あぶみ)” の例文
と、鞍の上でのけったが、あぶみしかと踏みこたえて、片手でわが眼に立っている矢を引き抜いたので、やじりと共に眼球も出てしまった。
三国志:04 草莽の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
三十年近く馬に乗らないと云ふ良人の姿勢が初め三四町の間は危な相に見えたが、間もなくあぶみと腰との調子が決まつたらしい。
下駄の歯があぶみはさまる。先生は大変困つてゐると、正門前の喜多床と云ふ髪結床の職人が大勢て、面白がつて笑つてゐたさうである。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
腕を折ったり、頭を割ったりした友人の思出や、あぶみに足がひっからまった儘引きずられて死んだ人達の話が、恐怖の念を伴って私を悩した。
ダンスさんが私に跳び下りて戸を敲いてくれと言ったので、ドッガーのくれたあぶみにぶら下って私は降りた。ほとんどすぐに女中が戸を開いた。
ところがそのとき、彼が見たのは、悪魔があぶみをふんまえて立ちあがり、まさにその頭を自分にむかって投げつけようとしているところだった。
あぶみが足にからまつたか、それとも手綱に腰をしばられたか、暫くは浮び上がる樣子もなく、そのまゝ引き潮に流されて、川下の方へ流れて行きます。
半三郎はすばやく来て轡を取りあぶみを押えた。彼はまっ蒼なひきつったような顔で、汗みずくになり、激しく喘いでいた。
菊千代抄 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
また発疹はっしんや病的な赤い斑点はんてんなども見えていた。二、三人の者は、車の横木になわを結わえてそれをあぶみみたいに下にたらし、その上に足を休めていた。
倉光次郎は鞭を振い、あぶみを蹴って一気に川に乗り入れて瀬尾に追いつくや、そのまま、むずと組みついた。二人は組み合ったまま川にどうと落ちた。
ペルシア、ギリシア、ローマ人も馬を重用し、ギリシア人殊に善く騎り馬上の競技を好みしが、くつわたづなありてあぶみなく、裸馬や布皮せた馬に乗った。
そうして四人が交る代る嬢の肩を飛び越したり、嬢の左右のあぶみ伝いに馬の腹をまわったりして乗馬を交換して行った。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
低いえんに腰を掛けたような具合にごくあぶみの紐を短くして足を折って乗って居る。男でも女でも皆乗り方は同じです。私共も始めは大変に困りました。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
負惜まけをしみをつたものゝ、家来けらいどもとかほ見合みあはせて、したいたも道理だうりあぶみ真中まんなかのシツペイのためにくぼんでた——とふのが講釈かうしやくぶんである。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
第一にくらといい、あぶみといい、手綱たづなといい、いっさいの馬具が相違しているのであるから、いかなる素人でも西洋馬と知らずに牽き去るはずがないと、彼は思った。
半七捕物帳:58 菊人形の昔 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
気合をこめると八重襷——大坪流での小柴隠れ、体を斜めに片足のあぶみ、浮かせたままで駈け通る。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
男はあぶみをとって、わたしをまず馬の上にのせてくれましたが、彼は鞍の上に手をかけたかと思うとたちまちほかの馬に乗り移って、膝で馬の両腹を押して手綱たづなをゆるめました。
金八が或時大阪おおさかくだった。その途中深草ふかくさを通ると、道に一軒の古道具屋があった。そこは商買の事で、ちょっと一眼見渡すと、時代蒔絵じだいまきえの結構なあぶみがチラリと眼についた。
骨董 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
首のあぶみずりのところも、肉などはまるっきりなくなって、しりがいがだらしなく後肢のほうへずりさがり、馬勒はみの重さにも耐えないというように、いつも、がっくりと首をたれている。
キャラコさん:10 馬と老人 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
それをおつとの君は心く思つて、出雲から大和の國にお上りになろうとして、お支度遊ばされました時に、片手は馬の鞍に懸け、片足はそのあぶみに蹈み入れて、おうたい遊ばされた歌は
晦日かいじつ。越河ノ駅ニ抵ル。コレヨリ以北ハ仙台藩ノ旧封域ニ係ル。今ハ白石県ノ管内ニ入ル。一峻坂しゅんはんユルヤ巌石縦横ニ路ヲさえぎル。騎シテ過レバ石ハあぶみト相磨ス。俗因テ磨鐙あぶみすり坂トイフ。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
正勝は手綱を緩めて、花房の走るにまかせた。花房は疾風のように飛んだ。正勝はまったく手綱を緩めて、若いしなやかな脚の走るに委せながら、反動も取らずにあぶみの上に突っ立っていた。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そこから黒くたくましい馬に乗って馬丁に馬の口を取らせ、自分は陣笠をかぶって、筒袖の羅紗らしゃの羽織に緞子どんすの馬乗袴をつけ、あかふさのついた勝軍藤しまやなぎの鞭をたずさえ、ぎ澄ましたあぶみを踏んで
