諷刺ふうし)” の例文
十余年前、『親馬鹿の記』を書いたときの私には、まだ心のゆとりがあり、自嘲的じちょうてきな言葉にも、人生を諷刺ふうしするだけの稚気ちきがあった。
親馬鹿入堂記 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
木部がその言葉に骨を刺すような諷刺ふうしを見いだしかねているのを見ると、葉子は白くそろった美しい歯を見せて声を出して笑った。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
野卑やひな凡下の投げることばのうちには、もっと露骨な、もっと深刻な、顔の紅くなるようなみだらな諷刺ふうしをすら、平気で投げる者がある。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
A いよ/\馬鹿ばかだなア此奴こいつは。およそ、洒落しやれ皮肉ひにく諷刺ふうしるゐ説明せつめいしてなんになる。刺身さしみにワサビをけてやうなもんぢやないか。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
たとへば和蘭オランダのレンブラント仏蘭西のコロオ西班牙スペインのゴヤとまた仏国の諷刺ふうし画家ドオミエーとを一時に混同したるが如き大家なりとなせり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
私は反語とか諷刺ふうしとかの片鱗をもって論述を味わいつける、大家にも普通なレトリックさえけっして用いなかったのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ことにその快活、その機智、その鋭い諷刺ふうし、無邪、諧謔かいぎゃく、豊潤な想像、それらのたぐいまれな種々相にはさすがに異常な特殊の光が満ちている。
まざあ・ぐうす (新字新仮名) / 作者不詳(著)
今昔物語の作者の批判はつまり農民の側からの批判であり諷刺ふうしであろうが、農民自身が自分の姿にこれだけの風刺と愛嬌を添え得ていないのが残念だ。
土の中からの話 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
以上いじやうあまりに正直しやうぢきぎた白状はくじやうかもれぬ。けれども、正直しやうぢきぎた自白じはくうちには、多少たせう諷刺ふうしこもつてるつもりだ。
一方には当時諷刺ふうし諧謔かいぎゃくとで聞こえた仮名垣魯文かながきろぶんのような作者があって、すこぶるトボケた調子で、この世相をたくみな戯文に描き出して見せていた。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
これは現代の若き女性気質の描写びょうしゃであり、諷刺ふうしであり、概観がいかんであり、逆説である。長所もあれば短所もある。読む人その心して取捨しゅしゃよろしきに従いたまえ。
現代若き女性気質集 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
健三の心はこうした諷刺ふうしを笑って受けるほど落付おちついていなかった。周囲の事情は雅量に乏しい彼をますます窮屈にした。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
社交界の人々も多少、この諷刺ふうし悪戯いたずらにこっそり関係していた。なんらの取り締まりも行なわれていなかった。
当時の詩人・文人の間に行われた勉強の一つで、辞書を読み、その美しい語を覚える、そう言う行き方の、泣菫さんにあり過ぎることを諷刺ふうししたものである。
詩語としての日本語 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
あたかもそれは事実を書くことが一番確実な諷刺ふうしとなるがごとき日本のロマンチシズムと一致している。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
一——自由な明晰めいせき真摯しんしな眼、ヴォルテールや百科全書派アンシクロペジストらが、当時の社会の滑稽こっけいと罪悪とを素朴そぼくな視力によって諷刺ふうしさせんがために、パリーにやって来さした
その通り……いったい、今のやつらはそれよりも、もっと皮肉が下等で、諷刺ふうし糠味噌ぬかみそほども利かない。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
高僧の諷刺ふうし かの執法僧官は人が居らぬから金を取らぬかというと、何とかかとか口実をこしらえて、あるいは僧侶よりあるいは居残りの人民より沢山な金を取立てる。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
自分はこの映画を見ているうちに、何だか自分のことを諷刺ふうしされるような気のするところがあった。
雑記帳より(Ⅱ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
日本浪曼派は苦労知らずと蹴って落ちつき、はなはだしきは読売新聞の壁評論氏の如く、一篇の物語(私の「猿ヶ島」)を一行の諷刺ふうし、格言に圧縮せむと努めるなど
一度だつて彼の口から出るよくない隱喩いんゆ諷刺ふうし吃驚びつくりしたりまごついたりしたことはなかつた。
正面から時代と闘うことは勿論もちろん、大きな声では批評もできず、諷刺ふうしわずかに匿名とくめい落首らくしゅをもって我慢する人々、大抵は中途で挫折して、酒や放埒ほうらつに身をはふらかす人々が
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一つの進んだ文化が、民衆の手に托された時の産物である。私たちはそこに時代の智慧を思い、民衆の余裕を感じる。この事なくしてかかる洒落しゃれ諷刺ふうしの美があり得ようや。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
人はその白壁を見る度にその横暴をにくむのであるが、壁は一向御存じなしに誹られながらも霞んでおるというのである。この諷刺ふうしも一茶の句に散見するところの一特色である。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
