かじ)” の例文
私が大きく左かじを取って避けようとすると、同時に向うの機も薄暗い左の横腹を見せつつ大きく迂回うかいして私の真正面に向って来た。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
将来性も十分にあるし、同じ乗るなら、こういう親船に乗って新時代のうしおへ、生涯のかじを向けてゆくことこそ賢明だと考えていた。
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かじをとるさえものうき海の上を、いつ流れたとも心づかぬ間に、白い帆が雲とも水とも見分け難きさかいただよい来て、ては帆みずからが
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あのときばかりは船長以下、かじもコンパスもほうりっぱなしにして、みんながいっしょにすがりついて、船橋ブリッジをごろごろころがった
恐竜島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
かくて彼は、日々にちにちの波を分けておのれの小舟を進めながら、側目わきめもふらず、じっとかじを握りしめ、目的の方へ眼を見据えている。
「船は船じゃねえか! 大河をあっちい行ったり芝浦い行ったりする船じゃねえか。あたいがぎーっとかじをおしてんだ、あたいだって——」
白い壁 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
なぜかと言えば、その巣は、まるでだれかが乗ってかじでもとっているように、まっすぐこの小島のほうへむかってくるのです。
肉づきのいい大柄な此の娘は真白なセイラーのもすそを川風にひるがへして、甲板かんぱんに立つてかじを操つた。彼女は花子と呼ばれた。
水に沈むロメオとユリヤ (新字旧仮名) / 神西清(著)
が、本船はグーッと傾いた。そして見る見るうちに、そのかじが向いてもいないにかかわらず、グングンその頭を振り初めた。
海に生くる人々 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
その時はもう遅い。舟は大きなうねりに乗せられて、岸へ岸へと運ばれてしまう。帆はダラリと垂れてしまって、かじはどうあやつっても利かない。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
スミス少佐がかじを動かして、『荒鷲』は百米ばかり低いところへ下りて行った。高さ五百米、いよいよ第三の爆弾を落そうとした、その時だ。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
姉ちゃんはこない云うけど、私がかじを取ってなんだら、今迄にもっと脱線して、ほんまの不良になってたかも知れへんねん。
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
あの老人程かじの取りにくい人はないから貴所が其所そこを巧にやってくれるなら此方こっちは又井下伯に頼んで十分の手順をする、何卒か宜しく御頼おたのみします。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
どこの出先からも万遍なくお座敷がかかって、お馴染なじみのお客とも付かず離れずの呼吸でやらしたいから、後口々々と廻すようにかじを取るんです。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
大帆も矢帆やほ小矢帆こやほも、かんぬきがけにダラリと力なく垂れさがって、かじ水先みずさきもないように波のまにまにただよっている。
顎十郎捕物帳:13 遠島船 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
川の中には白い帆艇はんていをいっぱいに張って、埠頭ふとうを目がけて走って来ましたが、かじにはだれもおりませんでした。
蛇が蛇自身の目では見渡せないあの長いからだを、うまくかじを取って順序よく巻きついて行く手ぎわは見ものである。
われらの船はかじを失い、われらは明日から再び手探りの研究を始めなければならないという嘆きに沈むのもまたやむをえないことと思われるのである。
指導者としての寺田先生 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
かじの清さんに、七番の坂本さん、二番のとらさん、それに、ぼくといった真面目まじめな四五人だけでしたが——をみると、森さんは、真っ先に、ぼくをよんで
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
「あたりめえだ。食べ物だって風しだい、かじしだいだよ。はしの向いたほう、目の向いたほうをいただくんだから、威勢よくずらずらッと並べておきな」
船の上は、ひっそり人音もなくなりました、ただ、かじとりだけが、あいかわらず、舵をひかえて立っていました。
自分がかじとって漕ぎ回り小さな魚が銀色に光ってボートのなかにねていくつとはなし入ってくるのを眺めているときはどんなに平和な静かな心だろう。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
お前の心から暗黒を放逐ほうちくし、不自然でもかまわぬ、明るい光を添えて見ろ、と自身を叱り鞭打むちうって、自分の航路を規定したく、かじくぎづけにする気持で
惜別 (新字新仮名) / 太宰治(著)
上げ潮につれて灰色の帆を半ば張った伝馬船てんまぶねが一そう、二艘とまれに川を上って来るが、どの船もひっそりと静まって、かじる人の有無うむさえもわからない。
大川の水 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
勢いで走りつづける船足は、かじのために右なり左なりに向け直される。同時に浮標うきの付いた配縄はいなわの一端が氷のような波の中にざぶんざぶんと投げこまれる。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
するするけ出してせるだに、手許てもとあかるくなって、みんなの顔が土気色つちけいろになって見えてよ、が白うなったのに、かじにくいついた、えてものめ、まだ退かねえだ。
