穿物はきもの)” の例文
穿物はきものを、だしてください」沈着に、静かなことばで、そういうのであったが、さすがに心のうちでは胸が痛いほど案じられているらしい。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
船中の混雑は中々容易ならぬ事で、水夫共は皆筒袖つつそでの着物は着て居るけれども穿物はきもの草鞋わらじだ。草鞋が何百何千そくも貯えてあったものと見える。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
飛びかかると格子をソロリと開け、それを閉じると穿物はきものを脱ぎ、懐中ふところに入れたが敏捷である、障子を開けるとすべり込んだ。
前記天満焼 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
吹通ふきとほしのかぜすなきて、雪駄せつたちやら/\とひととほる、此方こなた裾端折すそはしをりしか穿物はきものどろならぬ奧山住おくやまずみ足痕あしあとを、白晝はくちういんするがきまりわるしなどかこつ。
森の紫陽花 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
大助の寓居から自分の家へ戻った竹亭寒笑が、格子をあけると、土間に客の穿物はきものがあった。書肆和田平の番頭のものだ。とたんに寒笑はにたりとした。
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
実際彼女は三四日さんよっか前に来た時のように、編上あみあげだのたたみつきだのという雑然たる穿物はきものを、一足も沓脱くつぬぎの上に見出みいださなかった。患者の影は無論の事であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして彼女は多くの場合足袋や靴下を着けることはなく、いつもそれらの穿物はきものかに素足に穿いていました。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
藁草履は穿物はきものの中の簡素なものである。未だ一度も人の足に触れぬ新しい草履なら、極めて清浄でもある。元日気分と調和する点からいえば、革のくつ塗木履ぬりぼくりの比ではない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
七兵衛が現われたために九死の境を逃れた金公は、血相を変えてこの席を飛び出して、それでも今度は間違いなく、自分の穿物はきものをさらって、門の外へ走り出してしまいました。
大菩薩峠:26 めいろの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
殊に暮などは抱子かゝえッこを致して居れば、新しくの紋附を染めるとか、長襦袢をこしらえてやるの、小間物から下駄穿物はきものに至るまで支度を致すというので、大した金のるものでございます。
松と藤芸妓の替紋 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
梅田の驛前の旅人宿に一時の寢所ねどころを定めたが、宿の内部の騷々しさに加へて、往來を通る電車のきしり、汽車の發着毎にけたゝましく響きわたる笛の、人聲と穿物はきもの三和土たゝきにこすれる雜音などが
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
「上出来でございました。はやく、お父君にも、このことを」穿物はきものをそろえて、ぬりげた貧しいくるまながえを向ける。彼が、それに乗ると、学舎の窓から
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
成程なるほどれは馬のく車だと始めて発明するような訳け。いずれも日本人は大小をして穿物はきもの麻裏草履あさうらぞうり穿はいて居る。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
トその時、おあがりになったばかりのお穿物はきものが見えませぬ、洋服でおあんなさいましたで、靴にござりますな。
伊勢之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
私は寝坊ねぼうをした結果、日本服にほんふくのまま急いで学校へ出た事があります。穿物はきもの編上あみあげなどを結んでいる時間が惜しいので、草履ぞうりを突っかけたなり飛び出したのです。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そこに穿物はきものがなかったので、跣足はだしのままで庭へ下り、驚かせたら逃げるかもしれない、こう何となく思われたので、物の陰から物の陰を伝い、女の方へ近寄って行った。
弓道中祖伝 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
節子は穿物はきものをぬいであがった。一方に切炉のある板間があり、その三方に畳が敷いてある。
おばな沢 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
裏の水口も表の戸も、固くとざしてあって、節穴からのぞいてみても、万吉の穿物はきものまで用意ぶかく隠してあった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
穿物はきものおもいために、細君さいくんあしはこ敏活びんくわつならず。がそれ所爲せゐ散策さんさくかゝ長時間ちやうじかんつひやしたのではない。
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
終点に近いその通りは、電車へ乗り降りの必要上、無数の人の穿物はきもので絶えず踏み堅められる結果として、四五年このかた町並まちなみが生れ変ったように立派に整のって来た。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
軒端からさしのぞいて、訪れた侍がある。二人づれだ。狭い土間口は、子供の穿物はきものだらけなので、そういってから、木戸もない裏の方へ廻って来て、縁先へ立った。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