純一がこれまで蓄えて持っている思想の中心を動かされたのは拊石が諷刺ふうし的な語調から、忽然こつぜん真面目になって、イブセンの個人主義に両面があるということを語り出した処であった。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
何か諷刺ふうし的の意味でもあるように取って一層評判されたということでありました。
彼自身が、人悪く諷刺ふうしされて居るやうに感じられた。彼は気のない声で言つた。
ここに三画伯の扮装いでたちを記したのをて、衒奇げんき、表異、いささかたりとも軽佻けいちょう諷刺ふうしの意をぐうしたりとせらるる読者は、あの、紫の顱巻はちまきで、一つ印籠何とかの助六の気障きざさ加減は論外として
薄紅梅 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
たとひデカダンスの詩人だつたとしても、僕は決してかう云ふ町裏を徘徊はいくわいする気にはならなかつたであらう。けれども明治時代の諷刺ふうし詩人しじん斎藤緑雨さいとうりよくうは十二階に悪趣味そのものを見いだしてゐた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
奈落ならくに対して共感をこばみ、道ならぬものをだんがいしてきた、「みじめな男」の著者、おのれの知を克服こくふくして、あらゆる諷刺ふうし以上に生長しながら、大衆の信頼にともなう義務になれきっている
と川柳子も諷刺ふうししておりますが、いたずらに私どもは、自力だ、他力だ、などという「宗論」のあらそいに、貴重な時間を浪費せずして、どこまでも自分に縁のある教えによって、その教えのままに
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
誰がいったか、いつどんな時代に出来た諷刺ふうしだか判明しない。
河豚食わぬ非常識 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
町で売っている刷り物の“当世分らない物づくし”などを見ても、ある年齢層以下では、その分らない物づくしの諷刺ふうしがすでに分らなかった。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
いつまで小姑こじゅうとの地位を利用して人を苛虐いじめるんだという諷刺ふうしとも解釈された。最後に佐野さんのような人の所へ嫁に行けと云われたのがもっとも神経にさわった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
諷刺ふうし滑稽こっけい黄表紙きびょうしはその本領たる機智きちの妙を捨ててようや敵討かたきうち小説に移らんとし、蒟蒻本こんにゃくぼんの軽妙なる写実的小品は漸く順序立ちたる人情本に変ぜんとするの時なり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし普通の意味とは異なってるらしかった。文体の些細ささいな事柄にその言葉をあてはめていた。とは言え、彼らのうちにも、偉大な思想家や偉大な諷刺ふうし家がいた。
事実、英国人ぐらい文筆上で女性に対し諷刺ふうしや皮肉をろうし、反感を示している国民は少い。
女性崇拝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そうして夜になると淋しいと言ったりするような歴史小説は、それが滑稽こっけい小説、あるいは諷刺ふうし小説のつもりだったら、また違った面白味もあるのだが、当の作者は異様に気張って
鉄面皮 (新字新仮名) / 太宰治(著)
そのヨハンのなぞめく豪快な笑い声と、舌を落した間のぬけた感じの獅子との対象が、何となく梶には痛快な人間諷刺ふうしの絵を見ている思いで、幾度も振り向き獅子の傍から去りがたかった。
罌粟の中 (新字新仮名) / 横光利一(著)
そうしてその詠ずる所のものは、主として哲理めいたもの、時事諷刺ふうしに類したもの、理想をうたうもの、感情を述べるもの、の類でありまして、それらの思想はき出しに諷詠されていました。
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
噴掛ふきかけし霧の下なるこの演説、巨勢は何事ともわきまへねど、時の絵画をいやしめたる、諷刺ふうしならむとのみは推測おしはかりて、そのおもてを打仰ぐに、女神バワリアに似たりとおもひし威厳少しもくづれず
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
諷刺ふうしに満ちた詩を作つてゐる。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
諷刺ふうししたものです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
しているが、毛利と松平の二家は、冷遇じゃという噂がある。さてこそ、その諷刺ふうしであろう。ははははは、やりおるの
べんがら炬燵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
野人の分を忘れおのれを省ずしてみだりに尊王愛国の説をなすもの多きを見て枕山はこれを諷刺ふうししたのである。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
兄はこんな愚痴とも厭味いやみとも、また諷刺ふうしとも事実とも、片のつかない感慨を、かげながらかつて自分にらした事があった。自分は性質から云うと兄よりもむしろ父に似ていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
名ざさない場合には、だれにも一見して明らかであるような諷刺ふうしを用いた。宮廷管絃楽長アロイス・フォン・ヴェルネルの無気力さが述べられていることは、だれにでもわかった。
皮肉や諷刺ふうしじゃないわけだ。そんないやらしい隠れた意味など、寸毫すんごうもないわけだ。
多頭蛇哲学 (新字新仮名) / 太宰治(著)
それがまたなまじな小言こごとなどよりどれほどか深く対者あいての弱点を突くのです。また氏の家庭が氏の親しい知己ちきか友人の来訪にう時です、氏が氏の漫画一流の諷刺ふうし滑稽こっけいを続出風発ふうはつさせるのは。
もし彼が何らかの意味で、現実という愚劣きわまればこそ最も重要な沃土よくどの意義をこの世に感じているものなら、今突如としてき上ったこの胸を刺す諷刺ふうしの前で必ず苦杯をめているにちがいない。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)