海異記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それは、鉛の板でつつむと鉄の釘や、かじの金物が、くさったようにひどくぼろぼろになってしまうからだ。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
三十六号船の舳先へさきに立って、「おもかじいっぱい」とか「スロー、スロー」などと、ブル船長に叫んでいた彼、また根戸川亭で自分の女に毒づかれ、こき使われ
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
それゆえに杖をもってよい塩梅あんばいかじを取ってズブリズブリ渡って行くようにしてだんだん降って行きましたが、雪の積ってある下に石の高低があるものですから
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
なあに漕法さえしっかり出来上ってればかじはその日に誰れかを頼んだって間に合わぬこともない。これが高等学校以来もう六年も隅田すみだ川で漕いで来た窪田のはらであった。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
10 だが! 船尾に到ってよくよく見るならば、この船には全く一つのかじもついていないのだ。
氷れる花嫁 (新字新仮名) / 渡辺温(著)
いままで知らなかったさびしさを深く脳裏にりつけた。夫婦ふたりの手で七、八人の子どもをかかえ、僕がさおを取り妻がかじを取るという小さな舟で世渡りをするのだ。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
彼はかじを握ったまま、何ぜという訳もなく舟の中を見廻した。云い知れぬ不安に襲われたからだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
大洋にかじを失いしふなびとが、遥かなる山を望むごときは、相沢が余に示したる前途の方鍼ほうしんなり。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
これは鋼鉄のスケルトンの上に板を渡して、走者はそのうえに、頭を下にして腹這はらんばいになる。うしろに出ている靴の爪先きにスパイクがついていて、それでかじを取るのだ。
踊る地平線:11 白い謝肉祭 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
こいつだけはどうにも仕方がない。うまくかじさえ取って行けば、適した物だけは必ず栄える。
任侠二刀流 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
かじが少し狂うと舟は蘆の中へずれて往って青い葉が船縁ふなべりにざらざらと音をたてた。微曇うすぐもりのした空かられている初夏の朝陽あさひの光が微紅うすあかく帆を染めていた。舟は前へ前へと往った。
水郷異聞 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ボロ船のかじのようなもので、ハンドルを廻わしてから一時間もして、ようやくきいてくるッてところだ。今迄の誤ッてた運動の実践上の惰勢もあるし、これは何んてたって強い。
工場細胞 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
オールも、かじもむだだった。いや、母船をはなれた瞬間から、舵はもう、打ち砕かれていたのだ。ひとびとは無言のうちに、ボートに流込んで来る水を必死になってかい出した。
秘境の日輪旗 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「うむ、ガラ空きだ。おれは船首へさきも、船尾ともの方も、上から下まで探した。大きな声で呼んでみた。けれどだアれもいやしない。かじにも、帆檣ほばしらにも、甲板の何処にも、まるで人がいないんだ」
油紙で張った雨傘にかど時雨しぐれのはらはらと降りかかるひびき。夕月をかすめて啼過なきすぐかりの声。短夜みじかよの夢にふと聞く時鳥ほととぎすの声。雨の夕方渡場わたしばの船を呼ぶ人の声。夜網よあみを投込む水音。荷船にぶねかじの響。
虫の声 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
あれがかじの取りよう一つで、この家がやれないことはないとわたしは思うよ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
どれか善く知っている標識または岬角によって水先案内のようにかじをとっているのであり、いつもの航路からはみ出るときにも心のなかではどこか近所の岬の位置をかんがえているのである。
少くともかの女のむす子はかじを正しく執りつつあるのを見て取った。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
巧妙自在にかじをあやつって、どうにかその衝撃をまぬがれたのだ。
船旅 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
その度が強くなると、世間にめずらしくない嘲笑ちょうしょうの客体となるのだが、少しは期待してよいだろう。そしてそのねらいを含めて、子供に対する自分の態度のかじをとって行くことは、ひそかな喜びでもある。
親は眺めて考えている (新字新仮名) / 金森徳次郎(著)
B29一機はくるりとかじを換え悠然と飛去るのであった。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
星霜せいそう移り人は去り、かじとる舵手かこはかわるとも
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
今度はかじを操って、それと並行に走らせた。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
船頭が客人に、あなたは船が好きですかと聞いた時、好きもきらいも御前のかじの取りよう一つさと答えなければならない場合がある。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)