真紅まっか)” の例文
旧字:眞紅
「オムレツかね!」と今まで黙って半分眠りかけていた、真紅まっかな顔をしている松木、坐中で一番年の若そうな紳士が真面目まじめで言った。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
そして、母親に挨拶をすますと直ぐ、真紅まっかにほてつた頬をなでながらさも愉快でたまらないやうな声で笑ひながら母親に話かけた。
内気な娘とお転婆娘 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
少年はこう言って急に口籠くちごもりながらじっと私の顔を見た。その黒いは熱誠にまばたき、その白い頬は見る見る真紅まっかに染まって来た。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
だがそれでも足りないと見え、塗り込めになっている書棚があり、昆虫を刺繍した真紅まっかぬのが、ダラリと襞をなしてかかっている。
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と雪江さんが不審そうにかおを視る。私はいよいよ狼狽して、又真紅まっかになって、何だか訳の分らぬ事を口のうちで言って、周章あわてて頬張ると
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
真紅まっかなアネモネが、花屋はなやみせならべられてありました。おなつちからまれた、このはなは、いわば兄弟きょうだいともいうようなものでありました。
花と人の話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
畑の次手ついでに、目の覚めるような真紅まっかたでの花と、かやつりそうと、豆粒ほどな青い桔梗ききょうとを摘んで帰って、硝子杯コップを借りて卓子台ちゃぶだいに活けた。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無目的な、軽い気持でぶらぶらしているので、偶然その家の裏に真紅まっかな椿の咲いているのを発見した、というだけのことである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
部屋の四周には、窓や入口のドアさえ残さないで、天井から床まで、真紅まっかな重々しい垂絹たれぎぬが豊かなひだを作って懸けられていた。
赤い部屋 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
雨に濡れた敷石の上に、緑色のドレスを着た女が頭蓋骨を粉砕されて無惨な死をげていた。真紅まっかな血が顔から頸筋をベットリ染めている。
緑衣の女 (新字新仮名) / 松本泰(著)
けれども、まっしぐらに走ること数町にして、彼は踏みとどまり、やはり真紅まっかに焼けた海のあなたの空に向って、歌をうたう声が聞えます。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
都の大空は炎々と燃え上る炎の為に夜は火の海の如く真紅まっかで、どれだけ強い火がどれだけ多くの家々を燃やさんとしているかを物語っていた。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
五日目の晩は、床の上へ雛のように並んで坐って、肩と肩とをもたれ合せ乍ら、二人は真紅まっかの紐で綾取りをして居たのです。
白いくきの中に一すじ赤く血を吸い上げているのが見える。その血を受けて、毒々しい真紅まっかな花が今や咲きかけているのだ!
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
その上、床の上に二尺四方ほどを、真紅まっかいろどっているところをみると、出血は極めて瞬間的に多量だったものと見える。
省線電車の射撃手 (新字新仮名) / 海野十三(著)
年をとった屠手のかしら彼方此方あちこちと屠場の中を廻って指図しながら歩いていた。その手も、握っている出刃も、牛と豚の血に真紅まっかく染まって見えた。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
みぎ事情じじょう指導役しどうやくのおじいさんからつたえられたときわたくしはびっくりしてしまいました。わたくし真紅まっかになって御辞退ごじたいしました。——
夕方真紅まっか提灯ちょうちんの様な月が上った。雨になるかと思うたら、水の様な月夜になった。此の頃は宵毎よいごとに月が好い。夜もすがら蛙が鳴く。剖葦よしきりが鳴く。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「浜の弟も、酒で鼻が真紅まっかになってら。こんらの酒じゃ、もうかねえというこんだ。金にしてよっぽど飲むらあ。」
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
創作家のランジェは、黙って、大きな卓机デスクから一束の手紙を取りだした。その文束ふみたば真紅まっかなリボンでゆわえてあった。
ふみたば (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
この風車はこの辺一帯の低地の目標ともなっているものでした。ずっとずっと昔、この風車ははねも何もかもすっかり真紅まっかに塗られたこともありました。
あら鳶頭幼少せい時分の事をいっちゃア厭だよなんて、真紅まっかにおなりでしたが、何とも申そうようはござえませぬ
闇夜の梅 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
美しい女性は起ち上って、夫に握手を求め、魂をとろかすような微笑を浮べながら真紅まっかな唇を彼の耳にあてて
恐怖の幻兵団員 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
ちょうど五年ばかり前、この子の母親のくちびるがこんなに真紅まっかだったが、これはその縮少しゅくしょうだと思えばいいだろう。
幸福な家庭 (新字新仮名) / 魯迅(著)
吸い付いたが最後、容易に離れまいとするのを無理に引きちぎって投げ捨てると、三角に裂けた疵口きずぐちから真紅まっかな血が止め度もなしにぽとぽとと流れて出ます。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
