追分おいわけ)” の例文
この二人が、今朝、公会堂の観光団歓迎会のすぐ後から、幌馬車に乗って、豊原の西郊の追分おいわけという部落へ散策したと思いたまえ。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
川越街道の追分おいわけを過ぎて疎林をくぐると、石神井しゃくじいの流れが麦畑と草原とを縫って、あたかも、水銀の液を流したようにのぞまれて来る。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼はこうした気分をった人にありがちな落付おちつきのない態度で、千駄木せんだぎから追分おいわけへ出る通りを日に二返ずつ規則のように往来した。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
やがて一行は木曾福島の関所を通り過ぎて下諏訪しもすわに到着し、そのうちの一部隊は和田峠を越え、千曲川ちくまがわを渡って、追分おいわけの宿にまで達した。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
塩田は散歩するに友をいざなわぬので、友がひそかに跡に附いて行って見ると、竹のつえを指の腹に立てて、本郷追分おいわけへん徘徊はいかいしていたそうである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
須走すばしりは鎌倉街道ではあるが、山の坊という感じで、浅間あさま山麓の沓掛くつかけ追分おいわけのような、街道筋の宿駅とは違ったところがある。
不尽の高根 (新字新仮名) / 小島烏水(著)
こう云って一座の若者らを見渡したのは、鰻縄手うなぎなわてに住む奥州浪人の岩下左内であった。追分おいわけから浅嘉町あさかちょうへ通ずる奥州街道の一部を、俗に鰻縄手という。
と、帆村は口のうちに叫んだとき、彼ののった円タクは、新宿追分おいわけの舗道に向ってスピードをゆるめ、運転手はバック・ミラーの中からふりかえって
暗号数字 (新字新仮名) / 海野十三(著)
明日あした直に立つと、おかしいと勘付かれやアしないかとすねきずじゃ、此の間も頼んで置いたが、広瀬ひろせ追分おいわけを越える手形をこしらえて貰って、急には立たぬふりをして
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
雨傘あまがさと、懐中電燈の電池でんちを買って、電車で新宿に往った。追分おいわけで下りて、停車場前の陸橋を渡ると、一台居合わした車に乗った。若い車夫はさっさとき出す。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
隣りに言葉なまり奇妙なる二人連れの饒舌じょうぜつもいびきの音に変って、向うのせなあが追分おいわけを歌い始むれば甲板に誰れの持て来たものか轡虫くつわむしの鳴き出したるなど面白し。
東上記 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
落葉を浮かべて、ゆるやかに流るるこの沼川ぬまかわを、のぼる舟、知らずいずれの時か心地ここちよき追分おいわけふしおもしろくこの舟より響きわたりて霜夜の前ぶれをかしつる。
たき火 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それだから追分おいわけ何時いつでもあわれに感じらるる。つまるところ卑怯ひきょうな、臆病な老人が念仏を唱えるのと大差はないので、を換えて言えば、不残のこらずふしをつけた不平の独言つぶやきである。
三尺角 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鬱陶しく閉じこめられていた追分おいわけの宿から、私はたまらなくなって飛び出して、ひざまで入ってしまうような雪の中を、停車場まで歩いて、それから汽車に乗って、軽井沢に来たが
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
私はいつも世の人が信心をかろい事に思うのを不快に感じています。信心は一大事じゃ。真剣勝負じゃ。地獄と極楽との追分おいわけじゃ。人間がいちばんまじめに対せねばならぬ事だでな。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
自分の目算通もくさんどおりに、信州追分おいわけの今井小藤太の家に、ころがり込むにしたところが、国定村の忠次とも云われた貸元が、乾児の一人も連れずに、顔を出すことは、沽券こけんにかかわることだった。
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
たとえば無骨ぶこつ一偏の人と思った者にして、案外にも美音を発して追分おいわけうたう、これも一つの表裏ではあるまいか。またひげもやもやの鹿爪しかつめらしきおやじが娘の結婚の席上で舞を舞いていわうことがある。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
武州八王子の宿しゅくから小仏、笹子の険を越えて甲府へ出る、それがいわゆる甲州街道で、一方に新宿の追分おいわけを右にとってくこと十三里、武州青梅おうめの宿へ出て、それから山の中を甲斐の石和いさわへ出る
○道ちがえは道の二つに別かるるところすなわち追分おいわけなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
あの追分おいわけ名主なぬし文太夫ぶんだゆうから見せてもらって来た手紙も、両国十一屋の隠居から聞いた話も、すべてそれを胸にまとめて見ることができた。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
死ぬか生きるかわからない虫の息の怪我人けがにんをこの一行に交じえたので、一同の足なみも何となくしめやかに、馬子がのど自慢の追分おいわけも出ません。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
普通の中仙道は松井田から坂本さかもと軽井沢かるいざわ沓掛くつかけ宿々しゅくじゅくを経て追分おいわけにかかるのが順路ですが、そのあいだには横川よこかわの番所があり、碓氷うすいの関所があるので
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
帰りの汽車が追分おいわけ辺まで来ると急に濃霧が立籠めて来て、沓掛で汽車を下りるとふるえるほど寒かった。信州人には辛抱強くて神経の強い人が多いような気がする。
高原 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
西洋料理屋の前で野々宮君に別れて、追分おいわけに帰るところを丁寧にもとの四角まで出て、左へ折れた。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
呂昇ろしょう大隈おおすみ加賀かが宝生ほうじょう哥沢うたざわ追分おいわけ磯節いそぶし雑多ざったなものが時々余等の耳に刹那せつな妙音みょうおんを伝える。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
