さげす)” の例文
今あることどもをすたれしめんがために、この世の卑しきことどもと、さげすまれしことどもと、あるなきことどもとを選みたまえり……。
かなりひと目をく顔だちで、むしろ美男といってもいいくらいであるが、眼つきやくちもとになんとなく人をさげすむような色がある。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、もし強いて考えれば、己はあの女をさげすめば蔑むほど、憎く思えば思うほど、益々何かあの女に凌辱りょうじょくを加えたくてたまらなくなった。
袈裟と盛遠 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
歳太郎は子供のときから明笛みんてきや流行唄などを上手うまくうたったが、こんな処へ墜ちてきた自分をいつもかれの前ではさげすんでいたのである。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と、申すは何も、その方を、さげすんだり、その方の剣技を認めぬと言うわけではない。わしはわしの流儀で、人間を縛るのがいやだからだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と、久しくかつえていた軽輩武士が、世上の動揺で、にわかに何事かでた金で、あらっぽい消費をする様を、さげすまずにいられなかった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしどもはさげすみを受けるだけでは、まだ足らないんで御座いますか。この上、まだ、憐みを受けなければならないんで御座いますか。
動員挿話(二幕) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
前車ぜんしゃ覆轍ふくてつ以てそれぞれ身の用心ともなしたまはばこの一篇の『矢筈草』あにいたずらに男女の痴情ちじょうを種とする売文とのみさげすむを得んや。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
不遇時代に己を虐げた者には極刑を、己をさげすんだ者には相当な懲しめを、己に同情を示さなかった者には冷遇を与えねばならぬ。
盈虚 (新字新仮名) / 中島敦(著)
『S夫人。あなたは嘸ぞ私を見下げ果てた女だとおさげすみになっていらっしゃるでしょうね、でもそうするより仕方がなかったんですのよ』
機密の魅惑 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
わたくしの病気は実は是々これ/\といいましたが、其の事は乳母おんばにも云われないくらいな訳ですが、其処そこが親馬鹿のたとえの通り、おさげすみ下さるな
有名な玄竜が現われたので人々はお互い突つき合ったり、ぷっと吹き出したり、わざとさげすむようにそっぽを向いたりしていた。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
その解けない謎を解くのが、探偵の役目ではないか! といわんばかりの様子で、さげすむような薄笑いが、未亡人の唇にうかんだ。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
あかりがつくと連れの男にひそひそたわむれて居る様子は、傍に居る私を普通の女とさげすんで、別段心にかけて居ないようでもあった。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
そして情夫をとここしらへて、嬰児やゝこ生まはつたんや——といふやうなさげすみの意味を言外に匂はしながら、その人が続けるのだつた。
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
師匠から人間的な価値ねうちのないお方と、承り、憎しみも、さげすみもいたしているお方ではございますものの、ただ、うっとりと
京鹿子娘道成寺 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
池月の與三郎と自分から名乘つたほどの厄介な男ですから、八五郎のやうな女とは縁の遠い正直者から嫌はれさげすまれたのも無理のないことです。
あかねさすひたひ薔薇ばらの花、さげすまれたをんな憤怒いきどほりあかねさすひたひ薔薇ばらの花、おまへの驕慢けうまん祕密ひみつをお話し、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
タウトによれば日本に於ける最も俗悪な都市だという新潟市に僕は生れ、彼のさげすみ嫌うところの上野から銀座への街、ネオン・サインを僕は愛す。
日本文化私観 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
もう借金とりも来なければ、大勢の子供の面倒を見なくてもよいし、年寄りになれば、老いぼれとさげすまれなくてもいい。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
「いつか私、小さい男の子から施しを受けたことだってあるのよ。」セエラは自分をさげすむように笑って、衿の中から細いリボンを引き出しました。
彼自身をどんなにか彼はさげすむべきであつたか、それを抑止して滅ぼして了はうと、どんなにか彼は望むべきであつたか
なんでわたしに言いわけなんぞができましょう? 私はわるいいやしい女ですもの。自分をさげすみこそすれ、言いわけしようなんて考えても見ませんわ。
一度夫が何か彼女に話しかけたようだったが、それは彼女にちらりとさげすむような頬笑みを浮べさせただけだった。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
あんなことを口走って、あの方は、何て下素げすな女であろうと、さぞさげすんでいられることであろう。こうも思った。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あちこちの窓からは無数の眼が、あるいは嘲けり、あるいは憐れみ、あるいは怒り、あるいはさげすみ、格子越しに覗いていたが、ひそひそ互いに囁き合う。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
