やや)” の例文
これから駒津岳の頂上へ懸けて偃松が深いので、元は登降になり困難であったが、今は多少の切明けもあるのでやや登りよくなった。
それからややあって、頭の君はまた道綱に取り次がせて、私に「こないだはお目にかかれずに帰りましたので、又お伺いいたしました」
ほととぎす (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ここにも夜店がつづき、ほこらの横手のやや広い空地は、植木屋が一面に並べた薔薇ばら百合ゆり夏菊などの鉢物に時ならぬ花壇をつくっている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
秋山は子供を六人拵えて、小林は三人拵えて、秋山はややずるく、小林は掘り出した切り株の如く「飛んでもねえ世の中」を渡っていた。
坑夫の子 (新字新仮名) / 葉山嘉樹(著)
モチの木の皮をはいで石でたたいて強いモチを作り、竹竿たけざおのさきに指をなめては其をまきつける楽しさを今でもやや感傷的に思出す。
蝉の美と造型 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
もう冬と名のつく月に入ったのだったが、今夜はそう寒くもなかった。しかしこう霧が降りていては、連絡をとるのにやや困難をおぼえた。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
籠は上に、棚のたけやや高ければ、打仰うちあおぐやうにした、まゆの優しさ。びんの毛はひた/\と、羽織のえりに着きながら、肩もうなじも細かつた。
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
人間の行為に全く純粋な動機は殆ど無いとしても、F君の行為を催起した動機は、その不純の程度がややはなはだしくはあるまいかと疑われる。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
「へえ、そんなもんですかな」と門野はやや真面目まじめな顔をした。代助はそれぎり黙ってしまった。門野はこれより以上通じない男である。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼等はこうしてややしばらく歩いて行ったが、やがて裏街の或る小さな飲食店の前に立ちどまると、乞食は戸をあけて、盲に声をかけた。
幻想 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
やや久しく迷って居たが、終に思い切って舟を返すと、其の歌の声は遠くなり近くなり、久しい間幽かに響いて居たと云うことであった。
漁師の娘 (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
但しこれは爪先の形が右足のそれよりもややハッキリと現われていて、身体からだの重みが幾分余計に、左足にかかっていた事を証明している。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
低声こごえでこんな唄をうたいながら、お葉は微酔ほろよい機嫌でかどに出た。お葉は東京深川生れの、色のやや蒼白い、細面ほそおもての、眉の長い女であった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
男は外国織物と思わるるやや堅いしとねの上にむんずと坐った。室隅には炭火が顔は見せねど有りしと知られて、へやはほんのりと暖かであった。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
最もほそく作られたるものは其原料げんれう甚だ見分みわけ難けれどややふときもの及び未成みせいのものをつらね考ふれば、あかがひのへり部分ぶぶんなる事を知るを得。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
去年の草の立ち枯れたのと、今年生えてやや茎を立て初めたのとがまじりあって、屋敷地からみ出し、道の上までも延びて居る。
死者の書 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
訣別けつべつの歌だから、やや形式になり易いところだが、海上の小島を以て来てその気持を形式化から救っている。第四句が中心である。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
智恵子の病気は赤痢——然もやや烈しい、チフス性らしい赤痢であつた。そして午前九時頃には担荷に乗せられて、隔離病舎に収容された。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
縁に余白がなくなっているので、手に把って暫く眺めていると、どうもえん側が狭すぎて、やや窮窟な感じを与えるのがきずである。
愛書癖 (新字新仮名) / 辰野隆(著)
やや高等なる動物において見るような目的あり且つ多少意識を伴うが、未だ目的が明瞭に意識されて居らぬ本能的動作とも区別せねばならぬ。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
すなわちその目的地は豊後南海部郡因尾インビ村の地内であって、そこは佐伯町からやや南よりの西方七里程も奥の地点で井ノ内谷という処である。
植物記 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
まことに人を懼るるとば、彼の人を懼るる所以ゆゑんと、我より彼の人を懼るる所以とす者とは、あるひややおもむきことにせざらんや。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
厨川君は、薬師仏の背後の壇上にある聖観音の首に、鏡をやや下向きに掛けて置き、薬師三尊の中の月光像の背後で、線香花火を燃やしたのだ。
後光殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
一寸ちょっと考えると、潤いのあるという事は味があるというよりはやや狭義に思考せられるが、潤いがあっても味いは無いという事は、想像が出来ない。
歌の潤い (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
