秩父ちちぶ)” の例文
この両人ふたりが卒然とまじわりていしてから、傍目はためにも不審と思われるくらい昵懇じっこん間柄あいだがらとなった。運命は大島おおしまの表と秩父ちちぶの裏とを縫い合せる。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
なるほど、この富士川を上ってここが福士、それから身延鰍沢みのぶかじかざわ、信州境から郡内ぐんない萩原入はぎわらいりから秩父ちちぶの方まで、よく出ておりますな。
大菩薩峠:08 白根山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
武蔵野原を北に歩んで尽くところ、北多摩の山の尾根と、秩父ちちぶ連峰のなだれが畳合たたみあっている辺に、峡谷きょうこくさとが幾つもあるそうです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秩父ちちぶ大蛇だいじゃ八幡やはた手品師、軽わざ乗りの看板があるかと思えば、その隣にはさるしばいの小屋が軒をつらねているといったぐあいでした。
絶間なき秩父ちちぶおろしに草も木も一方に傾き倒れている戸田橋とだばしの両岸の如きは、放水路の風景の中そのもっとも荒凉たるものであろう。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
武蔵野にもようやく春の訪れが来た。遠くにみえる秩父ちちぶの山の雪も消えてかしらの梅はいま満開である。庭さきへうぐいすが来てしきりにさえずって行く。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
かの女は水のきよらかな美しい河のほとりでをとめとなつた女である。の川の水源は甲斐かい秩父ちちぶか、地理にくらいをとめの頃のかの女は知らなかつた。
(新字旧仮名) / 岡本かの子(著)
関東地方では秩父ちちぶ小鹿野おがのの宿に、信濃石という珍らしい形の石がありました。大きさは一丈四方ぐらい、まん中に一尺ほどの穴がありました。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
もう秋風が野に立って、背景をつくった森や藁葺わらぶき屋根や遠い秩父ちちぶの山々があざやかにはっきり見える。豊熟した稲は涼しい風になびきわたった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
「敵は多勢じゃ、世良田せらだどの」「味方は無勢じゃ、秩父ちちぶどの」「さても……」「思わぬ……」敵はまぢかく近寄ッた。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
紬縞つむぎじまらしいさっぱりした着物に、角帯をしめ、秩父ちちぶ物の焦茶色に荒い縞のはいった、袖なしの半纏をひっかけていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
秩父ちちぶのおくにゐました秩父のつかさも、たいへん心配しまして、ある日、三峰山みつみねさんの中に、三峰の法師をおとづれました。
鬼カゲさま (新字旧仮名) / 豊島与志雄(著)
「一つ秩父ちちぶの同じ地方で、それほどの立派な男が二人、両立して争うとはいかにも残念! 戦えば両虎とも傷つきましょう。和解して力を一つにすべきじゃ」
剣侠 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その八日の朝初氷が張った。二十二日以後は完全な冬季の状態に移って、丹沢山塊から秩父ちちぶ連山にかけて雪の色を見る日が多くなった。風がまたひどく吹いた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
秩父ちちぶ町から志賀坂峠を越えて、上州神ヶ原の宿しゅくに出ると、街を貫いて、ほこりっぽい赤土あかつち道が流れている。
白蟻 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
秩父ちちぶ御囲おかこ鉱山やまから掘り出した炉甘石ろかんせきという亜鉛の鉱石、これが荒川の便船で間もなく江戸へ着く。
平賀源内捕物帳:萩寺の女 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
萱原かやはらの一端がしだいに高まって、そのはてが天ぎわをかぎっていて、そこへ爪先つまさきあがりに登ってみると、林の絶え間を国境に連なる秩父ちちぶの諸嶺が黒く横たわッていて
武蔵野 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
生憎あいにく野末の空少し薄曇うすぐもりして、筑波も野州上州の山も近い秩父ちちぶの山も東京の影も今日は見えぬが
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
ひょうひょうと風のごとく、ねぐらさだめぬ巷の侠豪、蒲生泰軒がもうたいけん先生。秩父ちちぶ郷士ごうしの出で、豊臣の残党だというから、幕府にとっては、いわば、まア、一つの危険人物だ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そしてその水源林を爲す十文字峠といふを越えて武藏の秩父ちちぶに入つた。この峠は上下七里の間、一軒の人家をも見ず、唯だ間斷なくうち續いた針葉樹林の間を歩いてゆくのである。
翌明治十八年の秩父ちちぶ事件ではついに働く農民貧民の大衆を動員するにいたった。
加波山 (新字新仮名) / 服部之総(著)
東京都下では八王子、青梅おうめ、村山の如き、そのやや北には埼玉県の秩父ちちぶ更にさかのぼって群馬県の伊勢崎や桐生きりゅう。そこから右に折れて栃木県の足利あしかがや佐野、更に東すると茨城県の結城ゆうきがあります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
梶原に続き、三浦、鎌倉、秩父ちちぶ、足利の一族、党では猪俣いのまた児玉こだま野井与のいよ、横山、西にし党、綴喜つづき党などや、その他の私党の兵が続々と攻めこめば、平家もここに兵力のすべてを投入して戦った。
真近い道灌山どうかんやまの聴音隊からも、ただいま敵機の爆音が入ったとしらせてきた。敵機は折からの闇夜を利用しいつの間にか防空監視哨の警戒線を突破し、秩父ちちぶ山脈を越えて侵入してきたものらしい。
空襲下の日本 (新字新仮名) / 海野十三(著)