『それは恥ずかしいことじゃないかね、それは卑怯なことではないかね!』おそらく諸君はさげすむように頭を振りながら、わたしにむかってこういうだろう。
『然うかい。三尺さんかい!』とお柳はさげすむ色を見せたが、流石に客の前を憚つて、『ホホホヽ。』と笑つた。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
そうして、そんな事の出来ない人間をさげすみ笑った。つまらない人間、淋しいみすぼらしい人間として冷笑した。
東京人の堕落時代 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
縁起を祝う結婚の初めに、尼姿で同車して来たのさえ不都合であるのに、涙目まで見せるではないかとさげすんだ。
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ただ違うのはですね、僕にはそれだからといって、春をののしったりさげすんだりする勇気は出せないのです。というのは、実をいえば、僕は春に対して恥じている。
こういう信仰を土俗的とか迷信とかいって一途いちずさげすむくせがあるが、そんな安価な見方で農村の暮しをさばいていいだろうか。そのことの方が私には問題である。
陸中雑記 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
「死んだ方に悪い! 貴女はまだ死者をさげすもうとなさるのですか。死者をいようとなさるのですか。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
さよう、こうした私の書き振りは、その人々を見た時の私の眼にさげすみと反感が浮んでいたかのように、読者に伝えるかもしれないが、事実はまさに反対なのである。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
晴着はれぎ場所ばしよへはかない。これはかれさげすみ、かれはこれをいきどほる。こんなことが、一たいあつてよいものか
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
「どうしたい。身体でも悪いのかと思つたに、さうでもねえのか。」と、彼はさげすむやうに云つた。
煤煙の匂ひ (新字旧仮名) / 宮地嘉六(著)
万事現状維持の旧幕時代ならばいざ知らず、今日では水呑百姓と賤しめられ、下司下郎とさげすまれたものの子孫でも、運と努力とでは大臣にも大将にもなれる世の中です。
融和促進 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
でその女は、いやに人をさげすんだやうに見る癖によつて反感を買つたばかりでなく、すべてに於いて弾ねかへすやうな軽いにくみを妻に感じさせた。けれども縹緻はよかつた。
散歩 (新字旧仮名) / 水野仙子(著)
画の画伯方せんせいがたの名を呼んで、片端かたっぱしから、やつがと苦り、あれめ、とさげすみ、小僧、と呵々からからと笑います。
雪霊記事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
水と砂から生れた娘として、真弓は陸の土と埃とをさげすんだ。自尊心のつよい少女として、真弓はあらゆる近代的生活様式に依つてきざまれ彩られた仮面の青年たちを冷視した。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
浅はかではないか? かみより軽んぜられ、しもよりさげすまれても、黙々として内に秘め、ただ一期の大事に当って、はじめて、これを発するこそ、大丈夫の覚悟と申すものじゃ。
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
その時、僕は何だかさげすむやうな気持で二人を見つめてやつた。男は痩せて鋭い顔をしてゐる。山のぼりの仕度をして、背嚢ルツクサツクを負つてゐる。女は稍ふとじしで、醜い顔をしてゐる。
接吻 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
「そうですか? しかしこの人には何とも言えぬ力強さがありますよ。私はこんな詩を見たことがない」と、私はむしろ、この作者を認めない鄭をさげすむような気持ちで言った。
彼は、鼎造にしばらく帰京の猶予ゆうようて、論文をまとめれば纏められないこともなかったが、そんな小さくまとまった成功が今の自分の気持ちに、何の関係があるかとさげすまれた。
金魚撩乱 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
キリストにつく者は、世にありて乏しき者、悲しむ者、さげすまれる者である。我自身がそういう者である。そのことは、汝ら今まで我に付き随って、よく見てきたところでないか。
「そんなに東京に居たいか。あんな土地ところにね。」今ひとりの重役は東京ツ子全体に烏金からすがねでも貸してゐるやうにさげすみきつて言つた。そして次ぎに立つた五分刈頭の方へ眼を向けた。
とマリイはかぶりを振りながら云つて、さげすむやうな目附と身振をした。おれは重ねて問はなかつたが、金を添へて永久にれて仕舞しまつたのだと云ふことがマリイの様子で想像された。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
しかもお前はそんなさげすむべきことをするのに、もっともらしい理由をこしらえ上げている。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼女は、あの歪めた顔を、いつの間にかとりすまして、ツン、とさげすむようにいった。
ですから、私は東洋思想に溶けこんでいるせいか、有色人蔑視べっしをやる白人種を憎みます。ナチスの浄血、アングロサクソンの威——かえって彼らは、じぶんらにある創成の血をさげすんでいる
人外魔境:03 天母峰 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)