まな)” の例文
この辺の海からあがるトラ河豚ふぐみたいな顔をしている。おうへいはこういうひとの通例だが、より以上、いやな感じを与えるまなざしで
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
はにかみながらそっと相手を見る恋のまなざしが、いろいろなことを甘く物語るようになるのも、冬の炉ばたにまさるところはない。
その鋭いまなざしに女はおそれおののき、とうてい隠れえぬことを思いまして、御前にひれ伏し、有りし次第をすべて告白いたしました。
体格は骨太ほねぶと頑丈がんじょうな作り、その顔はまなジリ長く切れ、鼻高く一見して堂々たる容貌ようぼう、気象も武人気質ぶじんかたぎで、容易に物に屈しない。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そして身じろぎもしたまわずに伏せがちのおんまなざしから無量の慈愛がこぼれでるままに、そのおん眼を迷惑する衆生の上にそそがれている。
それはさしかざす絵日傘のかげになまめく顔や顔のなかで子安貝の背に彫ってはめたようなすずしいまなざしをした子で、伊丹幸いたこうの□□□という。
小品四つ (新字新仮名) / 中勘助(著)
彼女かのじょのとうに死んでいる友人と話し合ってでもいると言ったような、空虚うつろまなざしがまざまざと蘇ってくる……と思うと
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
豪傑肌の支店長は、家族の者に紹介して、何がをかしいのか高笑をしたが、しかし鋭いまなざしで、女連を觀察してゐた。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
ちごしづかに寢床ねどこうつして女子をなごはやをら立上たちあがりぬ、まなざしさだまりて口元くちもとかたくむすびたるまゝ、たゝみやぶれにあしられず
軒もる月 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
かの女は、だんだん老紳士に対する好感が増して行き、いつくしむようなまなざしで青年の姿を眺めていると、老紳士は、暗黙の中にそれを感謝するらしく
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そのまなざしはいかにも冷やかで、もし時どきに手や腕を動かさなかったらば、わたしはよく描けている画を見ているのではないかと思うくらいであった。
不思議な悲哀感が、私をおそった。私は、再び吉良兵曹長の方は見ず、うつろなまなざしを卓の上に投げていた。騒ぎはますます激しくなって行くようであった。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
切れ長のまなじりに細い皺を刻んで、じっと立ちどまったまま、ほこりを浴びた足もとと、箒をさげてどぎまぎしている老婆の顔とをしずかに見くらべている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
それが彼女のまなざしに、何かかう物静かな瞑想と、親しみぶかい慈愛との影を、与へてゐるやうである。
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
まなざしはやさしく、眼はパッチリと大きく、熱い涙を流して泣いているうちに、ふいになにかに驚ろかされたといった、どこか霊性をおびた単純ないい表情をしている。
無月物語 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
細面ほそおもての、無邪気なまなざしの、パリ好みの身なりをした男である。若い新聞記者は少しはにかみながら、まるで美術館の彫刻にでも近づくやうにエルアフイの裸体に近づいて来た。
亜剌比亜人エルアフイ (新字旧仮名) / 犬養健(著)
とうとう、あこがれて此処ここに来たかと生絹は好意に充ちたまなざしであたりを眺めた。
荻吹く歌 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そして訴えるようなまなざしを、おくするところなく真っ直ぐ御簾のうちへ注いだ。
少将滋幹の母 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
顔の他の部分は日に焼けてはいたが、薄皮だけにかえって見所があった。まなざしは分らなかッた、——始終下目のみ使っていたからで、シカシその代り秀でた細眉と長い睫毛まつげとは明かに見られた。
あいびき (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
エヽ喧擾やかましいわ、老耄おいぼれ、何にして食おうがおれの勝手、殊更内金二十両まで取って使って仕舞しまった、変改へんがいはとても出来ぬ大きに御世話、御茶でもあがれとあくまでののし小兎こうさぎつかわしまなざし恐ろしく
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
おぶさりていや暑からしのぼりけるまなざしたゆく今はくだりに
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
しかしすでに 離れはじめた ふたつのまなざし……
優しき歌 Ⅰ・Ⅱ (新字旧仮名) / 立原道造(著)
と、道子は又燃えるようなまなざしで俺を見ながら
彼が殺したか (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
才華悧悧たるまなざしには
古盃 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
まなざしは、あま阿摩あま
白羊宮 (旧字旧仮名) / 薄田泣菫薄田淳介(著)
不愍やな、などと彼はよく口にもするが、かれが周囲の者を見る眼には、事実、不愍と思いやるまなざしが、何を見るにもこもっていた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
なぜならばイエスはこれを聞かれて、愛のまなざしをじっとそそぎつつ、「そうだね、しかし汝になお一つ足りないことがある」