真紅まっかな火光を、すさまじく引き歪んだ顔に受けて、いわば赤鬼の形相——声に出して、嘲りつぶやいている。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
……二分……三分……と、今まで真紅まっかの光芒を放っていたネオン・サインの附近に大きな火柱が立った。
アリョーシャは真紅まっかな顔になった。それから急にあおざめて行った。顔じゅうが恐怖のためにゆがんでいた。
小波瀾 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
真紅まっかになった面をあげて、キラリと光った眼に一生懸命の力を現わして老主人の顔を一寸見たが、たちまちにしてくずれ伏した。髪は領元えりもとからなだれて、末は乱れた。
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
それは真正ほんとうのロシア更紗で、一面の真紅まっかな地に白の水玉が染め抜かれてあった。なかにはこまかな刺繍を施した布面に高まりを見せた高価なハンカチなどがあった。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
細身の繻子しゅすのズボンに真紅まっかな靴下、固い立襟に水兵服、喉まで締め上げた万国博覧会時代の両前の上着。そうかと思うと、何を考えたか扇子せんすなんてのを持ったのもいる。
同じように硝子窓をいれた二階の窓は暗くてよくは分らないが、硝子越しに真紅まっか窓掛カーテンが見える。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
で、最後に残る問題は、T先生が患者の腹から胎児を御取り出しになったことも、T先生の口の中が真紅まっかであったことも、果して私の錯覚であったかどうかということです。
手術 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
年賀状は、真紅まっかな朝日と、金いろの雲と、真青まっさおな松とを、俗っぽく刷り出した絵葉書であったが、次郎は、何よりもそれを大切にして、いつも雑嚢ざつのうの中にしまいこんでいた。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
彼らが歌津子の母親の乳房を見て甘いかすかな戦慄を覚えたこともある。歌津子が彼らの父の大きな手で真紅まっかな帽子をかぶせられて、誇らしさとよろこびに夢中になったこともある。
青草 (新字新仮名) / 十一谷義三郎(著)
海から昇った真紅まっか朝陽あさひが長者の家の棟棟むねむねを照らしておりました。背後手うしろでに縛られた壮い男は、見張の男に引摺ひきずられて母屋おもや庭前にわさきへはいって来て、土の上に腰をおろしました。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
ジュフラアジ氏がセエラに話しかけた時、その少女はちょっと怯えた眼をしました。が、セエラがいきなりフランス語で答えると、少女は吃驚びっくりして飛び上り、真紅まっかになりました。
彼女の頬は真紅まっかになった。しかも彼女はジョヴァンニの顔をじっと眺めて、彼が不安らしい疑惑の眼をもって見ているのに対して、さながら女王のような傲慢ごうまんをもって見返した。
まず、鍬をもった安蔵が、真紅まっかな植物の根元を目がけて、勢いよくパッと一掘り入れる。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
電車のきく北野の終点まで行って、そこから俥で洛西らくせいの郊外の方に出ると、そこらの別荘づくりの庭に立っている楓葉ふうようが美しい秋の日を浴びて真紅まっかに燃えているのなどが目についた。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
本多鋼鉄が真紅まっかに焼けただれて、「じゅッじゅッ」とすさまじい音を立てはじめた。
昭和遊撃隊 (新字新仮名) / 平田晋策(著)
たしか右の眉尻まゆじりの上に真紅まっかな血ぼくろのようなものがあって、それを傷つけると血が止めどもなく流れ出た。そんな思い出が、どういうものか、私にはまたなくなつかしいものである。
亮の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
封筒の寸法はたて四寸、横二寸三分、とき色地に桜ン坊とハート型の模様がある。桜ン坊はすべてで五、黒い茎に真紅まっかな実が附いているもの。ハート型は十箇で、二箇ずつ重なっている。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
可愛い真紅まっかのリボンをかけた、小さな美しい細工の木箱にはいった香水だった。
香水紳士 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
真紅まっかなレースで編んだクッションが、いつのまにか置かれているのである。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
お母さんの顔が真蒼まっさおで、手がぶるぶる震えて、八っちゃんの顔が真紅まっかで、ちっとも八っちゃんの顔みたいでないのを見たら、一人ぼっちになってしまったようで、我慢のしようもなく涙が出た。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
笑いが止まるとあなたは直ぐ、真紅まっかな顔になって、部屋に帰ってしまいましたが、そのときぼくがあなたをなぐりつけたい腹立たしさで、一隅いちぐうから笑いもせずににらみつけていたのを御存知ですか。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
やがてベニが、鼻を真紅まっかにして帰って来る。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
彼女かのじょは、あのたんぼにできる真紅まっかなほおずきよりは、どんなに、この、うみにあるめずらしいほおずきを、ほしいとおもったかしれませんでした。
海ほおずき (新字新仮名) / 小川未明(著)
と二人はもう雑木林の崖に添って、上りを山路やまみちかかっています。白い中を、ふつふつと、真紅まっかな鳥のたつように、向うへく。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)