その次のやや広い小みちもお墓のないことは同じだった。僕等は今度は引き返す代りに生け垣の間を左へ曲った。けれどもお墓は見当らなかった。
年末の一日 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
始めてこゝに移りし頃はわずかに竹藪を開きたる跡とおぼしく草も木も無き裸の庭なりしを、やがて家主なる人の小松三本を栽ゑてやや物めかしたるに
小園の記 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
曲は露土戦争の悲壮な結末を表はしてゐるらしく、その沈痛に徹した弾音がときにややたかまつて、暗い七月の夜の空気を静かにふるはせるのであつた。
水と砂 (新字旧仮名) / 神西清(著)
奴さんやや精神がはっきりしたので、己の寝室へ帰って往ったのだ、そして、室の中へはいってみると、細君は己の寝台の上ですやすやねむっているのだ
雨夜草紙 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
其のうち徳川勢やや後退した。朝倉勢、すわいくさに勝ちたるぞとて姉川を渡りて左岸に殺到したところ、徳川勢ひき寄せて、左右より之れを迎え撃った。
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
川田功氏の「砲弾を潜りて」は、日本のあらゆる戦争文学の中、第一位に置かるき名作であった。「尼港の怪婦人」に至っては、遺憾ながらやや落ちる。
さうして二人の実際の上の交りが隔つて来ると同じやうに思想の上にもややはつきりと相異を見出すやうになつた。
平塚明子論 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
それどころか英米の資本主義国家の手先となって、ややもすれば物質によって他国の貧民に慈恵し、安っぽい愛と同情とを強いている。人生は愛以外にない。
反キリスト教運動 (新字新仮名) / 小川未明(著)
訳者かつて十年の昔、白耳義ベルギー文学を紹介し、やや後れて、仏蘭西詩壇の新声、特にヴェルレエヌ、ヴェルハアレン、ロオデンバッハ、マラルメの事を説きし時
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
濃い暗いやや冷たい紫のつぼみが破れ開いて、中からほんのり暖かい薄紫の陽炎かげろうが燃え出る。さうして花の散り終るまでにはもう大きな葉が一杯に密集してしまふ。
木蓮 (新字旧仮名) / 寺田寅彦(著)
可愛がって育てると、葉は紫苑しおんのさきの方に似てやや強く、スッとして花は単弁で野菊に似てやや大きかった。
まるいなだらかな小山のような所をおりると、幾万とも数知れぬ蓮華草れんげそうあこう燃えて咲揃さきそろう、これにまた目覚めながらなわてを拾うと、そこはやや広い街道にっていた。
菜の花物語 (新字新仮名) / 児玉花外(著)
彼女の顔はいつものようにやや愁をおびてはいますが、極めて平和で、私を見るといきなり斯う云いました。
悪魔の弟子 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
実にあやういことでありまして、其のうちに幾百里吹流されましたか、山三郎にもとんと分りません、やや暫くたって一つの大浪にどゝどゝどーんと打揚げられまして
彼の眼は黒瞳くろめがちで、やさしいうるほひがあつた。眉も恰好がよかつた。鼻筋もよく通つて、その下にはやや肉感的な紅味のある唇が心持ふくらんで持上つてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
で、生来始てやや真面目になって再び筆硯に親しもうとしたが、もう小説も何だか馬鹿らしくてちっとも書けない。泰西たいせいの名家の作を読んで見ても、矢張やっぱり馬鹿らしい。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
新らしい力の加えられた年を迎えて、新年と云う、ややコンベンショナルな形式を脱して、より大きな充実を感じずには居られないのである。愛する者の上に幸あれ。
二十五といへばやや婚期遅れの方だが、しかし清潔に澄んだ瞳には屈託くつたくのない若さがたたへられてゐて
木の都 (新字旧仮名) / 織田作之助(著)
泉原は家主の婆さんからその話をきいて、すっかり気をくじかれてしまった。やや明るくなりかけていた気持が大きなたなごころで押えつけられたように、倏忽たちまち真暗になって了った。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
笑い/\、そう言うと、長田は興ありそうに聞いていたが、居なくなると言ったので初めて、やや同情したらしい笑顔になって、私の顔を珍らしく優しく見戍みまもりながら
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
事実病人は注射されてからやや安静になり、医師と、看護婦と、母親に附き添われて運ばれて行った。
細雪:02 中巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ただ、眉毛は夫人よりやや薄くあごの少しつまり加減な所と、濃いおしろいの下にはっきり想像出来るなめらかな頬の青味が、此令嬢を夫人より少し内気らしく感ぜしめる。
動かぬ女 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
と言って、やや暫時しばらく奥様の御顔を見つめておりましたが、やがて、思付いたように立上りました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
天日てんじつを遮るものがない、かつこの山は、殆ど上りばかりで、足を休める平坦なみちがない、暑いのと、急なのとで、一行やや疲れ気味が見え出したが、此処ここで疲れては仕様がないと
武甲山に登る (新字新仮名) / 河井酔茗(著)
それは貝類の肌のような白みのなかにややうっすりしたオレンヂいろを交ぜたような光沢をもったところの、殆ど、日本人としては稀に見る皮膚の純白さをもっていたのである。
幻影の都市 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
と近年にわかに女の問題は、所謂識者の口に筆に難解の謎の如く、是非論評せらるゝに至れるが、而も其多くは身勝手なる男子がやや覚醒せんとしつゝある、我等婦人の気運を見て
肱鉄砲 (新字旧仮名) / 管野須賀子(著)