炭団たどん)” の例文
旧字:炭團
お作は妙におどついて、にわかに台所から消し炭を持って来て、星のような炭団たどんの火を拾いあげては、折々新吉の顔色をうかがっていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
煙草の火に炭団たどんを埋めた瀬戸の火桶を中に、三吉、伊勢源、それから下っ引彦兵衛と、死んだ栄太と親交のあったという幇間たいこもち桜井さくらいなにがし
雪の夜には伯母さんはあんかの炭団たどんをかきおこしながら 雪坊主が白い著物をきて戸のそとに立つてゐる なぞといつて人をおどかす。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
炭団たどんを干した薪屋まきやの露地で、下駄の歯入れがコツコツとるのを見ながら、二三人共同栓にあつまった、かみさん一人、これを聞いて
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
中にはすでに口を開けて、炭団たどんのように大きな栗の実が、いまにもこぼれ落ちそうに覗いてさえいるのだ。いや、それだけならばまだいい。
火星の魔術師 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
この硝子戸から物干台へ出る間の軒下には兼太郎の使料つかいりょうになっている炭と炭団たどんを入れた箱にバケツが一個と洗面器が置いてある。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
荷田は力をきわめて袋を引ったくる、惣太は力任せにそれをやるまじとする、その途端とたんにころがり出したのが炭団たどんほどな火薬二個。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
半七と松吉は小さい火鉢に炭団たどんを入れてもらって、荒物屋の店の隅にすくんでいると、縁の下には鳴き弱ったこおろぎの声が切れ切れにきこえた。
半七捕物帳:58 菊人形の昔 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
茂二作は火種にいけて置いた炭団たどん掻発かきおこして、其の上に消炭を積上げ、鼻をあぶりながらブー/\と火を吹いて居ります。
名人長二 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
と云いながらお神さんは、一層おびえた表情になって、唾をグッとみ込んだ、私はめたと思いながら帳場に近づいて、火鉢の炭団たどんにバットを押しつけた。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
道也先生は火桶ひおけのなかの炭団たどん火箸ひばしの先でつっつきながら「御前から見れば馬鹿馬鹿しいのさ」と云った。妻君はだまってしまう。ひゅうひゅうと木枯こがらしが吹く。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
倹約な巴里の家庭では何処どこでも冬季に使用するかめ形の小さな炭団たどんが石炭と一緒に混ぜて焚いてあった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
私が一銭銅貨をやつた時とは月と炭団たどんほどもちがふ顔して、大口にアハヽヽアハヽヽヽと笑い興じ升て、一時間余もたつたあとでやうや手桶ておけ下げて家へはいり升た。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
なべのお白粉しろいを施けたとこは全然まるで炭団たどんへ霜が降ッたようで御座います』ッて……あんまりじゃア有りませんか、ネー貴君、なんぼ私が不器量だッて余りじゃアありませんか
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
私は飛びおきると男の枕をってやった。嘘つきメ! 男は炭団たどんのようにコナゴナに崩れていった。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
しかるにその同じ家郷を、ひとえに時間の所在に求めて、追懐のノスタルジアにふけった蕪村は、いつも冬の炬燵こたつにもぐり込んで、炭団たどん法師と共に丸くなって暮していた。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
赤い三徳火鉢に炭団たどんを埋めたのを足煖炉代りにして、多喜子はもって帰った尚子の仮縫いの服の仕事をしていたのであったが、暫くするとそれをやめてテーブルへ置いた。
二人いるとき (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
日本の九貫三百三十五匁余で、拙妻など顔は豕に化けてもよいから、せめてそれだけの炭団たどんでも掘り出してくれたら、冬中大分助かるはずだとしみったれた言で結び置く。
「階下のお婆さんが、寝る前に炭団たどんをいけといてくれるから、いつも火種があって重宝ちょうほうよ。」
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それから蓋をして火にかけますけれどもその火加減がむずかしいので下の火は極く弱くって上の火が少し強くなければなりません。全体なら双方とも炭団たどんを使うとよく出来ます。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
私は炬燵こたつを入れて居たので、それに火の気の残つて居るのに気がついた。私は起きた。そして蒲団をめくつて、火入を見た。赤みがかつた炭団たどんの残灰が、円く崩れずに盛り上つて居た。
世の中へ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
炭団たどんの火で温度を保ち、四月はじめにぽつぽつ咲いたのがせめてもの腹癒せ。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
で、また私は釣れた日でも釣れない日でも、帰る時にはきっと何時いつでも持って来たえさを土と一つにね丸めて炭団たどんのようにして、そして彼処あすこを狙って二つも三つもほうり込んでは帰るのだよ。
蘆声 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
紙漉かみすき、元結、草履、繩細工、米搗こめつき、大工、左官、百姓、炭団たどん、などという職種があり、もっこ部屋の残された人足たちは、これらの仕事の助け役をするわけで、材料を船からおろしたり
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さらにいわゆる炭団たどんの世となって、安火だの猫だの番所だのと、便利至極なる置きコタツまでが工夫せられ、例えば田舎のお役所のテーブルの下にまで、利用せられることになったというのは
