玩具おもちや)” の例文
独りで鳴るラジオはゆき子には珍しい玩具おもちやだつた。夕方、ジョオが戻つて行つてから、ゆき子は貰つた石けんを持つて銭湯に行つた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
子供が軽快に遊戯するめの服装で無く、母親が子供を自分の玩具おもちやにしたり他人に見せ附けたりする為にこてこてと着飾らせるのである。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
男といふものは女と同じやうに神様の玩具おもちやに過ぎないが、女には胸を押へると泣き出す仕掛があるのに、男にはそれが無いだけの相違ちがひだ。
晩春が過ぎ、玩具おもちやのやうなケイベン鉄道の笛の音が、麦畑の間からピーと聞え、海の色も紫がゝつた。間もなく、梅雨期に入つたのである。
環魚洞風景 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
この男——丁子屋善兵衞に取つては、出世と漁色ぎよしよくに忙しくて、非凡のお小夜も、たま/\よく出來た、玩具おもちやの人形に過ぎなかつたのでせう。
ときにはおうさんのむらなぞにいめづらしい玩具おもちやや、とうさんのきな箱入はこいり羊羹やうかんとなりくにはうから土産みやげにつけてれるのも、あのうまでした。
ふるさと (旧字旧仮名) / 島崎藤村(著)
大抵其員数は三十人許であつた。此より一行は神田明神社に参詣し、各人三十二文の玩具おもちやを買つて丸山の家に持つて帰つた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
これは玩具おもちやだ。黄色い絵の具と黒い絵の具とが、まだ乾かずにべたべたしてゐる。もつとも人間の子供の玩具おもちやには、ちつと大きすぎるかも知れない。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「お前はなぜつまらない事に腹を立てるのだ。お前は人生を玩具おもちやにして居る。怖ろしい事だ……。お前は忍耐を知らない」
「第一、勿体もつたいないやね。こんな上等な土地を玩具おもちやにするなんて、全くよくないこつた! それにはつと広過ぎるよ。」
新らしき祖先 (新字旧仮名) / 相馬泰三(著)
暇ある時に玩具おもちやもてあそぶやうな心を以て詩を書き且つ読む所謂愛詩家、及び自己の神経組織の不健全な事を心に誇る偽患者、乃至は其等の模倣者等
弓町より (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
豚は、玩具おもちやのやうな小さな貨物列車にのつて、やつてきました。男はその三頭の種豚を、駅まで出迎へにまゐりました。
小熊秀雄全集-14:童話集 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
玩具おもちやのような上り列車が、いま小諸の駅へすべり込んだ。小萩の心は、いらだたしく東京へ飛び、急にはどこと方角もつかぬ都の街々をさ迷つた。
光は影を (新字新仮名) / 岸田国士(著)
なアにさ、ここが観音くわんおん仲見世なかみせだ。梅「なにかゞございませう玩具店おもちやみせが。近「べた玩具店おもちやみせだ。梅「どれが……。近「あの種々いろんなものを玩具おもちやふのだ。 ...
心眼 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
⦅この女には何もかもが玩具おもちやなんだ。それだのにおれは、この女の前へ出ると間抜けみたいに突つ立つたまま、脇へ眼をそらすことも出来ないのだ。
「えゝ物數奇ものずきぎますね、蒙古刀もうこたうは」とこたへた。「ところおとゝ野郎やらうそんな玩具おもちやつてては、兄貴あにき籠絡ろうらくするつもりだからこまりものぢやありませんか」
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
テカ/\した靴屋の店や、ヤケに澄ました洋品店や、玩具おもちや屋や、男性美や、——なんで此の世が忘らりよか。
散歩生活 (新字旧仮名) / 中原中也(著)
さうして玩具おもちやの仏法僧鳥をばあそこの店で売る時が来るかも知れんとかういふのである。(昭和二年十二月)
仏法僧鳥 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
私は昼間階下したの暗いのにいて二階へあがつて来て居る子供等が、紙片かみきれ玩具おもちや欠片かけら一つを落してあつても
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
例の目を押へてゐても、今日もまたどこかへ出かけてまだ歸らないのか、玩具おもちやの時計をくれた百姓の男もゐなかつた。あの時計はどこへどうなつたか知らと思ふ。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
人々はそんな無理な事が出來るものかと嗤笑しせうした。非難や嗤笑は、世の中の賢顏かしこがほする詰らない男、ガスモク野郎、十把一じつぱひとからげ野郎の必ず所有してゐる玩具おもちやである。
華厳滝 (旧字旧仮名) / 幸田露伴(著)
何故つてあたし、ロチスターさんは、フレデリック夫人より前から知つてるんですもの。それにいつもあたしに親切にして下すつて綺麗な着物や玩具おもちやを下すつたの。
海の上を燕が飛んでゐる。機關車の釜鳴りが、月夜の夜蝉のやうだ。やがてそれもかすれて行く。しんと鳴りをしづめてしまふ。まるで列車が玩具おもちやのやうに思はれる。
(旧字旧仮名) / 三好達治(著)
Aさんは、「相済みません」と云つて、玩具おもちや襁褓むつきを手早く片づけた後、一閑張いつかんばりの上でしきりと筆を走らせはじめた。時々何か印刷した紙を参考にしてゐる様子だつた。
姉弟と新聞配達 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
