あお)” の例文
広さは、隅田川の二倍ほどもあろうか、あおい水を満々とたたえ静かに西北に向かって流れている。深さは三丈から四丈はあるという。
淡紫裳 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
いつもじっとこちらを眺め、ふいにあおくなったり「美しいなあ」と溜息ためいきをついたりする。そして三日にあげずなにか物を買って来る。
柘榴 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
「二三町行った処で、左側の、屋根の大きそうな家へ着けたのが、あおく月明りに見えたがね、……あすこは何かい、旅籠屋はたごやですか。」
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もう、其処そこに何等の儀礼もなかった。それは、言葉で行われている格闘だった。青年の顔もあおざめていた。勝平の顔も蒼ざめていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
已むなくんば、あおい空の下と思っていたが、この天気ではそれも覚束おぼつかなかった。と云って、平岡の家へ出向く気は始めから無かった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それは低い山ではあるがあお天鵞絨びろうどのように樹木の茂った峰であった。武士はその山の形が気にいった。武士は主翁の方を見て云った。
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
牛と羊と共に丑未の位におれり、牛の色はあおく、雑色ありといえども蒼が多し、春陽の生気に近きが故に死を聞く時はすなわち觳觫こくそくす。
やや離れたところから呼ばれて振り返った一男の眼に、あおざめた監督の顔が鉄のわくの間から自分を熱心に見つめているのがうつった。
秋空晴れて (新字新仮名) / 吉田甲子太郎(著)
あおざめた唇がゆがみ、彼女は久し振りで、忘れられたモナ・リザの笑ひを笑つた。村瀬は彼女の顔を見たが、もう何も言はなかつた。
青いポアン (新字旧仮名) / 神西清(著)
彼女の皮膚は日に日にあおざめて、呼ばれて来た医者たちにもその病症がわからず、どうにも療治のしようがないことがありました。
クリストフは憤怒ふんぬのあまりあおくなり、恥ずかしくなり、亭主や女房や娘を、締め殺すかもしれない気がして、驟雨しゅううを構わず逃げ出した。
「貴方はちっとも紅く御成おなんなさらない。紅くならないであおくなるのは、御酒が強いんだって言いますよ。——貴方はきっと御強いんだ」
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あおざめた顔に髪を乱して、紫のコートを着た時ちゃんが、蒲団の裾にくず折れると、まるで駄々ッ子のように泣き出してしまった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
群集ぐんしゅうはただ、こう口からもらしただけであった。正視せいしするにしのびないで、なかには、矢来やらいにつかまったままあおざめた者すらある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あおざめ、黒のトリコット製のタイツをはき、あばら骨がひどく出ており、椅子さえはねつけて、まき散らしたわらの上に坐り
断食芸人 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
手足の指の形まで、すんなりと伸びて、白いところにうすあおい静脈の浮いているのまで、ひとしお女を優しいものにしてみせた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
色のあおい、ひょろひょろした美男ではない。血色が好くて、体格ががっしりしていた。僕はあんな顔の男を見たことが殆ど無い。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
印度人には違いないのだが、非常に薄く鳶色とびいろいて、その上へほの白くあおみを掛けたとでも形容したら言い表わせるのだろうか。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
お日さまは何べんも雲にかくされてぎんかがみのように白く光ったり、またかがやいて大きな宝石ほうせきのようにあおぞらのふちにかかったりしました。
おきなぐさ (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あおいお顔から、後光がさしている。いやお画きになる、お画きになる。目付も穏かだ。むすめたちと何時いつものように話しておいでになる。
そのあおざめた、きよめてから間もない清らかな顔も、それから頭布からはみ出ている白い襟布までが何となく、よろこびに輝いたように見えた。
あおい顔をしたおとなしい人で、さほどの年でもないのに、この頃は余り描かないらしい。何となく、あきらめているというような感じがする。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
西の空は夕日の余光なごりが水のようにえて、山々は薄墨の色にぼけ、あおい煙が谷や森のすそに浮いています、なんだかうら悲しくなりました。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
彼女は割れた皿を袱紗ふくさにつつんで持っていた。若党が運び出した燈火に照された彼女の顔はさすがにあおざめていた。播磨は静かにきいた。
番町皿屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
しかしその肥大も実は五六年前ぜん通武みちたけの病没したる後の事にて、その以前はやせぎすの色あおざめて、病人のようなりしという。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