かしらの口から、しかも意見するごとく言い聞かされ、お穿物はきものという謎まで聞いて、色男堪忍ならず。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ここに、お十夜の姿をみるのは、大津以来のことであるが、困れば、相変らず持病の辻斬りをかせぐとみえて、身装みなり持物、穿物はきものに至るまで、どうしてなかなかこっている。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
背後うしろ向きでね、草履でしょう、穿物はきものを脱いだのを、突然いきなり懐中ふところへお入れなさるから、もし、ッて留めたんですが、聞かぬふりで、そして何です、そのまんま後びっしゃりに
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして少し身をのばしながら、台所口から穿物はきものをはいて出てゆく義妹のうしろ姿をのぞいていた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
おや、無面目むめんもくだよ、人の内へ、穿物はきものを懐へ入れて、裾端折のまんま、まあ、随分なのが御連中の中に、とそう思っていたんですがね、へい、まぐれものなんでございますかい。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あの晩、ふたりの穿物はきものが、星のけた河ばたに揃えてあった。そして翌日になっても、ふたりの影はどこにも見あたらない——と、それからの騒ぎや、うわさであった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それという声がかかると、手取早てっとりばやく二人の姉分の座敷着を、背負揚しょいあげ扱帯しごき帯留おびどめから長襦袢ながじゅばんひもまで順序よくそろえてちゃんと出して、自分が着換えるとその手で二人分の穿物はきものを揃えて
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あのよく笑ってばかりいる、はしゃぎやの彼女が、じっと、深い眼をして、階段を下り、自分の穿物はきものをさがし、そして暗い大地へ、黙り合って足を運びだしたのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
促して、急いで脱放しの駒下駄をさぐる時、白脛しらはぎが散った。お千もあわただしかったと見えて、宗吉の穿物はきものまでは心着かず、可恐おそろしい処をげるばかりに、息せいて手を引いたのである。
売色鴨南蛮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ふと、縁にたたずんでいたので、すぐその蘭丸が小姓部屋から走り出て、沓脱石くつぬぎいし穿物はきものをそろえた。
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
されば敷石をなら穿物はきものに音立てて、五ツ紋の青年わかものはつかつかとその格子戸の前。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おつみが、穿物はきものをはいて、物置の方へ告げた。戻って見ると、母は壁の神棚へ、燈明を上げ、小さい木皿へ、一つまみのあわと、それから日吉のもたらした塩とを盛って、を合わせていた。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
(書生さんの旦那、お穿物はきものをお提げなすって、こちらから。)と言ってくれた。
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
オイ、姉や、わっしが肩へつかまりねえ、わけなしだ。お前ンとこまで送ってやろうと、穿物はきもの突懸つっかけておいて、しゃがんで背中を向けますとね、そんな中でもきまりのわるそうに淋しい顔をして、うじうじ。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ぶつぶついいながら、やがて、土間の穿物はきものへ足をおろしかけると
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
穿物はきものゆるんでたので踏返ふみかへしてばつたりよこころぶと姿すがたみだれる。
迷子 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
土間へ穿物はきものをそろえる時、お吉の胸に、ひしと、淋しさが迫った。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
旦那だんな役所やくしよかよくつさきかゞやいてるけれども、細君さいくん他所行よそいき穿物はきものは、むさくるしいほど泥塗どろまみれであるが、おもふに玄關番げんくわんばん學僕がくぼくが、悲憤ひふん慷慨かうがいで、をんなあしにつけるものを打棄うつちやつてくのであらう。
山の手小景 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
玄蕃は何の気もなく、くつぬぎに揃えられた穿物はきものへ足を入れながら
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ここに注意すべきは多磨太が穿物はきものである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「では、あちらへ参ろう。穿物はきものはないか」
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
穿物はきものを持って上げましょう、)
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「お次、穿物はきものを出せ」
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)