玩具おもちやを手にしたまゝ突立つてゐるのをやがて出て来た父がその頭を撫でたが、軍治はやはり驚いたやうに幾を見てゐて、これも亦いきなり泣き出すと幾にすがりついて来た。
鳥羽家の子供 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
そして肩のうしろより低語ささやき、なげきは見えざる玩具おもちやを愛す。猫の瞳孔ひとみがわたしの映畫フヰルムの外で直立し。朦朧なる水晶のよろこび。天をさして螺旋に攀ぢのぼる汚れない妖魔の肌の香。
聖三稜玻璃:02 聖三稜玻璃 (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
わたし等の視界に玩具おもちやのやうに小さく現れた先頭の機關車が、その灰色と鼠色とで塗りつぶされた無人境の平野を、ただ一人の生き物かのやうに白い綿毛の煙りを噴いて走つてゐる。
地方主義篇:(散文詩) (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
かくて幻影消えゆけば、幼な子は、青竜刀の玩具おもちやもて、遊び興じてゐたりけり……
毛糸の足袋たびや、マントや、玩具おもちやの自動車や、絵本や、霜やけの薬などを子供はどんなによろこんで「これもお父さんから、これもお父さんから」と云つて近所の人達に並べて見せたと云ふことや
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
おかみさん、この花を持つて歸つて殺してやるんだ、この心の臟を突通つきとほしてやるんだ。私は愛の思出や、感情の玩具おもちやや、古い繪草子ゑざうしはさんだ押花をしばなや風が忍冬にんどうつるに隱して置く花なんぞは嫌ひだ。
わるい花 (旧字旧仮名) / レミ・ドゥ・グルモン(著)
それぞれに何かしら玩具おもちやを持たせられて喜んでゐるといふ點で子供さ。
生活の探求 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
秋立つ日につくつくぼふしの鳴きつづく亡母ははのたまひし玩具おもちやかも知れぬ
遺愛集:02 遺愛集 (新字新仮名) / 島秋人(著)
なにしろ、これは子供の玩具おもちやではない。大人の紙鳶なのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
沙羅双樹の花の盛りに赤と青の玩具おもちや雉子きじを売ればかなしも
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
玩具おもちやのやうなちひさな十露盤そろばんして商人あきんど
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「おまへには恰度ちやうど好い玩具おもちやだ!」
静物 (新字旧仮名) / 十一谷義三郎(著)
おれの玩具おもちやの単調な音がする
わがひとに与ふる哀歌 (新字旧仮名) / 伊東静雄(著)
玩具おもちや屋の表は
十五夜お月さん (旧字旧仮名) / 野口雨情(著)
拾ひ上げて見ると、それは子供の玩具おもちや——ろくろ細工に彩色いろどりをした兎、しかもその兎には、少しばかり血さへ附いて居るではありませんか。
自分もた少年の頃には、戸隠から来る『かはそ』(草履裏の麻)なぞを玩具おもちやにして、父の傍で麻裏造る真似をして遊んだことを思出した。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
湾内の水は草色くさいろかもを敷き詰めた如く、大小幾百の船は玩具おもちやの様に可愛かはいい。概して鳥瞰的に見る都会や港湾は美でないが、此処ここのは反対に美しい。
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
鋏は色恋や愛国婦人会などと一緒に、婦人をんな玩具おもちやとして発明せられたものだから、それを使ふのに誰に遠慮はない筈だ。
同時に又四五日前、横浜の或英吉利イギリス人の客間に、古雛の首を玩具おもちやにしてゐる紅毛の童女に遇つたからである。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
貴方あなたがあんな玩具おもちやつてて、面白おもしろさうにゆびさきせてらつしやるからよ。子供こどももないくせに」
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
二段目にも隅のはうに三郎のだつたがらがらが一つあるだけなのです。花樹はなきがあの欠けた珈琲こうひー道具も、壊れかかつた物干の玩具おもちやも持つて行つたのかなどと私は思ふと云ふのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
すると、ヂョウジアァナが自分は玩具おもちやはそのまゝにしておくようにと突然命令して、私の仕事を中止させた(その小さな椅子いすや、鏡や、美しい皿や茶碗は彼女のものだつたから)
どうせ、そんな真面目まじめな気持ぢやないにきまつてるわ。殊に、はじめは、向うも気紛れ、こつちも気紛れだわ。たゞ、あたしを、玩具おもちやにしたつていふのと、少し違ふところがある。
モノロオグ (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
玩具おもちやにしててその位の事が何だつて云ふのよ。欲しかつたら持つて行くといゝンだわ
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
又或日貞白は柏軒の子鉄三郎を抱いて市に往き、玩具おもちやを買つて遣らうと云つた。貞白は五十文から百文まで位の物を買ふ積でゐた。すると鉄三郎が鍾馗の仮面めんを望んだ。其価は三両であつた。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
馬車は、螺線の針金道を転げて行く玩具おもちやの玉転がしの玉に等しかつた。
山を越えて (新字旧仮名) / 牧野信一(著)