雪国の春 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
私は炭団たどんの活けてある小火鉢をはさんで、君と対座した。
二人の友 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
大膳はかう言つて、炭団たどんのやうになつて焼死やけしんだ。
炭団たどん法師火桶の穴よりうかがひけり
俳人蕪村 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
色の黒いやつが笑ったんだから、まるで炭団たどんが転んで崩れたよう——喬之助の焉然えんぜんに対して、壁辰のは——さア、何というのか。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
長い間窓に腰をかけていたので湯冷ゆざめもする、火鉢の火を掻立かきたてて裏の物干へ炭団たどんを取りに行くとプンプン鳥鍋とりなべにおいがしている。
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
真実ほんとうの事で。……これは決して皮肉でも何でもありません。成程ここへ雪が降れば、雪舟せっしゅう炭団たどんを描いたようになりましょう。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
首をひねりながら引き出して見ると、それは紙に包んだ炭団たどんでありましたから、七兵衛が、コレハ、コレハとあきれました。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
諸方の辻々には思い思いの意匠を凝らした雪達磨が、申し合わせたように炭団たどんの大きい眼をむいて座禅をくんでいた。
半七捕物帳:28 雪達磨 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
清「詰らねえ事を云ってるな、少し頼みがあるが、襤褸ぼろ蒲団ふとんと小さな火鉢ひばち炭団たどんけて貸してくれねえか、それを人に知れねえ様に彼処あすこ明店あきだなへ入れて置いてくれ」
なぞの女は宗近むねちか家へ乗り込んで来る。謎の女のいる所には波が山となり炭団たどんが水晶と光る。禅家では柳は緑花はくれないと云う。あるいは雀はちゅちゅでからすはかあかあとも云う。
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
炭団たどんを埋めた小火鉢の蔭に、昨夜喰ったものを吐き散らして、夜具の襟を掴んだまま、敷布団から乗出して冷めたくなっているのが、老爺おやじの心安い巡回の巡査に発見されたので
骸骨の黒穂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
買わなきゃ炭団たどんとなるばかし。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
炭団たどん法師火桶の穴よりうかがひけり
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
勝手の方では、いつも居眠りしている下女が、またしても皿小鉢をこわしたらしい物音がする。炭団たどんはどうやらもう灰になってしまったらしい。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
向うの路地の角なる、小さなまき屋の店前みせさきに、炭団たどんを乾かした背後うしろから、子守がひょいと出て、ばたばたと駆けてく。大音寺前あたりであめ屋の囃子はやし
註文帳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかしながら、その近所には、火の消えた火鉢と、不可思議の目的に供せられた火のつかない炭団たどんがあるばかりです。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「何がはいだ。はいや炭団たどんじゃ判らねえ。しっかり物を云え。お慈悲につめてえ水を一杯のましてやるから、逆上のぼせを下げた上でおちついて申し立てろ。いいか」
半七捕物帳:30 あま酒売 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そのうち綺麗きれいな支那製の花籃はなかごのなかへ炭団たどんを一杯って床の間に飾ったと云う滑稽こっけいと、主人の編上の靴のなかへ水を汲み込んで、金魚を放したと云う悪戯いたずらが、宗助には大変耳新しかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
炭団たどんの頭をって見な、まだ少しは火が有るだろう、泡ア喰ってまた川の中へポカリをきめちゃアいけねえよ、そんな事をするととまへふん縛るよ、いか、紛失なくなった物は出るような工夫をするから
江戸城へ火をつけるつもりで、あの連中は忍び込んだのだな——なるほど、かんなくずかなにかに炭団たどんを包んで、火をつけて置けば、念入りに燃え出す。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
斜めに向う側の土蔵の白壁に、へまむし、と炭団たどんかけで楽書をしたごとくたたずんで、じっ先刻さっきから見詰めていた。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
番太郎の家は大抵自身番のとなりにあって、店では草鞋でも蝋燭でも炭団たどんでも渋団扇しぶうちわでもなんでも売っている。つまり一種の荒物屋ですね。そのほかに夏は金魚を売る、冬は焼芋を売る。
半七捕物帳:06 半鐘の怪 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
兼太郎は雪にれた炭団たどんをつまんで独り火を起すその身に引くらべると、貰ってもない女房と定めし休暇と覚しい今日の半日を楽しく暮す助手の身の上がわけもなくうらやましく思われたので
雪解 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
細君は赤い炭団たどんの、灰の皮をいて、火箸ひばしの先でつき始めた。炭火ならくずしても積む事が出来る。つっついた炭団はこわれたぎり、丸い元の姿には帰らぬ。細君はこの理を心得ているだろうか。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
規模かかりは小さくっても、電燈も店飾みせかざりも、さすがに地方での都会であったが、ちょっと曲角が真暗まっくらで、灯一つ置かない夜店に、おおき炭団たどんのようななしの実と、火が少しおこり掛けたという柿を積んだ
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)