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その髪を両耳き上げて、たかい鼻、不思議そうに私を見守っている、透きとおるようなあおひとみ……真っ白なブラウスに、乳色の乗馬洋袴ズボンを着けて、艶々つやつやした恰好かっこうのいい長靴を、あぶみに乗せています。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
今までマルコ伝のお話をしまして、案外すらすら来ましたが、十三章になってから馬に乗った人が、馬が棒立ちになって動かない、あぶみを踏んでもむちをくれても、棒立ちになったというような気がする。
ドウナルドは手巾ハンカチあぶみを造り、虎の頭の上で跳ね躍りました。
しろがねあぶみ、わかごまの騎士もみなみ
第二邪宗門 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
あぶみのない馬 汗をかく裸馬
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
武蔵あぶみに、白手綱
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
鐵地かなぢあぶみ
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
いうより早く、ひとりの仲間が、彼の足をすくいあげた。あぶみに足の届いていない伊織の体は、苦もなく、馬の向う側へ転げ落ちた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
この時女は、裏のならの木につないである、白い馬を引き出した。たてがみを三度でて高い背にひらりと飛び乗った。くらもないあぶみもない裸馬はだかうまであった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
イカバッドはそのような馬にはあつらえむきの男だった。あぶみが短かったので、両膝りょうひざくらの前輪にとどくほど高くあがった。
二十四本背に差したるは切斑きりふの矢、重籐しげとうの弓を小脇にかいこんで、乗る馬は連銭葦毛あしげあぶみをふんばって声をとどろかせた。
あぶみをなげて馬の口取をしたたかに蹴る、吉信はおのれの馬よりとんで下りると、家康の馬のくつわをしかと取った。
死処 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
で馬のくらなども西洋風のとは違い日本の古代の風によく似て居る。なかなかチベット婦人は馬によく乗るです。乗るにも決してあぶみの紐を長くして乗らない。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
かたはらひかへた備中びつちう家来けらい、サソクに南蛮鉄なんばんてつあぶみつて、なかさへぎつてした途端とたんに、ピシリとつた。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
チャンチャンチャンチャンと互いに触れ合う甲冑かっちゅう物具あぶみの音がその間も次第に近寄って来た。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そこは商買の事で、一寸一眼見渡すと、時代蒔絵の結構なあぶみがチラリと眼についた。
骨董 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
其男はあぶみを執つて、わしの馬に乗るのを扶けて呉れた。それから彼は唯、手を鞍の前輪へかけた許りで、ひらりともう一頭の馬にとび乗ると、膝で馬の横腹を締めて手綱を緩めた。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
私は只馬の蹄をよけて匐い出し、片足をあぶみから外したこと丈を覚えている。私は馬の右側へ落ち、左の鐙を鞍越しに引きずったのである。目をあけると、佐々木もまた地面にいる。
「それがあぶみ踏ん張り精いっぱいというところだ。一体このあいだの五両はどうした」
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
彼らは司教の宮殿内において巡邏じゅんらをなし秩序を維持し、司教の微笑をうかがう。司教の気にいることは、副助祭になるについて既にあぶみに足をかけることである。人は巧みに自分の途を開くことを要する。
またしばしば騎手が足をあぶみの力皮にからまれながら落馬した時、馬自分動けば主を害すと知りてたちまち立ち止まるを目撃し、また日射病で落馬した騎手の傍に立ちて、その馬が守りいた例を聞いた。
あぶみを片っぽ、川へ落した、そのまま片鐙で帰ったことがある。
われこそ一番にと、流れを前に、河原へむらがり立った各部隊の騎馬武者たちは、ひとしくあぶみからのび上がって、彼の高く振る手を横にながめた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下駄の歯があぶみにはさまる。先生はたいへん困っていると、正門前の喜多床きたどこという髪結床かみゆいどこの職人がおおぜい出てきて、おもしろがって笑っていたそうである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こう息子にいうと、彼は敵陣の並び立つ楯のきわまで馬を進め、あぶみふんばり立ちあがると、大音声をあげた。
さておもむきると、最初さいしよから按摩あんま様子やうすに、とて南蛮鉄なんばんてつあぶみつらゆび張窪はりくぼますほどのちからがない。
怪力 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
「しまった!」と叫んだが酒場の浜路、あぶみを蹴ると大駈けに、敵の只中へ飛び込んだ。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)