泥土でいど)” の例文
しほの引く時泥土でいどは目のとゞく限り引続いて、岸近くには古下駄に炭俵、さては皿小鉢や椀のかけらに船虫のうようよと這寄はひよるばかり。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
五月十五日の蕭々しょうしょうと降りけぶる五月雨さみだれのなかで、彰義隊の第一赤隊あかたいの一兵士である露八の土肥庄次郎は、雨と血と泥土でいどにまみれながら
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
さら取直とりなをして、暗黒々あんこく/\岩窟内がんくつないてらると、奧壁おくかべちかくにあたつてる、る、ひとほねらしいもの泥土でいどまりながらよこたはつてえる。
葉子は自分の乗った船はいつでも相客あいきゃくもろともに転覆して沈んで底知れぬ泥土でいどの中に深々ともぐり込んで行く事を知った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ジャン・ヴァルジャンは水の中にはいってゆくのを感じ、また足の下にはもう舗石しきいしがなくて泥土でいどばかりなのを感じた。
泥土でいどによごれた玉を認めることができたら、世界の、あるいはわが国の学問ももう少しどうにかなるかもしれない。
時事雑感 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
資本主しほんぬし機械きかい勞働らうどうとに壓迫あつぱくされながらも、社會しやくわい泥土でいど暗黒あんこくとのそこの底に、わづかに其のはかな生存せいぞんたもツてゐるといふ表象シンボルでゞもあるやうなうたには
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
鶏卵をその泥土でいどからわく湯気に置くと二、三分で半熟になり殻が真黒まっくろになる。その真黒な鶏卵を一つ食べて見た。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
ジャックは、この付近の売春婦から悪性の梅毒でも感染し、それが彼の人生を泥土でいどに突き入れたのであろう。
女肉を料理する男 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
他を陥れなければ止まない猜疑心きいぎしん泥土でいど蹂躙じうりんせられた慈悲、深く染着せんちやくしつつもその染着をわるいと思はない心、さういふ光景は一々かれの眼に映つて見えた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
能登守自身が葬られてしまったのみならず、遠くはその祖先の名も、近くはその親類の名も、これによって泥土でいどけがされたと同じような結果になってしまいました。
どうしてこんな珠玉を泥土でいどに置くような残酷なことを自分はしたかと私の心はまた暗くなってきた。
源氏物語:18 松風 (新字新仮名) / 紫式部(著)
そしてあらゆる夢と希望を矢ひ、優越感を泥土でいどに委し、はじめて生身なまみになつた自分を意識した。……
母たち (新字旧仮名) / 神西清(著)
激怒、淫逸いんいつ、殺害の渇望、肉の抱擁のみ合い、最後にも一度かきたてられた池の泥土でいどだった……。
途上、神明町しんめいちやう狭斜けふしやを過ぐれば、人家の倒壊せるもの数軒を数ふ。また月見橋つきみばしのほとりに立ち、はるかに東京の天を望めば、天、泥土でいどの色を帯び、焔煙えんえんの四方に飛騰ひとうする見る。
それが Brandブラント に於いて発揮せられている。イブセンは何の為めに習慣の朽ちたるつなを引きちぎって棄てるか。ここに自由を得て、身を泥土でいどゆだねようとするのではない。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
生れて以来、幸福らしい幸福にも恵まれず、営々えいえいとして一所懸命何かを積み重ねて来たのだが、それも何もかも泥土でいどにうずめてしまう。しかしそれでいいじゃないか。それで悪いのか。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
そのとき、忽然として、泥土でいどの渦の中に、なにかピカリと光るものが見えた。なんだろうと、一生懸命みつめていると、その泥土の渦の中から浮び上って来たのは一つの丸い硝子ガラス器だった。
火葬国風景 (新字新仮名) / 海野十三(著)
四坪の凹地おうちに浅い湧泉ゆうせんたたえ、その底から青みがかった灰色の火山岩の分解物からなる泥土でいどを一分間に数回ずつ噴出し、そこここに所謂いわゆる泥火山を円錐形に作り上げ、それが流れて裾野となる有様ありさま
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
あはれ半夜の狂風にむなしく泥土でいどすらんか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
さうして芥燒場ごみやきば泥土でいどにぬりこめられた
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
しおの引く時泥土でいどは目のとどく限り引続いて、岸近くには古下駄に炭俵すみだわら、さては皿小鉢や椀のかけらに船虫ふなむしのうようよと這寄はいよるばかり。
おや? と、往来の者が寄ッて見ると、すでに泥土でいどくれないと変り、公卿は、鋭利な刃で脾腹を刺され、もう死んでいた——というのである。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
夜路よみちをひた走りに走って鶴見地獄に出た。この鶴見地獄というのも昨年の春から爆発したものだそうである。泥土でいどまじえない清透せいとうな熱湯を噴出している。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
けた粘土があり、流れる泉があり、堅い岩があり、専門の科学で俗に芥子からしと言われる柔らかい深い泥土でいどがある。
その臭い汚泥おでいの中にさえ、沼沢の上に踊る鬼火のように輝く不思議な燐光りんこうが、霊妙な眼つき、燦然さんぜんたる知力、水底の泥土でいどから発散する微細な電気が、見て取られるのであった。
つぶれれば圧死する確率のきわめて大きいような泥土でいどの家に安住していたわけである。
災難雑考 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
土偶どぐう※ なにしろ泥土でいどおとしてるべしと、車夫しやふをして、それをあらひにつてると、はからんや、それは獸骨じうこつの一大腿骨だいたいこつ關節部くわんせつぶ黒焦くろこげけてるのであつたので
「実際はどんなことだったのでしょう、おかわいらしいお顔をしていらっしゃるあの方を、奥様はあんなに大事にしておいでになっても、もう泥土でいどに落ちた花ではありませんか、気の毒な」
源氏物語:52 東屋 (新字新仮名) / 紫式部(著)
打明けた話を聞かされていると、駒井は不愍ふびんの思いに堪えられなくなりました。なるほど、これをこのまま突き出してしまえば、残れるところのすべてのものを、泥土でいどまかしてしまうのだ。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
泥土でいどの砂を掘れば掘るほど
蝶を夢む (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
堀割は丁度真昼の引汐ひきしお真黒まっくろな汚ない泥土でいどの底を見せている上に、四月の暖い日光に照付けられて、溝泥どぶどろの臭気をさかんに発散している。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
底の泥土でいどは、ひとりの重さにはたえ得るくらい濃密だったが、明らかにふたりを支えることはできなかった。
洪水こうずいの波は、その泥土でいどでわれわれの土地を肥やしたあとに、自分からくずれ去るだろう。
老鶯おいうぐいすが啼きぬいている。花は落ちて泥土でいどに白い。鎌倉の春も更けたかと想わせる——
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その周り十五丈ばかり。湯気赤くして泥土でいどありすなわち海地獄の事なるべし。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
泥土でいど混亂こんらんく、かひいろゆきごとしろく、合貝あひかひて、灰層くわいそうり、うしてなか/\ふかい。『有望々々いうぼう/\』とよばはりながら、水谷氏みづたにしぼくとはあなならべてすゝんだが、珍品ちんぴんらしいものにほひもせぬ。
泥土でいどの砂を掘れば掘るほど
青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
堀割ほりわり丁度ちやうど真昼まひる引汐ひきしほ真黒まつくろきたない泥土でいどそこを見せてゐる上に、四月のあたゝかい日光に照付てりつけられて、溝泥どぶどろ臭気しうきさかんに発散してる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
泥土でいどの砂を掘れば掘るほど
定本青猫:01 定本青猫 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
黒き泥土でいどと色さめし花と共に