つづめて言えば、楸はわが国のあずさかきささげかという疑いである。牧野さんはいう。普通あかめがしわをあずさに当てているが、昔わが国で弓を作った木は、今でも秩父ちちぶであずさと称している。
おらあ秩父ちちぶの方へ落ちようかな」
入れ札 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
その最も力のある団体が、榛名はるな、赤城、秩父ちちぶ、甲府にわたる無人の地を所さだめずにんで移る山岳切支丹族さんがくきりしたんぞくの仲間の者であるのです。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
私の住む武蔵野からは、遠く秩父ちちぶ連山がみえ、場所によっては富士山もみえるが、それは単にみえるというだけで、私の関心をそそることはなかった。
今年の夏休暇なつやすみに三日ほど秩父ちちぶ三峰みつみねに関さんと遊びに行った時採集して来たものの中にはめずらしいものがあった。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
ぽっかりとどこからかひとりの怪しい秩父ちちぶ名物のさるまわしが、おしの城下の羽生街道口に現われてまいりました。
ジロブチ・ジロンブチという語は島々にもあり、またジロという語のすでに忘れられた秩父ちちぶ地方などにもある。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
秩父ちちぶ連山雄脈、武蔵アルプスが西方に高くそびえて、その背後に夕映の空が金色にかがやいている、それから東南へ山も森も関東の平野には今ぞ秋がたけなわである
天保八年某月『繁昌記』のために罰せられて江戸市中に居住することを禁ぜられたので、髪を削って武州秩父ちちぶ辺より上毛じょうもうの間を流浪し知人の家に泊り歩いていた。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
前年の六月になっても米価はますます騰貴するばかりで、武州の高麗こま入間いるま榛沢はんざわ秩父ちちぶの諸郡に起こった窮民の暴動はわずかに剣鎗けんそうの力で鎮圧されたほどである。
夜明け前:02 第一部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
せて、小柄こがらで、背丈は五尺そこそこだろうか。紬縞つむぎじまらしいさっぱりした着物に、角帯をしめ、秩父ちちぶ物の焦茶こげちゃ色に荒い縞のはいった、そでなしの半纏はんてんをひっかけていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
例令たとえ遠山とおやまは雪であろうとも、武蔵野の霜や氷は厚かろうとも、落葉木らくようぼくは皆はだかで松のみどりは黄ばみ杉の緑は鳶色とびいろげて居ようとも、秩父ちちぶおろしは寒かろうとも、雲雀が鳴いて居る。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
そこは秩父ちちぶに残存する自源流をもっておのが剣技をつちかいきたった泰軒先生のことだ。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
東京近くの溪では秩父ちちぶであらう。
「ようし、てめえっちのような、兎のくそみてえなチビに、挨拶しても仕方がねえ、後から、秩父ちちぶの熊五郎が返答にゆくから引っ込んでろ」
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秩父ちちぶ地方では子供が行方不明になるのを、かく座頭ざとうに連れて行かれたといい、またはヤドウカイに捕られたというそうだが、これなどは単純な誤解であった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
左様さよう、なにしろこの街道筋かいどうすじは申すに及ばず、秩父ちちぶ熊谷くまがやから上州、野州へかけて毎日のように盗人沙汰、それでやり口がみな同じようなやり口ということでございます」
ここに夕陽せきようの美と共に合せて語るべきは、市中より見る富士山の遠景である。夕日に対する西向きの街からは大抵富士山のみならずその麓につらな箱根はこね大山おおやま秩父ちちぶの山脈までを望み得る。
秩父ちちぶ名物のさるまわしなんですが、それぞれ、一匹ずつのさるをひざにかかえながら、しきりといなりずしをつまんでいるのに、眼光が少しばかり烱々けいけいとして底光りがありすぎるのです。
古風にやる家も、手軽でやらぬ家もあるが、要するに年々昔は遠くなって行く。名物は秩父ちちぶおろし乾風からっかぜ霜解しもどけだ。武蔵野は、雪は少ない。一尺の上も積るはまれで、五日と消えぬは珍らしい。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
秩父ちちぶの山ふところ、武田の残党として近郷にきこえた豪族ごうぞくのひとりが、あてもない諸国行脚あんぎゃの旅に出でて五十鈴いすず川の流れも清い伊勢の国は度会わたらい郡山田の町へたどりついたのは、ちょうど今ごろ
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
羽生の寺の本堂の裏から見た秩父ちちぶ連山や、浅間嶽の噴煙ふんえん赤城あかぎ榛名はるな翠色すいしょくにはまったく遠ざかって、利根川の土手の上から見える日光を盟主めいしゅとした両毛りょうもうの連山に夕日の当たるさまを見て暮らした。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
南は多摩川を境とし、北は中仙道、西は秩父ちちぶの連峰、東は江戸の町を境界に、今見るその絵図面にもグルリと朱の点線が打ってあります。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
右の端は秩父ちちぶ武甲山ぶこうさん大菩薩だいぼさつ、一度相模さがみ川の流路でたるんで、道志どうし丹沢たんざわから大山のとがった峰まで、雪が来たり雲がかかったり、四季時々の眺めには心をかるるものが多く
秩父ちちぶから系統を引いているわけではなく、筑波根つくばねの根を引いているわけでもなく、いわば武蔵野の逃水にげみず同様に、なんの意味もなくむくれ上って、なんの表現もなく寝ているところに
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
代々秩父ちちぶの奥地に伝わり住む郷士の出で、豊臣の残党とかいう。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)