さて本郷三丁目で電車を降りて、追分おいわけから高等学校に附いて右に曲がって、根津権現ねづごんげんの表坂上にある袖浦館そでうらかんという下宿屋の前に到着したのは、十月二十何日かの午前八時であった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
左山中みち、右桂谷道、と道程標みちしるべの立った追分おいわけへ来ると、——その山中道の方から、脊のひょろひょろとした、あごとがった、せこけたじいさんの、すげの一もんじ笠を真直まっすぐに首に据えて
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これから富山とやまへ掛ってけば道順なれども、富山へ行くまでには追分おいわけからさかいに関所がございますから、あれから道をはすに切れて立山たてやまを北に見て、だん/″\といすの宮から大沓川おおくつがわへ掛って
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私はその隣村(追分おいわけ)で二年ばかり続けて、一人っきりで冬を過したことがあるが、ときどきどうにも為様しようのないような気もちになると、よく雪なんぞのなかを汽車に乗って、軽井沢まで来た。
木の十字架 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
追分おいわけか、越後獅子が聞きたい」
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
やがて彼は塩尻しおじり下諏訪しもすわから追分おいわけ軽井沢かるいざわへと取り、遠く郷里の方まで続いて行っている同じ街道を踏んで碓氷峠うすいとうげを下った。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
内藤新宿の追分おいわけから角筈つのはず、淀橋を経て、堀ノ内の妙法寺を横に見ながら、二人は和田へ差しかかると、路ばたの遅い桜もきのうの雷雨に残りなく散っていた。
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
追分おいわけへでたら、左だぞ、左だぞ。すこしは道がまわりになっても、なるべく裏街道うらかいどうをえらんでいけよ。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
追分おいわけの方へ足を向けながら考えだした。——なるほど美禰子の言ったとおりである。自分と野々宮を比較してみるとだいぶ段が違う。自分は田舎から出て大学へはいったばかりである。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかるに此の喜六がくなった跡は、親戚みよりばかりで、別に恩をせた人ではないから、気詰りで中の条にもられませんので、忠平と相談して中の条を出立し、追分おいわけ沓掛くつがけ軽井沢かるいざわ碓氷うすいの峠もようやく越して
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
聞くところによると、小諸こもろ牧野遠江守まきのとおとうみのかみの御人数が追分おいわけの方であの仲間を召しりの節に、馬士まごが三百両からの包みがねを拾ったと申すことであるぞ。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういう異形いぎょうの男が加州の屋敷の門前を足早に通り過ぎて、やがて追分おいわけに近づこうとするときに、どこから出て来たのか知らないが、不意につかつかと駆け寄って
(新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そして、甲信両国こうしんりょうごく追分おいわけに立ったとき、右手の道を、いそいでいく男のかげがさきに見えた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人は十時すぎ雨を冒して、追分おいわけの通りへ出て、角の蕎麦屋へはいった。三四郎が蕎麦屋で酒を飲むことを覚えたのはこの時である。その晩は二人とも愉快に飲んだ。勘定は与次郎が払った。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
木曾街道でも追分おいわけ沓掛くつがけ軽井沢などは最も寒い所で、たれやらの狂歌に、着て見れば綿がうすい(碓氷)か軽井沢ゆきたけ(雪竹)あってすその寒さよ、丁度碓氷の山のふもとで、片方かた/\は浅間山の裾になって
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「半蔵、お前の留守に、追分おいわけ名主なぬしのことが評判になって、これがまた心配の種さ。」と吉左衛門が言って見せた。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
その人数と、ちょうど位牌いはいたけ追分おいわけでぶつかった井上大九郎いのうえだいくろう、つれのふたりをかえりみて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
追分おいわけ高札場こうさつばのそばの土手下で……」
半七捕物帳:50 正雪の絵馬 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
追分おいわけ洗馬せばの三宿に設けられたのがいわゆる御貫目改め所であって、幕府の役人がそこに出張することもあり、問屋場のものの立ち合って改めたこともあった。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「あの駕屋さん、急いで大津の追分おいわけまで行って下さいな、だちんは幾らでもあげますから」
鳴門秘帖:01 上方の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
追分おいわけまで行くと、そこにはもう東京行きの乗合馬車があった。彼も初めてその馬車に乗って見た。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
上田の城下へ入る前に、追分おいわけの辻から佐久さく街道へ折れて、青々とした麦畑や、はなに染め分けられた耕地や森や、千曲ちくま清冽せいれつなどを見渡しながら、フイに、お十夜がこう言いだした。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
病院へ着く前に最早あの厳重な門が閉されることを思って、入ることが出来るだろうかとは思ったが、不取敢とりあえず出掛けた。追分おいわけまで車で急がせて、そこで私は電車に移った。
芽生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
町もここから先は一望の野原でしかない追分おいわけに、一トむらの暗い夏木立の木蔭がある。そこに今朝から、家財を積んだ数りょうの手押し車と、朱富の家族を乗せた箱馬車とが、心ぼそげに、待ち暮れていた。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
追分おいわけ軽井沢かるいざわあたりは長脇差の本場に近いところから、ことに騒がしい。それにしても、村民各自に自警団を組織するほどのぎょうぎょうしいことはまだ木曾地方にはない。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)