西国立志編さいこくりっしへんだ」と答えて顔を上げ、僕を見たそのまなざしはまだ夢のめない人のようで、心はなお書籍の中にあるらしい。
非凡なる凡人 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
顔や襟もとにさす赤み、静かな胸の高まり、ときおり幻想にふけるまなざし、すべてが彼女の小さな胸におこっているかすかな動揺をあらわしていた。
……私はそのもの云いたげな、しかし去年とはまるっきりちがったまなざしの中に、彼の苦痛を見抜いたように思った。
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ですが千恵は、現にその姉さまの一人ぼつちの姿も見、その怖ろしいまなざしも現にこの目で見、またHさんの物語も聞いてしまひました。これはもう予想ではありません。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
久我の優しいまなざしを透して、その奥に、おぼろげながら、幸福な自分の未来を見いだしているのだった。二十三年の半生を通じて、いま、ようやく葵は幸福になろうとしている。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
思ひのままに遊びて母が泣きをと父親てておやの事は忘れて、十五の春より不了簡ふりようけんをはじめぬ、男振をとこぶりにがみありて利発らしきまなざし、色は黒けれど好き様子ふうとて四隣あたりの娘どもが風説うわさも聞えけれど
大つごもり (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
泰軒を顧みた忠相のまなじりに、こまかい皺がにこやかにきざまれている。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
つめたいまなざしには、経之も、たじろいだ。しかも、突きすすんで経之のために受けた傷であることをあからさまに言わないところに、さすがに女らしいものがあり、それの分らない経之ではなかった。
野に臥す者 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
泉にやどすまなざしそれもなくば、——
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
南町奉行所の同心、波越八弥はちやと、加山耀蔵ようぞうの二人だった。どっちも元気がいい、鋭敏なまなざしをもち、若手として、働きざかりである。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そのやや真深かにかぶった黄いろい帽子と、そのつばのかげにきらきらと光っていた特徴とくちょうのあるまなざしとよりほかには、ほとんど何も見覚えのない位であった。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ときおり思案にふけっていたかと思うと、また時には、不安そうな落ちつかないまなざしであたりを見まわしたりして、心がそわそわしていることを物語っていた。
おもひのまゝにあそびてはゝきをと父親てゝおやことわすれて、十五のはるより不了簡ふりようけんをはじめぬ、男振をとこぶりにがみありて利發りはつらしきまなざし、いろくろけれど樣子ふうとて四隣あたりむすめどもが風説うわさきこえけれど
大つごもり (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
まなざしふかくにほふは何のさがぞ
独絃哀歌 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
さっき、隅の小屋から足を洗いに飛び出した若い男のつらがまえは、ちらと火影ほかげに見ただけであるが、到底、凡者ただものまなざしではなかった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
そしてその代り、私たちとすれちがいながら、私たちに好奇的なまなざしを投げてゆく、散歩中の人々や、自転車に乗った人々などがだんだんに増えて来た。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
彼女のほうでも、ひとびとの喝采かっさいを浴びながら、夫にまなざしをむけたものだが、あたかも、彼女が気に入られたい、喜んでもらいたいと思うのは、彼をおいてほかにはないといったような様子だった。
(新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
愁ひあるまなざししめり
春鳥集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
と問うように、光悦は、下男のうしろにおののいている母のすがたと、そこに立っている武蔵のすがたとを静かなまなざしで見くらべた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ああお変りもなくと、人々は眼をこらして老公の健康を、その皮膚やまなざしやひげ語音ごいんや、あらゆる容子ようすからさぐり見るのだった。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
近所の者でも、梅賀は盲とたれも信じているが箸のさき、またさっきお燕の寝顔を見たまなざし——少しは見えるらしいのである。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
お通は、詰め寄るようなまなざしをもって、彼の手へ、自分の手を触れかけたが、顔も体も、熱くなって、ただ情熱にふるえるだけだった。
宮本武蔵:02 地の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すがたもている、年かっこうもたいしてちがうまい、ただ蛾次郎よりは少しがひくくまなざしやくちもとにりんとしたところがある。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)