさかくまでならずば、我胸の躍ることさへ治りしならん。床は鏡の如き大理石なり。壁といふ壁には、めでたき畫をてふしたり。
節子はまた、罪過そのものも今はもうなつかしいという面持おももちで、しばらく彼女がお産のために行っていたという片田舎かたいなかの方へ、そこにある産婆の家の二階の方へ岸本の想像を誘うようにした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
父はわたくしが立止って顔の上に散りかかる落梅を見上げているのを顧み、いかにも満足したような面持おももちで、古人の句らしいものを口ずさんで聞かされたが、しかしそれは聞き取れなかった。
十六、七のころ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
きくや、杉浦権之兵衛が、少し意外そうな面持おももちで、いぶかしそうに退屈男の顔を見上げていましたが、いく分怒りが鎮まりでもしたかのごとく、がらりと言葉の調子迄も変えてきき訊ねました。
かうT君が青年に頼み、何か期するところがあるやうな面持おももちで歩いた。
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「問わずもあれ」と答えたアーサーは今更という面持おももちである。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「だが、閣下のおっしゃることは、余りに空想すぎるのじゃありませんですか」と椋島技師は幾分苦笑を禁じ得ないという面持おももちで云った。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)