「行田文学」にやる新体詩も、その狭い暑苦しい蚊帳かやの中で、外のランプの光があおい影をすかしてチラチラする机の上で書いた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
才あるこれからの男は求めて埋もれてしまうに堪えられなかった。我が身が気の毒であった。今はあおざめた昂奮が噴きあげるようであった。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
にんじんは、あおざめ、腕を組み、そして首を縮め、もう腰のへんがあつく、脹脛ふくらはぎがあらかじめひりひり痛い。が、彼は、傲然ごうぜんといい放つ——
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
妹のせ細ったあおい顔がちらと目につき、口を動かそうとしたが、声が出ず、そのまま段梯子だんばしごを上がって奥の三畳に寝かされた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
後添いのお国の美しい顔は、緊張にあおざめて、夫半兵衛の拡げた腕の中から、歎願するような眼を平次の方に向けるのでした。
道雄少年の言葉を聞いているうちに、次第次第にあおざめて来たシムソンは、この時、「うむ」と一声うなって、パッタリ床の上に倒れました。
計略二重戦:少年密偵 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
どうしたと云うのでございましょう? わたしは騒々そうぞうしい人だかりの中に、あおざめた首を見るが早いか、思わず立ちすくんでしまいました。
報恩記 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
修道僧たちは、おそらく、あおくなって、自分の部屋でちぢこまっていることだろう。ああ、なんという、傍若無人ぼうじゃくぶじん悪虐振あくぎゃくぶり!
少年探偵長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
女は横から男の顔をのぞき込んだ。どうもいつもより顔の色があおいようである。そう思ったので、女は優しい声をして云った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
汽船の真直ぐに進み行く方向、はるか前方に、かすかにあおく、大陸の影が見える。私は、いやなものを見たような気がした。見ない振りをした。
佐渡 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何かしら思いめているのか放心して仮面めんのような虚しさにあおざめていた顔が、瞬間しゅんかんカッと血の色をうかべて、ただごとでないはげしさであった。
競馬 (新字新仮名) / 織田作之助(著)
頬骨がとびだして、あおざめて、栄養不良の見本のような男であった。まさしくこのとき、この部屋の鳩時計が七時を告げた。
不連続殺人事件 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
奔馬のもんのついた真白い着物を着た、想像よりはずっと痩形やせがただが、長身の方で、そうして髪は月代さかやきおおわれているが、かおの色はあおいほど白い。
大菩薩峠:40 山科の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
色のあおざめたる顔なりき。大いに驚きて病みたりしがこれも何の前兆にてもあらざりき。田尻氏の息子丸吉この人と懇親にてこれを聞きたり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
彼の片眼はあおみを帯びて光って来た。そうして、彼女の頬を撫でていた両手が動きとまると、彼の体躯たいくは漸次に卑弥呼の胸の方へ延びて来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
まったくその瞬間、レヴェズは死人のようにあおざめてしまった。咽喉のどが衝動的に痙攣けいれんしたと見えて、声も容易に出ぬらしい。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
それは古い沼で、川尻かわじりからつづいてあおくどんよりとしていた上に、あしやよしがところどころに暗いまでにしげっていました。
寂しき魚 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
小さな頭をそびやかして、入口に近い椅子に掛け、青磁せいじのようなかたいあおい眼で、おびやかすようにみなの顔を見まわす。
キャラコさん:05 鴎 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
しかし一週間たつと、彼女はいつもよりは少しあおざめていたが、ほかは前と同じ様子で、自分の売台コントワールにふたたび現われた。
丸い揃った波が整然と寄せて来るのではなく、海はほのあおいゆらめく光のなかに、遠くのほうまで引き裂かれて打ち砕かれて掻き廻されている。
俄跛の姉妹のことをれ/″\も夫にたのんでつたお辻の死顔のあおざめたしなびたほお——お辻は五十で死んだのである。
老主の一時期 (新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
やや上気したほほのあか味のためにったまゆのあとがことにあおく見える細君はこういいながら、はじらいげにほほえんだ会釈を客の裕佐の方へなげ
ぼくのあおざめた顔を、酒のゆえとでも思ったのでしょう。照れくさくなったぼくは、折から来かかった円タクを呼びとめ、また、渋谷へと命じました。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
老婆は耳を傾けるように振り返ったが、やがてかの手紙をひらいて読みはじめると、その肩越しにあおざめた顔がみえた。
あおい顔を極度に緊張させて、惣七と磯五を、いそがしく見くらべていた。彼女かれはまだ、真昼の悪夢からさめきらぬ思いがしているに相違なかった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)